20091211 賢者の言葉・吉野弘・「ほぐす」

   * [二人が睦まじくいるためには]



  「ほぐす」 吉野弘『二人が睦まじくいるためには』 (童話屋 2003年)より引用

小包みの紐の結び目をほぐしながら
思ってみる
――結ぶときより、ほぐすとき
すこしの辛抱が要るようだと

人と人との愛欲の
日々に連らねる熱い結び目も
冷めてからあと、ほぐさねばならないとき
多くのつらい時を費すように

紐であれ、愛欲であれ、結ぶときは
「結ぶ」とも気付かぬのではないか
ほぐすときになって、はじめて
結んだことに気付くのではないか

だから、別れる二人は、それぞれに
記憶の中の、入りくんだ縺れに手を当て
結び目のどれもが思いのほか固いのを
涙もなしに、なつかしむのではないか

互いのきづなを
あとで断つことになろうなどとは
万に一つも考えていなかった日の幸福の結び目
――その確かな証拠を見つけでもしたように

小包みの紐の結び目って
どうしてこうも固いんだろう、などと
呟きながらほぐした日もあったのを
寒々と、思い出したりして



   結び目@Wikipedia

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ようこそ、ようこそ。

ようこそ、 ---- ---- ようこそ。
1959 @ Island RISHIRI

「田原書店外伝」 を書き・作っている、 田原ヒロアキ @北海道、
有限会社 ブックスボックス 取締役、そして 田原書店 店主、です。

どうぞよろしく! ---- ---- お楽しみあれ!
20051203 @ Yokohama
Mail to booxbox : yorobooxbox.com (=@)

田原書店外伝 「平成の輪切り」 1989年から2008年までの 12月11日 前後
大丈夫日記 札幌・おわらない冬~場の場と言葉と言葉の場(回文だよ)・20081207-13
20071211 田原書店ノマド・ペット感覚・クリスマスソング特集1
20061211 「万博世代」・の・日本画家
20051211 刺青・タトゥー・コレクション
20041214 宙ぶらりんの男
20031211 配送作業
20021211 やっと札幌市街地に積雪
20011211 その後の肺臓の不安な影
20001216 えぽあ:えべつ・のっぽろ・おおあさ
19991211 TVのない生活
19981227 午前四時まで、深夜TVを見る
19971225 荒木経惟 『天才になる!』
19961216 宮部みゆき 『レベル7』
19920104
19911211
1990年
19891211 東京大丈夫探検記

どのページにおいても、トマト色 アスタリスク ---> [ * ] 付きの本・CDなどは、その画像かアスタリスクをクリックすると、アマゾン・マーケット・プレイスでの購入が可能になります。


20050524 黒田晃弘さんによる似顔絵 @ SAPPORO




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20091203 長根あきゲスト出演・「結城幸司展~アイヌモシリの心話と神話の世界」・@京都

 ブックスボックスよりCD「Mon-o-lah モノラー」を発表している長根あきさん(ムックリ奏者にして図書館司書、北海道千歳市生まれで現在京都在住)から、展示とライブのお知らせが届きました。転載します。

   「Mon-o-lah モノラー」 長根あき

~・*・~・*・~

「結城幸司展~アイヌモシリの心話と神話の世界」

12月1日(火)~6日(日) 11時~19時

堺町画廊(京都市堺町通御池下る東側)。

 結城さんは アイヌの世界感を木版画で表現する第一人者です。吹田のみんぱくの常設展には「パイカラ(春)Ⅱ」が展示されています。また 別冊太陽のアイヌ特集では 扉を飾りました。しかし 個展はこれまで 東京と札幌のみのようで 関西では初となります。

 今回は 堺町画廊から歩いて3分ほどの所にある 京都文化博物館でのアイヌ工芸品展に合わせて開催します(下に詳細を記します)。合わせてご覧になると アイヌの伝統と それに繋がる“今”が くっきりと浮かび上がるのではないかと思います。

