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19911118 だいじょうぶの航海日誌

昨日見た「七人の侍」 映画館で見るのは初めて 一度見たような気がずっとしていたのだが見ていなかったのだろうか定かではない 大黒沢ということで過剰な期待を抱いて見にいくと肩透かしをくうことでしょう 古き良き時代の映画であるのだから 大三船はよい ワイルド 左卜全なんて貴重な役者だったんだなあ みんないい顔してました 「CREA」確かに自然至上主義的な考え方は私をも含めて都市の中で生きる今日の人々にとって規範とはなりにくくなっている。すでにそういった環境の中で精神身体の形成をすることは不可能なことであり、現代の子供にとっては秋の山ならぬ、膨大な報酬系一辺倒の商品が山積みされているコンビニエンス・ストアーが放課後の遊び場なのだ。彼らの
 『ぼくの航海日誌』 田村隆一 銅版画山本容子 「十一月 沖の稲妻」「春雷には/どこかエロチックな光りと匂いがあるが/夏のおわりから/秋のはじめにかけて/闇を引き裂く雷には/魂を凍らせるような光りがある//樹枝状の稲妻/垂直状の稲妻/放光状の稲妻//ときには/夜の沖を水平状に走る稲妻/しかも いま/大西洋の閉ざされた夜の沖を/稲妻が走りつづけている//一九三九年九月一日/ナチス・ドイツがポーランドに武力侵攻/九月三日 フランスとイギリスが/ナチス・ドイツに宣戦布告/ぼくは青年になったばかり やっと/第一次世界大戦後の文学と芸術が分りかけたというのに/第二次世界大戦がヨーロッパで勃発して//ぼくの「灰色のノート」がはじまる/東京の場末の/夜と霧の洋風居酒屋で/長髪の文学青年のグループから/イギリスとフランスの作家や画家の/仕事の意味をたたきこまれ/ネイビィ・カットやウェストミンスターの煙草の匂い/スコッチやアブサンの味を教えこまれ//ぼくは青年になったばかり/性をテーマにしたヨーロッパの文学や絵画を経験したような顔をしていたが/性そのものの実体はまったく分らなかった/まして/水平状に走る沖の稲妻の意味/そのイデオロギーには手がとどかない/魂を凍らせる閃光を/感知しただけ//それにしても/ぼくの「半助丸」はどこへ行った?」



   * [詩人のノート] 田村隆一

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