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19911114 柳宗悦 大丈夫人論集

柳宗悦が東洋の日本という国に生まれたことを感謝していたように 田原もなにごとかに感謝しなくてはならないのだろうが 十年前の日記の愚痴の多さに呆れつつもう言うまいと今思えるこの十年の多少なりともの成長を 感謝します 自分の力ではなく他人の力によるものであろうと思えますし そういえば実家は浄土真宗の檀家だ 妙好人ほど熱心な信者ではないにしろ 「ヒッポ」出席 F原さんがいた 中尊寺ゆつこに似た女の子もいた 「クレア」それではこの罰系の神経伝達物質の量と報酬系の神経伝達物質の量とのバランスをいかに整えるかという話になるが、これは頭を割って手術をしても無駄で、幼年期から成人になる期間における生活環境の中で生成されるべきものである。そして
 『柳宗悦 妙好人論集』 寿岳文章編 「仏教へ帰る」「一/私の若い頃の気持は、今の若い人々のそれと何も根本的に変ってはいまい。ともかく過去の日本は古くさく思われ、新しいものをと偏えに迫った。ほとんど凡ての若いものは、反抗的である。これがあるために生長があるのであるから、そういう反抗が何かの意味を背負っていることは否定出来ぬ。ただ若さのために、反抗の内容がとかく皮浅なものに流れるのは止むを得ぬ。年を重ねて思慮が深まれば、行き過ぎのために損もまた大きかったことを気附くのは当然である。だが若い頃は何もそんな反省はなく、一途に新しいものに意義を感じ、周囲を振り向こうとはせぬ、外国のものに心酔するのはそのためである。目新しいからである。心酔するほどであってこそ、充分受取れるのだともいえる。こういう心理は若い者の特権ともいえるが、そのままでよいとはいえぬ。若々しさは一生涯あってよいであろうが、それは何も「若さ」で止まれという事ではない。人間は年齢の恩沢に充分に浴すべきであろう。いつまでたっても若いままではこまる。年とらずば、つまり経験や知識を積まぬと分らぬ真理が色々とあるからである。/



   * [手仕事の日本] 柳宗悦

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