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19970630 鶴見俊輔座談 『学ぶとは何だろうか』

鶴見俊輔座談 『学ぶとは何だろうか』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 6月3日、鶴見俊輔座談『学ぶとは何だろうか』(晶文社)を読みました。

   * [学ぶとは何だろうか―鶴見俊輔座談]

 鶴見俊輔さんの、50年にわたり200人に及ぶ対話者との「座談」を10巻にまとめた本の第三巻。
 ちなみに全10巻は『日本人とは何だろうか』『思想とは何だろうか』以下「学ぶ」「近代」「文化」「家族」「戦後」「民主主義」「社会」「国境」と続くわけです。そういえば、「自然とは何だろうか」という巻はありませんね。いずれにしても、その区分も便宜上のもので、たとえば「学ぶ」巻が「学ぶ」ことだけを語っているわけではありません。そんなことをしたなら、大事な対話が死んでしまう。
 一貫して感じることは、鶴見さんには、「頑なな精神」を排除しようとする「柔らかな意志」が働いているのではないか、ということです。
 「固い意志」は、だいたいが傍迷惑なものですし、持っている本人の健康にもよくない、そしてなにより自分とは異なる他者と多様性を持って繋がっていくことを拒否する。そして意外ともろい。

 「学ぶ」巻の対談者は、谷川俊太郎上山春平奈良本辰也遠山啓筒井康隆河合隼雄五木寛之水木しげる、高史明、吉本隆明といった面々。
 そして何故か巻末の対話は、生命科学者中村桂子さんとのもの。題して「生命三十五億年のなかの二十一世紀へ」。ほかの対話にもまして「輝く言葉」に満ちていました。
 鶴見さんは、この対談では、見事な伴走者(伴奏者)に徹して、中村さんをもりたてています。

 その中村さんの、生命の「柔らかな意志」について語った言葉(と田原が勝手に解釈してるわけですが)。

 「「変わらないものを変わらないままつづける」ことはあたりまえ。むしろ生きものの生きものらしさは、変化したものを「おまえはだめだ」と言わずに「変化したものも繋げていく」という方法で、多様なものを生み出していったところにあるわけです。こちらのほうが生きものの本質かもしれないと思いました。変わらないほうに重きを置くと、変わること、生物学のことばでは「変異」と言いますが、それは「まちがい」になります。変わるのは本質でまちがいではないというのが、わたしの位置づけです。」


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