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19961106 鶴見俊輔 『思想とは何だろうか』

鶴見俊輔 『思想とは何だろうか』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 31日、鶴見俊輔座談 『思想とは何だろうか』(晶文社1996)を読みました。

 たまたま今日の新聞朝刊に晶文社の「鶴見俊輔座談」広告が出ていて、その全10巻が完結したことを知りました。
 その広告によれば「二十一世紀を生きる思想の種子がここにある 鶴見俊輔座談全10巻完結 「懐の深い座談の名手であり、会話の中に生き生きとした思索の跡が感じられる」(日本経済新聞評)「異説に触発され、はみだしに共感しながら、きちんと『わたし』を言い終える。戦後思想の優れた成果のひとつ」(朝日新聞評)」とのこと。

 第二回配本の「思想」の座談のお相手は、丸山真男吉本隆明大江健三郎野坂昭如南伸坊古在由重加藤周一河合隼雄堀田善衛、等々という顔触れ。

 第一回配本『日本人とは何だろうか』のほうが私には面白かったです。「ゴーマニズム宣言」の小林よしのりさんと「オウム」を主題に語り合った座談が印象に残っています。「思想」したことはない私ですが、好むと好まざるとにかかわらず「日本人」をしているから、読んでいてわかりやすかったのでしょうか。

 一九二二年生まれの鶴見俊輔さんが、戦後すぐから今現在に至るまで座談を続け、十冊にも及ぶ座談集が出る。そのこと一つをとっても、鶴見俊輔という人のタフさを物語っているように思えます。鶴見さんの思想が柔軟で実用的であった証拠でしょう。第二回「思想」では、「思想」イコール「イデオロギー」時代の座談もあるのですが、お相手の「思想」が硬直して過去のものになっているものも何点かあったような気がします。

 その「思想」の中で、特に印象に残ったエピソードを一つ。
 マルクス経済学者の古在由重さん、どんな人か全然知りませんでした、の話です。
 一九〇一年生まれの古在さんが子供のころ、山道を一人散歩していて、日清日露戦争で戦勲をあげた大山巌元帥(一八四二-一九一六)にばったり出くわしたのだそうです。国土拡張政策の時代ですから、当時の古在少年もご多分にもれず軍人崇拝をしていて、大山元帥の顔も色々なところで目にする機会が多く、初対面でもすぐその人とわかったのだとか。
 緊張して、深々とお辞儀をしたどこの誰とも知らぬ古在少年に、普段着姿の大山元帥は古在少年に負けない位ていねいなお辞儀をかえしたというのです。あたりに人っこ一人いない、二人きりの場面であるにもかかわらず。
 大山元帥のたしなみとそれを記憶した古在さんの精神こそが、生きた「思想」の形と思えました。( 『お笑い大蔵省秘密情報』:http://booxbox.cocolog-nifty.com/tahara/1996/10/19961024_c60c.html の大蔵官僚たちなら、そんな少年、鼻にもひっかけないでしょうし、「われわれは目的もなしに山道を歩いたりしない」といったりするんでしょうね、ハハハ。)

 鶴見さんの手になる「記憶-あとがき」から。

「自分の内部に生じた原初問題を、私は、「親問題」と呼ぶ。私は親子問題に苦しんだが、この「親問題」は私におしつけられた親子の葛藤のことではなく、まず自分の中に問題があらわれ、そこから派生してあるいはそれを加工して子問題があらわれ、その子問題からさらに孫問題があらわれるという系列の中に、仮に出発点においてみることを試みる問題発生史上の第一問題である。親問題はそれととりくんでいるうちに形をかえるもので、それを解決するということはあまりないように(私の経験では)思われる。
 そういう親問題は、誰にもあると思う。しかし、おそらくは日露戦争の終戦以後、学校が整備してからは、小、中、高、大の学校では、親問題を回避するトンネルのように学校制度をつくった。問題は教師、あるいは受験産業があたえ、生徒が問題をつくる機会は学校ではない。問題の正しい(ただひとつの)答えは、教師がもっている。入学試験の場合には、出題者がもっている。義務教育の九年を終えて社会に出たものは、自分の人生を生きる中で親問題を見出すが、十六、七年の学校生活を早足でかけあがってゆくものにとっては、親問題からひきはなされた十六、七年である。その先も、ヨーロッパに問題の手本と解答があるが、それをいちはやく学習することができるか、そうでもないかは、上司から、あるいは自分のくみいれられた制度からうけとる他なくなる。」

 どうやって自分の親問題を見つけていくか。
 その見つけ方を見つけ出していく過程を描いているように思えたのが、次に読んだ『インターネットが変える世界』(岩波新書):http://booxbox.cocolog-nifty.com/tahara/1996/11/19961114__edb6.htmlでした。
 その本のことは、また。


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