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19970724 鶴見和子 『きもの自在』

鶴見和子 『きもの自在』
   「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

 7月20日、『きもの自在』(鶴見和子、聞き手・藤本和子 晶文社)を読みました。

   * [きもの自在] 鶴見和子・藤本和子

 「きもの」。子供の頃夏に浴衣を着て以来、和服所有ゼロにして和服経験ゼロの田原が「きもの」読書とは、これいかに?
 まずは、鶴見さんの「きもの」に対する思いを綴った「第一章 きものは魂のよりどころ」から、「きものの創造性」と題された文章を。

「創造性とは、これまで結びつかないと思われていたものともの、考えと考え、あるいは技と技とを結び合わせて、新しいもの、思想、芸術、技術などを創りだすことに成功することである、と心理学者は定義している。「成功する」というのは、それがほかの人びとの役に立ったり、感動を与えたりすることである。
 きものの文様、織りかた、染色、絞りなどは古渡りといって、古代から、日本列島の外からとりいれたものが多い。正倉院御物を見ると、シルクロードから入ってきたものがたくさんある。唐(中国)渡り、韓(朝鮮)渡り、天竺(インド)渡りなど。そして中世から近世にかけては、南蛮(ポルトガル、イスパニア等)渡りが多くなる。こうした海外の異文化のなかから、美しいもの、よいものを選んで大胆にとりいれた。そしてそれらを在来のものとうまく組合わせることによって、変化にとむきもののディザインが創られた。きものの歴史は、異文化接触による創造の道すじを示している。

 現在は、きものと帯だけでなく、襦袢や小物にいたるまでをすっかりそろえて、呉服屋から買うようになった。これでは、まったくの「お仕着せ」である。鎖国時代もふくめて昔の日本人のほうが、ずっとおおらかで、進取の気性にとんでいたのではなかろうか。いまは誰でも自由に、海外への旅ができるようになったが、かえって好奇心の衰えを感じさせる。きものについても、しきたりにこだわりすぎて、おもしろみが薄れた。

 地球上の人間は、人類と呼ばれ、日本人もその人類のなかの一部分である。おなじように、きものもまた、人類の衣類のなかの一部である。日本列島の北は北海道から南は沖縄まで、それぞれの地域の自然生態系にあわせて、人びとは、かたちや素材や織りかた、染めかたなどの異なる、変化にとんだ衣類を育ててきた。その共通の特徴は、直線裁ちということである。直線裁ちであるために、工夫をすれば、どんな布でもとりいれて、身につけることができる。そのために、日本列島のなかで、さまざまな変化にとむ布によって、きものは成り立ってきた。そのうえに、海外の布をも自家薬籠中のものとしたのである。

 これからは、直線裁ちという特徴を生かして、きものをもっと自由で、もっと軽快なものにすることもできるだろう。そして、布の風合いや文様やディザインは、地球上のいたるところから、もっと大胆に、美しいもの、すぐれたものをとりいれて、わたしたちの衣類としてのきものを、再創造してゆきたい。」

 私は民芸運動の提唱者柳宗悦さん(1889-1961)が好きで、大阪の日本民芸館に繁く通っていたのですが、そこではたびたび沖縄の染め物が展示されていました。これがまたいい。柳さんはその時代の人には珍しく、その土地を一方的に後進地区と看做すことなく、その土地の手技を高く評価し、散逸しかねない民芸品を現地で収集していたようです。結果、その技芸が途切れることなく、今に続く一因にもなっているかと思います。(「鑑定団」発生の一因でもありましょうが)
 また去年は、民芸館のお隣にある国立民族学博物館で「シーボルト父子のみた日本」展があり、江戸時代の「裂」(きれ、さまざまな織地の端切れ)の数々や型染め用の和紙の型紙の、美しさ・種類の豊富さ・デザインの新しさ自由さに驚きました。これもシーボルト父子の収集癖の結果、今に残っているものではないでしょうか。子ハインリッヒのコレクションには型紙が8,000点あり、往時は12万枚所持していたらしいです。「お宝」ですね。

 というわけで、自分が日常に着用する衣服としてではなく、「民俗展示物」としてのきものに興味がないではないのです。事実、この私もこの本の聞き手藤本さん同様、古いきものの美しさに感動しその文化が廃れていくことを残念に思います。

 と同時に、年齢がいって洋服のことを考えるのが面倒になり、以来十年一日のリーバイス501で過ごしている横着者の私でもあります。結婚式等でのおばさんたちの画一的な「ゴージャス」着物を見るにつけても、これも藤本さん同様、値が張りそう・面倒くさそう・敷居が高そうで、なかなか日常着にならないのがわからないでもありません。

 しかし、『きもの自在』を読んで、妻に着物でも、とちらっと思ってしまいました。 (「買ってやろう」ではなく、あくまで「着せてみたい」です。「妻の検閲」対策・・・)

 さて。

 この鶴見さんの本が画期的なのは、商業ベースに乗せるため価格が異常につり上がり、かつ自分のできる範囲で自分の着たいものを着たいように着るという原則から大きく外れてしまったかに見える日本の「きもの」の良さを、エコロジカルな面からも言及している点にあります。まさしく、この文章の冒頭に引用した「創造性」の好例です。

 きものを、安く手に入れ、快適に過ごすためには、この場所の自然が豊かに残されていることが、まず第一条件としてあげられます。自然な色合いが出せないがために、「お仕着せ・ゴージャス」な着物が氾濫するのでしょう。

 そして、日本はもとより、それぞれの地域の自然生態系を尊重し、異文化接触による創造を恐れないこと、その上で自由に着こなすこと。何事によらず、閉じてしまわないことでしょうか。

 鶴見さんがこどものころ、近所にはあの柳田国男翁が住んでいて、鶴見さんの遊び相手でもあったそうです。その鶴見さんはやがて、柳田さんとけんか別れした南方熊楠(1867-1941)の存在を知り、「紀州に閉じこもった」熊楠さんのとてつもない開放性について書くことになります。

 最後に、「第四章 きもの自在」から。

「藤本  ところで、鶴見さんはご自身の著作『南方熊楠--地球志向の比較学』(講談社学術文庫)で、柳田国男との学究の態度のちがいについて検証されていましたね。柳田というのは一国の民俗学をきわめることに徹した人で、無類の実績を残したと同時に限界もあったと。それに対して、南方を地球志向型の展望をそなえた人として評価されていますね。そんな思想家としての鶴見さんが、きものの生活をとおして、日本人としてのエスニシティ、ナショナルな固有性にこだわっていらっしゃる。それはまた、南方のように、地球志向型をめざしたいるということですか。
 鶴見  はい。わたしは南方熊楠は柳田国男を超えるものだと思っています。それは彼が地球をめざして地域に徹した人だから。 神社合祀反対運動を通じて、自分の地域、和歌山の田辺を守ろうとした。地域の人が、それぞれに自分の地域を守ることが、地球を守ることに通じるという彼の主張は、日本の風土になかにいて、自由に生きるためにきものを着ていることが一番ふさわしいと思うわたしの心にも十分かなうものです。」


 『きもの自在』 鶴見和子(1918-  ) 晶文社
  『南方熊楠--地球志向の比較学』 鶴見和子(1918-  ) 講談社学術文庫528 1981

   柳田国男の「無類の実績」の一つ:
 『木綿以前の事』 柳田国男(1875-1962) 益田勝実解説 岩波文庫 1979


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