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19911121 エダイジョウブー 一

『エセー』面白い 小林秀雄は「徒然草」の中でこう書いている「兼好は誰にも似ていない。よく引合いに出される長明なぞには一番似ていない。彼は、モンテエニュがやった事をやったのである。モンテエニュが生れる二百年も前に。モンテエニュよりはるかに鋭敏に簡明に正確に。」 確かに兼好が削りに削って『徒然草』をあの長さにまで持っていったのとは逆にモンテーニュは凡例からも知れるように骨組みに肉づけをすることで完成を目指しているようだ 国や言葉や時代が違っても似たような知性は似たような作品を生むというところか 「ヒッポ」参加 人少ない 中国語耳に入らずフランス語で覚えた部分を口にした 「多言語環境」というよりは「託児所環境」 それもいいということ
 『エセー 一』 モンテーニュ 原二郎訳 「第八章 無為について」 「(a)われわれも見るとおり、どんない豊饒で肥沃な土地でも、遊ばせておくとそこにいろんな種類の無益な雑草が繁茂する。これを役に立つように働かせるには、秩序正しく何かの種を播いてやらねばならない。また、女は一人でも形のない肉塊を生むこともできるけれども、立派で自然な子供を生むには別の種を植えつけてもらわねばならない。精神についてもこれと同じことが言える。精神は何か自分の束縛するものに没頭させられないと、あっちこっちと、茫漠たる想像の野原にだらしなく迷ってしまう。//



   * [エセー 一] モンテーニュ 原二郎訳

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