 結城さんが代表をつとめる「アイヌアートプロジェクト」のコンセプトは 「今を生きるアイヌ」「希望という名のコタン」だそうです。伝統を身の内にしっかりととらえ 今 そして未来に目を向けた幅広い活動をされています。

 みなさま お誘い合わせの上 是非是非お越し下さい。

  また 6日には結城さんの語りもお楽しみいただけます。

  「アイヌの物語、語りと演奏」午後3時~4時半頃
   語り継がれた物語と創作物語。
   語り:結城幸司、演奏:長根あき(ムックリ、トンコリ)
  参加費:2500円(アイヌ料理、カボチャのラタシケプとキハダの実のお茶つき)
  要予約:メールかfaxで堺町画廊へ
  堺町画廊:電話&fax:0752133636
  Eメール:sakaimachi-garow@h8.dion.ne.jp

~・*・~・*・~

京都文化博物館(京都市中京区三条高倉)にて

11月23日~1月11日

「アイヌの美~カムイと創造する世界」展

一般1000円(前売800円)

ロシア民族学博物館・オムスク造形美術館所蔵の工芸品215点が公開されます。1912~1913年にかけて 北海道平取やサハリンで収集されたものです。また 平山屏山のアイヌ絵12点も展示されます。

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20091123 ブックスボックス 田原書店 参加します・ 「第3回 アツベツ古書の街」・古書市@新さっぽろサンピアザ光の広場

 ブックスボックスの古書部門「ブックスボックス 田原書店」が、札幌の古書市 「第3回 アツベツ古書の街」 に参加します。
 どうぞご来場下さい。

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第3回 アツベツ古書の街

 日時 2009年11月27(金)・28(土)・29(日)日
     各日 午前十時から午後九時まで

 場所 新さっぽろ サンピアザ1F 光の広場
      (札幌市厚別区厚別中央2条5丁目)
     公共交通アクセス: 札幌市営地下鉄東西線新さっぽろ駅下車・JR新札幌駅下車

 参加古書店
  ・アダノンキ
  ・美術古書 亞本屋
  ・角口書店
  ・サッポロ堂書店
  ・セカンズ
  ・なちぐろ堂
  ・さっぽろ 萌黄書店
  ・書肆吉成
  ・ブックスボックス 田原書店

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 今回の「ブックスボックス 田原書店」は三部構成。
 1.単行本300円均一
 2.文庫・新書100円均一
 3.全集コレクション
  出品予定リスト
  「世界美術全集」装飾本全36巻揃い (平凡社 1928) 約80年前の刊行 装丁も美しい
  「ツヴァイク全集」全21巻揃い (みすず書房)
  「井伏鱒二自選全集」全13巻揃い (新潮社)
  「仏教行事歳時記」全12巻揃い (第一法規)
  「岩波講座 能・狂言」全8巻揃い (岩波書店)
  洲之内徹「気まぐれ美術館」シリーズ6冊揃い (新潮社) など

 各店持ち回りで店番担当で、田原は28日土曜日前半(午前十時から三時まで)、会場にいます。
 お会いできたらうれしいです。

 あと、古書目録 「ブックスボックス 田原書店 目録 羊狼通信」も、無料配布してます。
 ご来場の際は、是非どうぞお持ち帰りください。

 それでは、よろしくお願いいたします。
  

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20091114 賢者の言葉・浦達也『ザ・コミュニケーション』より・「メディアはメッセージ」

   * [メディア論―人間の拡張の諸相]



