« 19970401 高野文子 『るきさん』 | トップページ | 19970408 ディック・フランシス 『興奮』 »

19970403 中村伊知哉 『インターネット、自由を我等に』

   *

中村伊知哉 『インターネット、自由を我等に』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 4月1日、『インターネット、自由を我等に』(中村伊知哉、アスキー出版局)を読みました。

 著者の肩書きは「郵政省大臣官房総務課課長補佐」。となるとお役所くさい本なのかと思いきや。
 著者紹介文を引用すると、「1961年生まれ、京都市出身。/京都大学経済学部卒。/大学在学中は音楽活動に没頭、/ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターなどを務める。/1984、郵政省入省。電気通信局で通信自由化、/ネットワーク化政策に従事した後、/放送行政局でCATVや衛星ビジネスを担当。/登別郵便局長を経て、通信政策局で地域情報化、/マルチメディア政策を推進。/1993年、パリに渡り、大陸メディア浪人。/1995年7月から現職。趣味は"メディア"」

 ということで、「自由を我等に」が映画の題名であることにお気づきの方々には、たいへんなつかしいであろう日本の歌謡曲と和洋とわない映画の題名が、各文章の頭につけられております。

 歌、「存る日突然──日本神話の崩壊」 「しゃぼんだま──幻想のマルチメディア」 「X+Y=LOVE──ニューメディアの十年」 「どうにもとまらない──アメリカの自信」 「こまっっちゃうな──ヨーロッパの悩み」 「天使の誘惑──アジアそして世界の参加」等々。

 映画、「モダン・タイムス──作法の未成熟」 「無防備都市──背徳のネットワーク」 「三つ数えろ──名付けのセンス」 「大いなる幻影──映画の中のメディア」 「どですかでん──対立の構図」 「儀式──衆人監視の戦闘」 「どついたるねん──キンシャサの夢」等々。

 「今は幸せかい──日本の危機」(うちの奥さんは「今は幸せかい」の歌そのものも、佐川満男が歌っていたことも、佐川満男に「髪の毛」があったことも知らない!! 笑かしよる!!)から。

 「(前略)これからスマートに生きるなら、ソフト、つまりコンテントしかない。
 たしかに、映像ソフトの制作力はつらい状況にある。テレビ番組や映画ソフトなどの映像ソフトは九一年度、輸出が一九二億円、輸入は五一八億円。大幅な入超だ。コンピュータソフトも、ゲームを除けば、輸入は輸出の一九倍。そして、SFXはハリウッドに教えを乞うほかない。
 欧州の映画もテレビ番組も、大半がアメリカのコンテントに支配されている。自国映画の市場占有率は日本三七%、フランス三五%、イタリア二四%、イギリスは四%。ヴィム・ヴェンダース監督は、二〇〇〇年には欧州映画は死滅すると嘆く。
 経済の分野はもはや国単位で考える必要はないのかもしれない。だが、国家としては最後まで文化やアイデンティティーをあきらめるわけにはいかないだろう。
 もちろん、個人にとっては、モノやサービスの国籍というのは本来どうでもいいことだ。ワインも料理もうまければいい。コンテントだって、どこの作品であろうと刺激的であればいい。しかし、国としては無自覚ではありえない。
 国にとってコンテントが深刻だというのは、貿易が不振だからではない。短期的な経済だけの問題ではない。コンテントは文化の反映であり、その増強は世代単位、百年単位で考える必要があるからだ。
 しかし、そのための手を日本は打っていない。
 いやむしろ問題は、ボーダーレスでポップな文化の融合を是としていくのか、愛と幻想の「日本文化」を何とかしようとするのか、そういう腹づもりさえ不確かなことだ。これから世界に向けていったいどんなソフトを生めばいいのか。パワーレンジャーに助けてもらうしかないのか。
 浮世絵などの日本美術が一九世紀の西洋美術に与えた影響は、ルネサンスに与えたギリシャ・ローマ芸術に匹敵するともいわれる。「日本文化」は捨てたもんじゃないはずなのに、いつのまに態度が小さくなってしまったのだろう。「文化人」はおおぜいいるので、何とかなるだろうか?」。

