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19911207

午後三時桂駅でS谷さんという女の子と待ち合わせして案内してもらってヒッポの京都ソレイケソレファミリイに参加するH本さんという北大出身の男性と知り合いになる 終了後M田Eさんを交え四人でお茶 それからどうしたか忘れた 今十一日なもので 高橋「ヒッポ」関係に酷似した作家のペアをすぐ思いうかべることができるだろう。もちろん、ジョイスとその弟子ベケットである。厳密なリズムからスタートしたジョイスは、ふつうのことばで書くことのできる極限の作品『ユリシーズ』を完成した後、夢の言語による『フィネガンズ・ウェイク』の執筆を開始する。ちなみに、『フィネガン』が書きはじめられた一九二二年秋、ボーアとハイゼンベルクははじめて会い、引用にある会話



   * [フィネガンズ・ウェイク 1] ジェイムズ・ジョイス 柳瀬尚紀訳

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