  「メディアはメッセージ」 浦達也『ザ・コミュニケーション―届く映像メッセージ』 (誠文堂新光社 1983年)より引用
 マクルーハンの再評価
 マクルーハンは一九八〇年の大晦日に亡くなりました。狂乱ブームが去ったあと、十年以上の空白をおいて、今再びマクルーハンを再評価しようとするきざしが見え始めています。ただし今度は竹村ルーハンではなく、オリジナルのマクルーハンの方です。
 なかでも「メディアはメッセージである」というコンセプトは、やはり大変すごいことを言っていたのだということが分ってきました。現在の情報環境、メディア状況をとらえるのに、これ以上に有効なコンセプトはありません。またこのことばぐらい、多くの人が引用し多様な解釈をしたものもありません。二十年前のマクルーハンのことばが一人歩きをしているわけで、この辺が如何にも天才の言説らしいところです。
 さて、この「メディアはメッセージである」ですが、
 メディア=伝達手段、媒介物
 メッセージ=伝達内容、コード化された話題内容
と常識的に解釈して、そこで何故メディアがメッセージなんだ、というように逐語的にとらえたのでは、このコンセプトの深いところは見えてきません。
 前述の後藤和彦さんは、実にうまい言い方をしています。
 かれの理論には一種の汎メディア主義みたいなところがあるでしょう。何もかもメディアなのね、何もかもメディアで、メディアのメディアだったりね。あのぐらいめちゃくちゃになると、何でも言えるようになっちゃうんで、非常にいいかげんだと思うけれども、一度すべて人間が作り出したものはメディアである。それは言葉から何からですね。そういうふうにしてしまうと、世の中違ってみえるということも確かにあるんですね。だからマクルーハン理論の一番元は、あらゆるものをメディアとして捉えるような、人間世界のイメージの仕方みたいのものがあって、それが学者にアッピールするよりは、芸術家にアッピールしたり、デザイナーにアッピールしたりした所以だろうと思うんですね。(鼎談「やっぱりマクルーハンは新しい」『メディア・レビュー』誌、八二年四月号の中の後藤氏の発言)

 マクルーハン理論が学者より芸術家やデザイナーにアッピールした、ということは非常に興味深いところです。学者は何よりもまずことばの厳密な概念規定をし、そこをよりどころに理論を構築します。
 ところがマクルーハンは、世界をイメージでまずとらえます。極論すれば、ことばの概念規定などはどうでもいいわけで、この場合メディアをキーワードにして、それで今までよく分らなかったものが説明出来るようになり、世界の全体像がクッキリ見えて来れば、そのキーワードは有効だったとする、そういうやり方です。
 こうしたもののとらえ方は、マジメ主義の学者なら卒倒するでしょうが、芸術家たちは感性でパッと分ってしまうことなのです。


 「メディア即メッセージ」を原典で読む
 マクルーハンはコミュニケーションに関心をいだく人には、決して無視出来ない存在です。ところが前述のように彼の思想はあまり細部の概念規定にこだわらず、全体像をイメージでつかむことが肝要です。
「メディアはメッセージである」というコンセプトを、イメージということになれば多様な解釈も可能で、正解は一つだけというようなものではありません。
 しかしそうは言っても、原典を読んだうえでの自己流の解釈ならまだいいのですが、他人の解釈の孫引で、いくら何でも違うなと思う読み方もあるので、ここは一応まともに原典(といっても翻訳ですが)にあたってみることにします。(以下、引用はすべて『人間拡張の原理―メディアの理解』後藤・高儀訳、竹内書店新社刊によります。なおこの本は決して分り難いものでなく、今でも、というより今こそ新鮮味を増しているので、皆さんに一読をおすすめします)
 さてマクルーハンは、メディアを従来のように搬送伝達のための単なる機械・道具としてではなく、「人間の拡大」とみて、「人間の相互関係と行動の尺度や形態をつくり出し制御したりするもの」としてとらえます。
 このようなメディアに対する広いとらえ方が必要なのは、人間と機械の関係が変ってきたからです。一昔前なら機械を使うのはあくまで人間であり、機械(メディア)が意味とかメッセージを持つことはあり得ないことでした。ところが、
 オートメーションは、一時代前の機械技術が破壊したもの、つまり仕事と人間の深い関与を人間の新しい役割としてつくり出したのである。人間の関与の仕方は機械の場合は断片的、集中的、表面的なのに対し、オートメーションは全体的、非集中的で深みを持つ。(同書)

