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19970602 村上春樹 『アンダーグラウンド』

村上春樹 『アンダーグラウンド』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 5月21日、村上春樹アンダーグラウンド』(講談社)を読みました。

   * [アンダーグラウンド] 村上春樹

 『アンダーグラウンド』を読みおえた翌日、ひとけのない野幌森林公園を一人歩き、前日の読書を思いかえしていたら、突然『星の王子さま』が頭に浮かびました。
 地球にたどり着くまえの王子がいろいろな惑星を訪ね、行く先々でいろいろな住人に出会う場面。
 そのなかに、自転周期の短い小さな惑星に住み、おちつく暇もなく繰りかえす朝な夕な、街灯をつけたり消したりし続ける、律儀な「点燈夫」(内藤濯訳によります)が登場しました。それとは対照的に、「不動産」星の数勘定を仕事にして、王子を業務妨害の乱入者としてしか見ない「実業屋」(同じく内藤濯訳)も登場しました。
 王子は、「仕事の尊さ、ひいては人間の尊さとは一体なんなのだろうか」という疑問をいだいて、その後地球に降り立つのです(という勝手な解釈を今日はします)。

 先日お送りしたT島さんの「アンダーグラウンド」読了文でも触れられていましたが、何千人にも及ぶサリン事件被害者の中から、村上さんの取材に応じられた60人余のインタヴュイーたちは、皆、職業倫理が強い方たちのように感じられました。点燈惑星の「点燈夫」的といってもよいくらいです。感動します。
 その職業倫理は、普段の生活を律するであろう社会倫理と、当然のことながら、密接に関係していることでしょう。
 その社会倫理とまったく相容れない集団の起した「サリン」事件に、運悪く(としかいいようがない)まきこまれ、肉体的精神的ダメージを受けながらも、あえてインタヴューに応じるその姿勢にまた、すぐれた倫理感を感じてしまう田原でした。

 そのインタヴュイーの「倫理感」の強さに感応したこともあってか、インタヴュワー村上の小説家としての「倫理感」の強さもまた際だっています。
 その姿勢は、「愚直」といっていいほどです。すでに「ゴーマンかまし」まくっても大勢に影響ないような一大作家が、謙虚に素材に向き合い、へたな脚色を排して文章化に励んでいるわけです。
 たまたまその光が、人より強く美しかっただけ、村上さんもまた、点燈惑星の「点燈夫」の一人なのではないでしょうか?

 それとは対照的な話。
 「職業別でいうと、各種公務員と金融関係の仕事についている人たちの証言は、なかなかとることができなかった。」と、村上さんは、巻頭「はじめに」で書かれています。「情報公開」のもっとも遅れている世界に住む人たちです。住人たちが遅らせているのでしょうが。
 あるいは、「王子」村上の取材申し込みはその業界の方々にとって、単なる業務妨害(サリンをまいた連中と同じレベルで)としか感じられなかったのかもしれません。「オウム」の社会倫理が一般市民のそれと相容れないように、村上さんの職業倫理はその業界の人たちの職業倫理と相容れなかったようです。サリンという毒は、どの星の住人にも、肉体的に影響しているはずなのですが。
 (その業界に対して酷薄な言い方をしているかもしれませんが、ここ数日来のトップニュースは、ここ数年来大きな事故事件以外のとき必ず登場したニュース同様、各種公務員と金融関係者のマネースキャンダルでした。社会倫理と背反する職業倫理を持ち続けるもの、それなりに大変なんでしょうが、それができて始めて「偉く」なれるみたいですね。)

 さて。

 『アンダーグラウンド』読後、頭に浮かんだイメージは、夕暮れ時阪急神戸線の車窓から見る西宮・芦屋から灘あたりにかけての、震災前の、山手の風景でした。珍しく読書体験を共有した妻(そのへんの大学に通っていた)に、そのことを言ってしまって、不思議がられたのですが。
 六甲山系の斜面にはりつくように立ち並ぶ家屋の夕食時、経済的にも恵まれある種の余裕がただよっている街の気配がそこはかとなくうかがわれ、北海道の僻村生まれの田原はその風景をたまに見ては、ああこういう生活もあるのだなあと、すこし羨ましいようなうれしいような気分になったものでした。

 おそらくは世界でももっとも豊かな生活を享受している人々の住む地域をも、あの震災が襲ったわけです。「村上朝日堂」のホームページによれば、芦屋出身の村上さんの実家も半壊、近所にはさら地がまだ多いということでした。
 あの西宮から以西の六甲山系、山手の風景を作っていたのも、ある種の社会倫理であったように思います。それがどういうものかはうまく言えないのですが・・・。おそらくは、震災直後のあのような状況の中でも、パニックに陥ることなく、秩序立った行動がとれる地域性を作り出しているもの、です。
 地震の被害はやはり大きなものではあったでしょうが、第三者的物言いで申し訳ないのですが、あの地震の体験が、あの地域社会の社会倫理をより強く開かれたものに変えていくのではないか、と思われるのです。
 あの夕暮れ時の美しい街のたたずまいを取り戻すには、点燈惑星の「点燈夫」的な問いかけを絶えず繰り返すしかないでしょう。

 あの、1995年の一つの天災と一つの事件は、一体何だったんだ?

 「地震兵器」サリンの被害にあった人々60名余への、単なるインタヴュー集以上の意味を、この本は持っているような気がします。


 『アンダーグラウンド』 村上春樹(1949- ) 講談社 2575円 1997 

 『星の王子さま』 サン=テグジュペリ(1900-1944) 内藤濯訳 岩波書店 1953

 「村上朝日堂」のホームページ
 URL: http://opendoors.asahi-np.co.jp/span/asahido/index.htm
 *「アンダーグラウンド」フォーラムもあります。「点燈夫」作家村上は、読者からのメールに、できうる限りレスしている! ネットワーク上の村上さんの発言は、関西系ののりも多分に含まれ、確か「中島らものファン」を自称されていた、楽しめます。優れた表現者が、意識的にネットワークを主体に作品を発表しつづけ、そこからお金が入ってくるシステムを構築できれば、地上の、出版社も書籍取次も書店も意味をなさなくなる。 んでしょうか?


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