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19961228 谷沢永一 『人間通になる読書術』

谷沢永一 『人間通になる読書術』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 12月19日、谷沢永一(1929- )『人間通になる読書術』(PHP研究所)を読みました。
 同じ作者のベストセラー『人間通』(新潮社)の読書案内版といったところでしょうか。(といっても、『人間通』を読んでいないのでなんとも言えないですが。)このたび新しく発刊されたPHP新書の第一冊目。

 カバー裏面惹句。マキアヴェリシェイクスピアから司馬遼太郎星新一まで、当代きっての読書人・谷沢永一が「読んで面白かった」という基準だけで選び出した四十冊。本書ではそのエッセンスを凝縮して紹介する。「この一冊さえ読めば、四十冊を改めてお読みになる必要はありません」と著者自ら太鼓判を押す、忙しい人にも怠け者にもぴったりの画期的な読書案内。」

 作者の谷沢さんは大阪のひとで、私にとって初めて読む著者。
 お買い得の一冊です。コスト・パフォーマンスが高い。気取ったものでも、観念的なものでもない。権威や権力に対しては批判的でもある。「大阪風味」です。

 『蜂の寓話上田辰之助著(みすず書房)を紹介する「私人の悪徳は公共の利益」から。

「なにはともあれ商品は売れなければならない。その為には買手を育てねばならぬ。そこで資本家は鬼の如き根性であったところで、止むを得ず渋々嫌々であろうと、労働者の賃金を増やさなければならない。経済とは、平たく言うなら、貨幣あるいはその代替物が人の手から手へ渡り動くことである。世の中から貨幣を引き上げ独占すれば、資本家自体が忽ち干上がる。資本家が儲けに没頭すればする程、世の中が豊かになって行くのである。
 資本主義社会の自由経済組織は、個人の企業家が我利我利我慾私利私慾に徹すれば徹する程、万人の社会全体が公共の利益に浴するという機構なのである。この趨勢を十八世紀初期に逸早く看破したのがマンドヴィルであった。「私人の悪徳は公共の利益」という見事なキャッチフレーズは、人類が遂に到達した合理的社会組織の本質を射る不朽の洞察であったといえよう。」

 『余暇と祝祭ヨゼフ・ピーパー著/稲垣良典訳(講談社学術文庫)を紹介する「自分自身に会うひととき」から。

「力をふりしぼって働くことは確かに立派である。しかし、その時は誰もが実は束縛のなかに囲いこまれている。それに対して可能な限り外なる束縛から身を脱し、思い煩うことのない心境へ自身を導くのは、本当は労働に従事するよりも難しい。力を抜いて、ゆとりを持って、しみじみ寛ぎ、出来れば忘我の境地に達する為には、かなりの自己規律を必要とする。何かの準備として身構えるのでなく、何かに役立てようと勉強するのでなく、つまり効用という観念から離脱する。実益と結びつかず、何物にも侵害されず、自主の心境を確保する。拠り掛かる物のない遊泳に乗り出す。自分のなかに湧く泉の気配に耳を傾ける。余暇とは自分自身とじかに向き合う観想の静謐な時間なのである。」

 『商家の家訓吉田豊編訳(徳間書店)を紹介する「商売の眼目は決断力である」から。

「差し迫った用件は一寸延ばしを避け時を移さず済ませるべきである。一生を通じて夫婦仲睦まじく互いに思い遣って暮らすように。夫婦仲が悪いようでは何事にも専念できずに家を潰してしまうであろう。(鳥井宗室遺書)
 凡そ貿易は有無相通じて他人にも自分にも利益を齎す為の事業である。相手に損失を与えて己れの利得を計る行為ではない。共に利益を受ける場合は仮に得分が僅かであっても互いに効果は大きい。どちらも儲ける結果となるのでなければ大きな金が動いたようであっても逆に成り行きは宜しくない。(角倉素庵・舟中規約) 賢明な者や有能な人材を選んで昇進させ各人の能力を活用せよ。必ず老朽の者を除き新進の人物を採用すべきである。商売にとって最も必要なのは決断力である。不利と知った時は、一時的には損失と解っていても早い目に見切りをつけるほうが、時期を失して後日にもっと大きな損耗の結果となるよりも措置としては勝っている。(三井高平・宗竺居士家訓)
 若年の者を支配人や番頭にしてはならぬ。子飼でない途中入店者でも商売に立派な腕があるなら登用して重い役目を与えること。(市田清兵衛・市田家家訓)
 近しい親類縁者の家に対して金銀を融通することを固く禁ずる。世間の例を見ても金銀の貸借を通じて不和になる場合が多い。遊所への出入りは誰でも四十歳を過ぎて前後の判断を誤らぬ時期となる迄は堅く禁ずる。(鴻池家家訓)
 商売に当っては地元地方を問わず顧客を大切にする事。少額の買物をされた衆にはよくよく懇篤に接しなければならぬ。大口の取引先に対しては自然と大切に扱うものだが、買物の多少に拘らずお客といえば十分丁重に応対し、お買上げのうえ帰られる節には店の出入口まで送り腰を屈め御挨拶するように気を遣えばまた重ねて来店されるものである。(白木屋亨保定法)」



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