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19970804 ノーマ・フィールド 『天皇の逝く国で』

ノーマ・フィールド 『天皇の逝く国で』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

 7月28日、『天皇の逝く国で』(ノーマ・フィールド 大島かおり訳 みすず書房)を読みました。

   * [天皇の逝く国で] ノーマ・フィールド 大島かおり訳

 八月になりました。広島長崎・高校野球・終戦記念日・お盆の帰郷と裏返しの海外渡航。
 そんな季節にぴったりの、そして日本人とはなにものなのか、考えさせられる本です。

 カバー裏面の紹介文。
「ノーマ・フィールドは、アメリカ人を父に、日本人を母に、アメリカ軍占領下の東京に生まれた。高校を出てアメリカへ渡り、現在はシカゴ大学で日本文学・日本近代文化を講じる気鋭の学者である。
 彼女は、昭和天皇の病いと死という歴史的な瞬間に東京にいた。そして天皇の病状が刻々報道され、自粛騒ぎが起こるなかで、日本人の行動様式と心性、そしてそこにさまざまな形で顕在化したあまたの問題に想いを巡らせた。登場人物は、"体制順応という常識"に逆らったために、ある日突然"ふつうの人"でなくなったしまった三人--沖縄国体で「日の丸」を焼いた知花昌一、殉教自衛隊員の夫の護国神社合祀に抗した中谷康子、天皇の戦争責任発言で狙撃された本島長崎市長--と、もう人組、著者自身とその家族である。かれらの市民生活にそって、問題は具体的に考えられる。
 基地内のアメリカン・スクールに通い、大方の日本人の知らない"戦後"を生き、いまも"太平洋の上空に宙づりの状態"にある著者が、みずからの個人史に重ねて描いた現代日本の物語。」

 この本にインスパイアされて、今も書きたいことが頭の中に渦巻いているのですが、手短に書きます(できる限り・・・)。

 先月、七月四日にたまたま(『天皇の逝く国で』を近々読むようになるとは思いもせず)アメリカ独立記念日に関するメールをお送りし、その中で触れました日米両国の「国旗焼き打ち」事件に関する文章がありました。
 『天皇の逝く国で』から、抜き書きパッチワークしてみます。

「私が四十年の不自然な無関心を克服して、沖縄へ目をむけるようになったのは、幸運ともいうべききっかけがあった。この場合、幸運は小さな新聞記事のかたちをとってやってきた。日本に着いて間もない九月のことだった。私とそう歳のちがわない一人の沖縄人が、一九八七年の国体で日本の旗を引きおろして焼いたかどで裁判中だが、その人が本を出版したという記事。日の丸の旗を焼くなどどいうのは、一九八〇年の日本では妙に時代がかった行為に思えたし、それをやったのがスーパーマーケットのあるじとあっては、いよいよ不可解だった。私は知花昌一というその人の名と、本の題名を書きとめたが、当時はなにに使うという当てもないままに、そのメモをしまいこんだ。」(50p)