 で、中村さん、世界に誇れる日本のコンテントとして挙げたのが、ゲーム、漫画、カラオケ。

 あとがき「パソコンを捨てよ町に出よう」(この題名もいまどきの若い方々にはもとの題がわからないか)が素敵だ。抜き書きします。

 「今日、いや日付が変わっているからもう昨日だが、長男が五歳になった。パリに行く以前、よちよち歩きの彼が近所の公園でよく遊んでいたおともだち。その子のおじいさんが永眠された。昨日、梅雨空のもと、築地本願寺での葬儀に列席した。
 亡くなったおじいさんは、ミュージシャンで、役者で、学者で、映画も作った偉大な方だった。六七歳という若さだった。堺正俊さん、別の名をフランキー堺という。
 彼の著名な業績の中でも、とりわけ川島雄三監督の『愛のお荷物』(一九五五年)や『幕末太陽傳』(一九五七年)で見せた疾走感、岡本喜八監督『独立愚連隊西へ』(一九六〇年)の中国人がみせた戦争観は、世界に普遍の名作を生むに当たり、監督と俳優が天才的な相乗効果をみせた幸福な例だ。
 フランスの映画通にカワシマ作品を見せてやると、ジャポンという国は何と豊穣な映像文化を隠し持つ国かと驚嘆する。そして、ハリウッドが見せているのは技法の爆発であって、表現の爆発じゃないよな、などと慰めあうのだ。
 堺さんの記憶は、邦画の記録として、世界に刻印され、二〇世紀が終わる。そして彼の孫の世代、物心つく頃からコンピュータをいじっている世代が急ピッチで成長している。幸福なメディアの二一世紀をみんなが待っている。」


 「産業の発展は、文化の自由度によって裏付けられる。どの都市でもそうだ。ニューヨーク、ロンドン、パリ、トーキョー。高度に産業が発達した都市は、文化的制約が極めてゆるく、異文化を貪欲に吸収してきた街でもある。インターネットでも、自由と繁栄を両立させなければならない。

 A NOUS,A NOUS,LA LIBERTE. 自由を我等に。

 冷戦が終結し、各国が行動する自由度が高まったとたん、新たな対立が発生した。自由は対立を生む。
 ネットワークの普及やサイバースペースの成熟に伴い、国家とのせめぎあいも顕在化している。九六年に入って各国はインターネットに介入しはじめた。二月にできたアメリカ通信法はインターネットのポルノ規制を盛り込んだが、フィラデルフィア連邦地裁がこれは違憲だという判断を下した、というニュースがさっき飛び込んできた。まだ国の側も揺れ動く。公序良俗、通貨、暗号、映像の文法、国家の関心は膨らんでゆく。
 国家や民族が主張を鮮明にし、バーチャルと実社会が対峙する。マルチメディアの本質は、ものごとを際だたせ、対立を生むところにあるのかもしれない。産業と国家、こどもとおとな、文字と映像、論理と情念。さらにデジタルは身体へも浸透し、精神と肉体とを格闘させるかもしれない。

 A NOUS,A NOUS,LA LIBERTE. 自由を我等に。

 かつて夢想していたあれこれが、現実化してきている。だが、依然、人類の思考・活動様式を変革させる転換点に立ちながら、デジタルの哲学や理念が定まらない。デジタルは唯一のフロンティアだ。メディアには幸せを呼んでもらわなければならない。」

 中村さんには、お役人として、がんばってもらわなければならない。


 『インターネット、自由を我等に』 中村伊地哉(1961- ) ASCII archives 002 アスキー出版局1996

|

« 19970401 高野文子 『るきさん』 | トップページ | 19970408 ディック・フランシス 『興奮』 »

12 ポルケ?ブックレヴュー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 19970403 中村伊知哉 『インターネット、自由を我等に』:

« 19970401 高野文子 『るきさん』 | トップページ | 19970408 ディック・フランシス 『興奮』 »