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19970324 河合隼雄・村上春樹 『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』

河合隼雄・村上春樹 『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 3月17日、『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(河合隼雄村上春樹、岩波書店)を読みました。

   *

 この金曜日から日曜日にかけて、田原は札幌に行っておりました。四歳違いの弟の家に二晩泊めてもらったのですが、さすがに同じ親から生まれ同じ環境で育った人間、いまどきの村上春樹三点セット『ねじまき鳥クロニクル』全三巻と『アンダーグラウンド』そしてこの『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』の五冊が、彼の家にも置いてありました。もちろん、田原家以外の人々にも、相変わらず売れてます。
 われわれ読者にとって、作品の質を落とすことなく、幅広い層の読者が読んで面白いベストセラーをコンスタントに発表できる芸術家と同時代をともにできるというのは、とても幸せなことではないでしょうか。直観力に優れ、なおかつ心身ともにタフな小説家。実はそういう人は、あまりいやしない。

 米国でたまたまお互いに相知った二人が、日本に帰ってから、河合さんの地元である京都に村上さんがでかけていくという形で、対談したものをまとめ、それぞれがそれぞれの脚注を付け足したもの。1995年の11月に行われた対談ですから、当然オウムと阪神大震災が話題になっています。

 メインの対談はもとより、それにリンクする脚注が面白い。

 村上さんのフットノート

「●オウムの物語りの稚拙さについて でもそれと同時にぼくはこの事件に関して、やはり「稚拙なものの力」というものをひしひしと感じないわけにはいかないのです。乱暴な言い方をすれば、それは「青春」とか「純愛」とか「正義」といったものごとがかつて機能したのと同じレベルで、人々に機能したのではあるまいか。だからこそそれは人の心をひきつけたのではあるまいか。だとしたら「これは稚拙だ無意味だ」というふうに簡単に切って落としてしまうことはできないのではないかと思うようになりました。  ある意味では「物語」というもの(小説的物語にせよ、個人的物語にせよ、社会的物語にせよ)が僕らのまわりで--つまりこの高度資本主義社会の中で--あまりにも専門化し、複雑化しすぎてしまったのかもしれない。ソフィスティケートされすぎてしまっていたのかもしれない。人々は根本ではもっと稚拙な物語を求めていたのかもしれない。僕らはそのような物語のあり方をもう一回考え直してみなくてはならないのではないかとも思います。そうしないとまた同じようなことは起こるかもしれない。」

 も一つ
「●フィクションについて 最近小説が力を失ったというようなことが巷間よく言われるわけですが、ここでも言っているように、僕は決してそうは思っていません。小説以外のメディアが小説を越えているように見えるのは、それらのメディアの提供する情報の総量が、圧倒的に小説を越えているからじゃないかと僕は思っています。それから伝達のスピードが、小説なんかに比べたら、もうとんでもなく早いですね。おまけにそれらのメディアの多くは、小説というフィクションをも、自己のフィクションの一部としてどん欲に呑み込んでしまおうとする。だから何が小説か、小説の役割とは何か、という本来的な認識が、一見して不明瞭になってしまっているわけです。それは確かです。
  でも僕は小説の本当の意味とメリットは、むしろその対応性の遅さと、情報量の少なさと、手工業的しんどさ(あるいはつたない個人的営為)にあると思うのです。それを保っている限り、小説は力を失わないのではあるまいか。時間が経過して、そのような大量の直接的な情報が潮が引くように引いて消えていったとき、あとに何が残っているかが初めてわかるのだと思います。(中略)相対的に力を失っているのは、文学という既成のメディア認識によって成立してきた産業体質と、それに寄り掛かって生きてきた人々に過ぎないのではないか、と僕は思います。フィクションは決して力を失ってはいない。何かを叫びたいという人にとっては、むしろ道は大きく広がっているのではないでしょうか。」

 それを受けて河合さん。
「●フィクションについて 村上さんが小説のメリットについて、「その対応性の遅さと、情報量の少なさと、手工業的しんどさ」をあげておられるところ、大変嬉しく思いました。何でも自分のことに引きつけて申し訳ありませんが、これこそわたしのしている心理療法のメリットそのものと思うからです。そして、わたしが自分の仕事を、相談に来られた人が「自分の物語を見出していく」のを援助することがと思っているのが、それほど間違っていない、と傍証してもらっているように感じるのです。  現代の一般的風潮は、村上さんの書かれたことのまったく逆の、「できるだけ、早い対応、多い情報の獲得、大量生産」を目ざして動いています。そして、この傾向が人間のたましいに傷をつけ、その癒しを求めている人たちに対して、われわれは一般的風潮のまったく逆のことをするのに意義を見出すことになるのです。このように考えると、心理療法家の仕事と作家の仕事の間に共通点が感じられて嬉しく思います。
 それにしても、一人ひとりのたましいを深く傷つける前述のような傾向が、個人主義を唱える欧米から生じてきたというアイロニーについて、ゆっくり考えてみなくてはならないと思います。個人をもっとも大切と考える生き方が、個人をもっとも深く傷つける傾向を生み出しているのです。」

 特に印象に残った言葉は、「デタッチメント」「コミットメント」「暴力性」の三つでした。

 デタッチメントとコミットメントは対になっているわけで、コミットメントが「関わりあいを持つこと、関わりあいを持とうとすること」みたいな意味で、デタッチメントがその反対語になっているようですが、これは自分の今までの姿を振り返ってみるとよく理解できる。

 25歳くらいの田原は「デタッチメント」野郎の極致で、今覚えば我ながらいや奴だった。その当時発表されていた村上さんの「デタッチメント」系の作品にかぶれていた節もあったかもしれません。それから十年ほどかけた「リハビリ」が続き、結婚して父親になって、改めて自分の生きている世界に「コミットメント」することの喜びを感じ始めているというところでしょうか。

 たとえば阪神の震災でのボランティア活動なども、実はいまどきの若い人達も「デタッチメント」より「コミットメント」することを求め始めているあらわれではないか、というようなことも書かれていました。その「デタッチメント」から「コミットメント」への移行がうまくいかない場合、関わりあいを持つことへの欲望が歪んだ形で表面に出てくる。いじめ、ストーカー、おやじ狩り、浮浪者いびり、等々。オウムもそうだったのかな。

 自らが自分の持つ「暴力性」に意識的にならないかぎり、その手の暴力はなくならない。誰もが、加害者になる素質を秘めているということ。

 さて。

 以前この同報で、村上さんの『レキシントンの幽霊』読書録(19970124 村上春樹 『レキシントンの幽霊』 )をお送りしたとき、田原は池澤夏樹さんの批評文(村上春樹は、すでに老成の域に達してしまったのか、という内容)を引用して、「実は池澤さんの意に反して、「果敢な失敗作」をもはや誰も期待していないと、村上さんは感じているのかな、と思ったりもしました」と書いたのですが、どうやら余計な心配だったようです。功なり名遂げた作家が、『アンダーグラウンド』を発表しなくてはならない、と心から思えるのは、その人が「果敢な失敗作」など恐れない人間である証拠でしょう。
 なにごとも起きなければ、村上さんはあと数十年、作品を発表しつづけることでしょう。一読者として、「タフ」に、村上春樹読書を続けていきたいものであります。


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