 読谷村村長、山内徳信氏へのインタビュー。
「「ショーイチ君はわれわれの気持を代弁してくれた」と、村長は言う。「人は言いますよ、復帰闘争では日の丸を振ったのに、いまになってそれを拒否するのは、おかしいとかね。でもあのころは、われわれはアメリカ軍による人権無視に抗議していたのです。いつの時代にも、民衆は抑圧に抗議する権利がある。重要なのは、抵抗です。いえ、日の丸と君が代を受け身のままで認めつづけてがらんなさい、行き着くさきは目に見えてますよ。これは、われわれが現代日本の市民として、どちらかを取らねばならぬ選択なのです。ショーイチ君はまさにそれをした。たとえ戦後世代の者だろうと、チビチリガマの教訓を学んだからです。いまの彼とわたしは、被告と原告の立場に分かれている。しかし彼は自分の市民としての権利を主張してゆくでしょうし、わたしはわたしで、村の代表として、日の丸の問題を最後まで追及する。二人がそれぞれに、歴史の批判に耐えるかたちで行動する、そして二つの道はいつか出会う、そうわたしは考えています。」
 私は正直なところ村長に批判的になっていたのだと告げた。彼がショーイチを起訴したせいで、国はいい機会とばかりに、日の丸を正式の日本国旗として認めるような裁判を演出できることになったのだから、と。彼はそれに答えて、裁判はショーイチの行為をたんなる偶発事件以上のものにできる手段だと、いつも考えていたと言う、私は、テキサス州対グレゴリー・リー・ジョンソン裁判をどう思うかと訊いてみた。アメリカ最高栽はつい最近の判決で、ジョンソンがアメリカ国旗を焼いた行為は憲法で守られている言論の自由に属すと認めたのである。村長は一瞬の沈黙のあとに言った。「今日の日本の裁判のありさまからすれば、知花昌一の行為が正当に評価されない可能性はあります。でも彼が正しいということは、歴史が証明するでしょう。」
(118p)
「比嘉氏は、ショーイチが旗を焼くべきではなかったと考える多数派の一人だ。たしかに彼は、最近、学校に日の丸が目立つこと、しかも人びとがそれに気づいていないことを、憂慮はしている。だが彼は限度というものがあると感じていて、読谷は可能なかぎり抵抗したのだから、あそこで折れるべきだったと考える。(中略)
 私たちは彼の写真アルバムを見せてもらった。タイで死んだ戦友の記念碑を最近建てたグループに、彼も加わっている。日の丸がいやに目だつ。でも私はなにも言えない。マブイとトシコも黙っている。私はテキサス州対グレゴリー・リー・ジョンソン裁判のことを話す。彼は黙って聞いている。どう思っているのかはわからない。反対にトシコが、半ば咎める(私を)ように、半ば励ます(彼を)ように、「ほらね、あなたはいつもアメリカを批判するけど、こいうところがアメリカは日本よりいいのよ」と言う、やっと比嘉氏が口をひらく。「ショウイチにもう話しました?」
 それができたのは、ショーイチの車に載せてもらっているときだった。彼がもっている傷だらけの二台のワゴン車のどちらかで、せまくて坂の多い読谷の道をぶっとばす。合衆国最高裁の判決を聞くと、彼は見るからに興奮した。私は最後にとっておきの話として、村長が別れぎわに日本の裁判について言った言葉と、歴史がショーイチの正しさを証明するだろうという予言とを伝える。彼はほとんど停まらんばかりに速度をおとして、ハンドルに手を置いたまま私のほうを向く。やっと口を開いたと思うと、短く訊いただけだった。「ほんとにそう言いました?」」
「・ 沖縄」の末尾。
 『天皇の逝く国で』が、きわめて政治的思想的な主題を取り上げつつも、きわめて人間的な書物になっているのがよくわかる文章。
「私はずっしりと重い記憶と贈り物をかかえて東京へもどる。おみやげを買ったのは、あの那覇の迷路のような市場--ラッキョウ漬、イワシの干物、やわらかなサツマ揚げ、揚げたてのドーナツ(サータアンダギー)、麻や木綿の上着、パジャマ、エプロン、陶器、花、あらゆるものを売る店がひしめいていた。前近代の陶酔境(エクスタシー)。包装はいっさいせず、除虫菊から茶封筒まで、品物はあっさり束ねただけだ。東京の空港から乗ったタクシーの運転手は、私の家へのいちばんの近道をびっくりするほどよく知っていた。どこに行ってきたのかと問われて答えると、魚がおいしかっただろうと言う。ほんとに、と私は言って、あなたのお郷里は、と訊く。新潟、日本の北国。魚がそりゃうまくてね。郷里に行ったあとじゃ、東京のサシミは当分のあいだ、食えたもんじゃない。でも郷里の家ってのは金がかかりすぎて、たびたび帰るわけにはいかないですよ。じっさい、いまじゃほとんど家には帰らない、みやげ代がたいへんでね。だからこっそり郷里へ行く、家族を車に詰めこんで、ビジネス・ホテルに泊まるんです。ビジネス・ホテルというのは、土地のせまい日本のこととて、高層にしたモーテルのことである。
 祖母は私のもちかえった昆布の幅と厚みに感嘆の声をあげた。それが彼女にすぐさま思い出させるのは、日本列島の反対のはじにある生れ故郷。北海道を出て六十五年になるいまでも彼女は恋しがる。りっぱな昆布を指でまさぐりながら、きっと沖縄もいいところだろうね、と言う。祖母はもう一つのおみやげ、一九八九年読谷村議会での山内村長の施政方針声明をじっくり見て、羨望の溜め息をつく。平和と正義の問題をこんなにずばりと語ろうとする政治家には、なかなかお目にかかれないね、と。北辺の産で、暑さに弱いことはなはだしい祖母のこと、沖縄を訪れる折りはけっしてあるまし。けれども沖縄は、その苦悩と豊饒をつうじて、彼女の想像力のなかに根をおろしはじめている。」
 

『天皇の逝く国で』 ノーマ・フィールド(1947- ) 大島かおり(1931- )訳 みすず書房 1994

 知花さんに関する本:
 『焼きすてられた日の丸--基地の島・沖縄読谷から』 知花昌一 新泉社 1988

 中谷康子さんにヨする本:
 『自衛隊よ、夫を返せ!』 田中伸尚 現代教養文庫 社会思想社 1988
 『靖国神社 一八六九 一九四五 一九八五』 村上重良 岩波ブックレットNo.57 岩波書店 1988

 本島市長に関する本:
 『長崎市長への七三〇〇通の手紙 天皇の戦争責任をめぐって』 径書房編 1989


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