 マクルーハンが、『人間拡張の原理』を書いた一九六四年当時の技術の最先端はオートメーションでしたが、現代のエレクトロニクス技術や、バイオテクノロジーを考えると、機械(メディア)自体が意味やメッセージを持つという考えは、一層説得力を増しています。
 どのようなメディアや技術でも、その「メッセージ」が人間に関係するようになると、それによって尺度が変わり、あるいは進度が変わり、あるいは基準が変わってくる。鉄道は、走ること、輸送すること、あるいは車輪、線路を人間社会に持ち込んできたのではなく、まったく新しい種類の都市や仕事やレジャーを生み出して、従来の人間の昨日を促進し、また規模を拡大したのである。(前掲書)

 ここでマクルーハンは、「メディアの内容は、われわれがそのメディアの本性を知るうえにかえって妨げになることの方が多い」と警告しています。
 この例では、鉄道メディアの内容は「走ること、輸送すること」ですが、そのことにのみ関心を寄せると、メディアの本質である人間と社会への影響、「まったく新しい種類の……」以降の重要な本質的意味やメッセージを見逃してしまいます。「どんな技術も、既存のものにそれ自体をただ付加するだけではない」からです。
 特殊化された部分に注目することから全分野を注目することになり、いまやわれわれは極めて自然に「メディア即メッセージ」ということができるようになった。電気の速度と全体的視野を知る以前には、メディアがメッセージであるということは明白ではなかった。この絵はなにについて描いた絵か、と人がよく尋ねていたように、メッセージは「内容」と思われていたのである(前掲書)

 この「電気」のところに現代の「エレクトロニクス」が加わることによって、「メディア即メッセージ」の意味はより重いものとなります。
 テレビというエレクトロニクス・メディアが、それ自体メッセージを持って過去の歴史になかったような拡がりと深さで、「まったく新しい人間環境」を作り出しているのです。




   マーシャル・マクルーハン@Wikipedia

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いかす 「回文」 しよよしんぶいかすかい 2009年度

  こっちから読んでも
 いかすかいぶんしよよしんぶいかすかい
 いかすかいぶんし  こっちから読んでも

 いかす回文書、与信部行かすかい?





数十年来の習慣だった夜食を止めた、回文。

だんなさんけんこうのためやしよくよしやめたのうこんけんさなんだ

旦那さん 健康のため 夜食止し 止めたの ウコン 検査なんだ

    ノリスケ健康一番 サザエさん 5838@ YouTube
    
2009年11月7日 アップ

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20091031 賢者の言葉・鶴見俊輔・『悼詞』(と『徒然草』)より

   * [悼詞] 鶴見俊輔

   * [徒然草 (ワイド版 岩波文庫]



