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19970220 白洲正子 『日本のたくみ』

白洲正子 『日本のたくみ』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

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 2月18日、『日本のたくみ白洲正子(新潮文庫)を読みました。
 もとの本は1981年の発行ですから、今はもう消えてしまった「たくみ」の技もあるかもしれません。

  白洲さんとも深い関わりのあった吉田健一さんの文章で、「毛並み」について書かれたものがあります。
 その文章は「毛並みがいい」という言葉に対する異議申し立てであったように記憶していますが、曾祖父に大久保利通を、父親に吉田茂を持つ吉田さんにそう言われては実も蓋もないな、とどこの馬の骨でもない私などはついひがんでしまうのです。

 毛並みということになれば白洲さんも負けていない。
 『白洲正子自伝』のカバー写真を見てみますと、そこに写っているのは広い芝生に置かれた椅子に座る明治の元勲、やはり薩摩出身、軍服軍刀を帯びた樺山資紀。さらにその膝の上に座る、すらりと伸びた手足に理知的な目をした「孫娘」、白い服の少女、白洲正子。絵になっています。
 私にとって、吉田さんや白洲さんの文章は鬼門みたいなもので、読むたび落ち込むのですから読まなきゃいいのですが、僕には一生こんな文章は書けないだろうと思いながら結局最後まで読んでしまう。どうも能力のない人間はうかつに文章など書くものではない、このメールのことを指しています、とお叱りを受けているようで、居心地も悪い。当人も、よせばいいのにとときどき思わないでもない。余計、絵にならない。

 昨日、私は、とあるライブコンサートに足を運びました。
 私の友人等々力政彦君がゲスト出演するもので、現在等々力君が撮影したTUVA共和国(モンゴル共和国に隣接しロシア共和国に属する南シベリアのかつての独立国、今は一人倍音唱歌ホーメイで有名)の写真を題材にしたCD-ROMを制作中の私は、そのコンサートの模様もコンテンツとして使わせていただくべく、仕事を終えて西宮市は夙川バートンホールに向かったのでした。
 等々力君は、大阪大学大学院で生物学を勉強しつつ、毎年夏にTUVAを訪れ、現地でTUVAの民族音楽とホーメイを教わって、自分のものにしつつあるという、なかなか日本人の枠を越えた強烈な人で、前日アメリカから帰ってきたばかり。
 「二声の典礼歌」と題されたそのコンサートは、赤松正行さんという多才な方が主催するManMadeシリーズの第10回ということで、最もプリミティブでシンプルな楽器である人間の声と最も人工的で加工可能なコンピュータ音楽を共振させようという試み。
 どこかで会う毎にきれぎれに聞いていただけの、等々力君のドシュプルールの演奏とホーメイに長時間接して、吉田文白洲文を読ませられているときの、例の気分になってしまいました。TUVAが好きで通いつめ、そこの人々と深く交わるうちに自然と、等々力君は日本人をやめて、かといってTUVAの人になるわけでもなく、ただ生成の人間として「うぃーうぃー」と声を出して、自ら楽しんでいるのでした。うらやましい。
 モンゴルの自然が生んだ不思議な歌唱法ホーメイと、その対極にある人工的なコンピュータ音楽とのマッチングは絶妙で、なんだかにやにやしてしまいました。絵になっていたのです。

 コンサート会場で私は、「自然と造作」という言葉を頭に浮かべ、前日読み終えた白洲さんの『日本のたくみ』に登場する職人さんたちのことを考えたのでした。
 白洲さんの「たくみ」感とは、自然をどれほど自然に自分のものとして自分のなかに取り入れられるか、その能力の高い人が優れた「たくみ」になる、というようなものと私は考えます。自然の素材を、その生成の良さを生かして、不必要な造作を入れることなく、作品化していくか。当然そこでは、それを作る人間の生成の良さも求められるわけです。
 どうも、その人間の生成の良さ、というのが、毛並みの良さではないかと、私には思われるのです。一般に言われる、家柄の良さ等々の問題では当然なくなるわけで、そうか吉田さんはこのことを言っていたのか、魅力ある人間の作り出すものはそれがゆえに魅力的である、という単純な話に帰結するのでしょう。

 贋物の古伊万里をはからずもつくることになってしまった夭折の陶芸家について書かれた文章「贋物づくり-横石順吉」の末尾。

「世上の噂によれば、順吉さんは唐津や李朝の方が、伊万里より一段と上手で、桃山時代の名品の中にも、いくつか交っていると聞いたことがある。それでよいではないか。彼以前にも、名工は沢山いたに違いなく、どれ程多くの後世のものが、古作の中に入っているか知れたものではない。そして、美しい新作の方が、古いじょぼたれ茶碗よりはるかにいいに決っている。断っておくが、私は贋物でもいいといっているのではない。贋物はあくまでも悪いのである。この頃は真贋についての論議がはやっていて、時には、本物と贋物の写真を、御丁寧に並べて見せたりする。が、骨董という煩悩の世界は、そんな単純な考えでわり切れるものではない。自ら手を汚したことのない門外漢が、単なるのぞき趣味を満足させているにすぎない。骨董ばかりでなく、本物のような顔をした贋者が、大手を振って世間に適用しているのは、そういう人種がふえたせいだろう。それに比べたら、A子ちゃんに会いたさに、贋物を造った順吉さんの方が、どんなに無邪気でまともな人間か。そう知っただけでも私は、九州くんだりまで訪ねていった甲斐があったと思っている。」

 吉田健一さんや白洲正子さんの文章、そして等々力君のホーメイ。
 どなたも「造作」なく、自らを作品化しておられる。
 過剰な造作が入っていないので、絵になる。
 心すべし。



 『日本のたくみ』 白洲正子(1910- ) 新潮文庫 1984 520円

 『白洲正子自伝』 新潮社 1994 1800円

  手元にあったのが:
 『西行』 新潮文庫 1995 480円
 未読の、赤瀬川原平さんや河合隼雄さんらが執筆の:
 『白洲正子を読む』 求龍堂 2000円

20040219 「ども」読書会:白洲正子「かくれ里」

20040130 白洲正子「かくれ里」

20040125 遊びといえば遊び 仕事といえば仕事

20040118 未読書感想文「本人の人々」「村上春樹全作品1990-2000 1」「三つの都の物語」「かくれ里」

19971119 白洲正子・加藤唐九郎『やきもの談義』

19970805 白洲正子 『両性具有の美』

19970220 白洲正子 『日本のたくみ』

19961019 洲之内徹 『気まぐれ美術館』



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