  「須田剋太 (すだ こくた 画家 1906-90)――鉢の木」 鶴見俊輔 『悼詞』 (編集グループSURE 2008年)より引用
 小学校の読本で「鉢の木」のすじがきをおぼえた。その話が自分の中によみがえってきたのは、近ごろのことだ。
 この話の主人公は佐野常世だと思っていた。領地を追われた彼は、尾羽打ちからして、人里はなれたところに身をひそめている。そこに北条時頼(前の執権)が旅僧の形でたずねて来て、雪にふられて困っているので一夜の宿をとたのむ。主人は、彼をとめて、あばら家で寒いからと言って、秘蔵の盆栽をたいて、物語りする。
 今はこのようにおちぶれているが、いざ鎌倉というときには、やせ馬に槍をたずさえてうちのり、出陣するつもりだという。
 時頼はひろく天下を見てまわったあとで、鎌倉にもどり、諸国の武士に集合の命をくだす。かねての言葉どおりかけつけた佐野常世に、雪の夜のもてなしを感謝し、不当な裁判の故にうばわれた領土を彼にもどす。
 私の中に六十年あまりのこっていたこのあらすじでは、佐野常世が主人公である、ところが、このごろになって河村能楽堂で見た能では、こんなあばら家ではと言って宿をことわるのは主人の佐野常世であり、雪がふってくるのを見て、おとめしたほうがいいと主人に説くのは妻である。その言葉をいれて、主人は旅僧を追いかけ、ともなってもどる。部屋をあたたかくし、かゆでもてなすうちに、主人が、訴訟の次第にふれ、しかしいざ鎌倉のときには、と語るのを、じっとききいる妻の面に、表情の変化がうつり、この劇の主人公は、この妻であると感じた。こどものときに出合った物語が、自分の中に、姿をかえてゆく。
 「鉢の木」は、もう一度、私に生きてかえってきたことがある。飯沼二郎氏と私とが出していた雑誌「朝鮮人」に毎号表紙を無料でいただいていた須田剋太氏を私は夏に会食にさそっていた。
 その最後になった年に、八十をこえた須田さんは誰もつれずにふらりとあらわれた。今日は映画を見たかえりということだった。夕食を終わり、ひとりでかえってもらうのは不安なので、私は同行した。西宮にある須田さんのお宅についたのは夜半すこし前だったが、ここまできたのだからあがっていってくださいよ、と須田さんは言い、すでに寝ている夫人をおこすでもなく、おてつだいをおこすでもなく、二階に案内して、自分の寝室の前のベランダにおいてあるヒノキづくりの臼二つをあわせた上で、さかだちをして見せた。それが健康法ということだった。それから、下におりて、二つおいてある自作のオブジェ二つから、一つをえらんでもっていってくれと言う。お茶一杯出すこともない。それが須田さんの鉢の木だと思った。須田さんに会う最後の機会だった。



 『徒然草』 「第二百十五段」  『新訂 徒然草』 西尾実・安良岡康作校注(岩波文庫)より引用
 平宣時朝臣、老の後、昔語に「最明寺入道、或宵の間に呼ばるゝ事ありしに、『やがて』と申しながら、直垂のなくてとかくせしほどに、また、使来りて、『直垂などの候はぬにや。夜なれば、異様なりとも、疾く』とありしかば、萎えたる直垂、うちうちのまゝにて罷りたりしに、銚子に土器取り添へて持て出でて、『この酒を独りたうべんがさうざうしければ、申しつるなり。肴こそなけれ、人は静まりぬらん、さりぬべき物やあると、いづくまでも求め給へ』とありしかば、紙燭さして、隈々を求めし程に、台所の棚に、小土器に味噌の少し附きたるを見出でて、『これぞ求め得て候ふ』と申ししかば、『事足りなん』とて、心よく数献に及びて、興に入られ侍りき。その世には、かくこそ侍りしか」と申されき。



   鶴見俊輔@Wikipedia

   須田剋太@Wikipedia

   北条時頼 = 最明寺入道 @Wikipedia

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20091025 賢者の言葉・山本夏彦・『日常茶飯事』より

   * [日常茶飯事] 山本夏彦



  「北海道紀行」 『日常茶飯事』(工作社 1962年)より引用
 七月×日から一週間、北海道へ旅行した。某新聞社の招待で、道内見物をさせる催しに、出来心から参加したのである。
 函館、室蘭、札幌、旭川――いずれも市内には泊らず付近の温泉地に案内された。函館なら湯の川、旭川なら層雲峡、札幌なら定山渓。
 この定山渓には、登別温泉から洞爺湖を経て、自動車でまる一日がかりで達した。すなわち遊山で、見せられたのは温泉場ばかりである。
 見あげれば羊蹄山、見おろせば洞爺湖――ガイド嬢は、絶景だから忘れぬように見よ、としきりに忠告する。
 層雲峡は、両岸とも、百なん十メートルを越えてそびえたつ断崖で、その底を流れる渓流に沿ってバスは進んだ。ここでむかし大町桂月は、両岸の奇岩怪石を仰いで、天下の奇勝だと感服したという。層雲峡の名も彼の命名だそうで、そのせいであろう、岸には彼の碑が建っていた。
 案ずるに桂月は、歩いてこの地にいたったのである。わが一行は、飛行機と自動車でここにいたったのである。うんざりするほどの景勝を見せられて、私はようやく景色は歩いて見るものだということをさとった。
 歩いて、五尺の身長で、両の肉眼で見て、はじめて風景である。長途の山径を行きなやんで渇きにたえず、ようやく発見した泉だから、天の美禄に似るのである。ついに峠に達して、視界たちまち開けて、洞爺湖が丸見えになって、はじめて絶景なのである。
 自動車では駄目である。道にまよって今晩は野宿かと、覚悟する恐れはない。スケジュールに狂いがなく、万一あれば、客はバス会社を相手どって、訴訟でもおこすくらいが関の山だろう。車内でビールやコカコラをのみながら、何とかの泉も、天下の嶮もないものだ。あるのは次のような心配と誤解ばかりである。
 いま眼前にある風景は、古人が驚いた絶景だから、今人も当然驚かなければならない。ところがさしたる感動がない。ひょっとしたら、これは自分たちが鈍感だからかもしれないぞ。
 客たちはそれが不安だから、口に出してその景観の美をたたえ、隣人と顔見あわせ、隣人の言葉と表情に、同一の危惧を発見して安堵し、ともに感動したと、互いに認めあうのである。ついでに、妻子に教えてやろうと、カメラに写しとるのである。
 由来、観光客というものは、トマスクックの口車にのせられ、八十日間世界一周とは、古人の企て及ばぬ新企画だと、大金を投じてこれに参加し、世界中を駆けずり回り、脳裡にイタリヤもスペインも一緒くたに記憶し、満悦し且つ吹聴してやまないものだ。それでも何やら心もとなく、帰ればみんな忘れてやしまいかと、我と我が脳ミソを疑い、パチパチ写真ばかりとっているものだ。カメラというものは、その不安を慰撫し、解消するためにおもちゃだと、私はかねがね信じている。
 これら今人の夥しい愚行は、歩かなければ風光は存在せずと、いずれ気がつかぬかぎりは止まないだろう。
 それはさておき、近代の文学に自然描写がすくなくなったのは、右と関係があるようだ。汽車、自動車、飛行機――交通機関の異常な発達は、文学のなかから自然を放逐した。独歩や花袋は、わらじを踏みしめ、武蔵野を歩いた最後の人だ。今後も自然は、文学のなかにあらわれること稀れであろう。
 現代生活に於ける自然は、どこに去ったか。
 山のぼりに去ったようである。アルピニストは、死ぬまで脚で登攀してやめないであろう。ケーブルカーが普及して、それで山々を征服したと称する大群が、もし生じたとしたら、彼らは驚き、やがて白眼視するにちがいない。そしてケーブルのない無名の山をさがしだし、一人でのぼるようになるだろう。風景を知るものは、ついに私のきらいな登山者だけになるのではないか。
 汽車が開通して、なん十年にもなるというのに、東海道人種とでも呼ぶべき人が、まだいるそうである。開通以来、多く廃駅となった旧街道五十三次を、いまだに徒歩で歩き続ける人たちだそうで、彼らは互いに顔見知りで、すれちがえば挨拶をかわす位の仲だそうだ。東海道の風物にとり憑かれて、歩き続けてやめない人だという。
 登山とちがって、これには花々しい成功というものがない。遭難して、新聞紙上をにぎわすということがない。だかれ誰も知るものがないが、たぶん今も歩き続けているはずだと、むかし岡本かの子女史が書いていた。
 温泉宿の悉くは、いまデパートみたいなビルになっている。ドアを押してはいれば、なかはお定まりの数奇屋まがいの座敷である。これは熱海も箱根も、九州のはてまで行っても同じことだろう。そんなら何も、北海道くんだりまで出張するがものはないと、とつぜん私は東海道人種を思いだしたのである。



   山本夏彦@Wikipedia

   大町桂月@Wikipedia

   岡本かの子@Wikipedia

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