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19970805 白洲正子 『両性具有の美』

白洲正子 『両性具有の美』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

 8月1日、『両性具有の美』(白洲正子 新潮社)を読みました。

   * [両性具有の美] 白洲正子

 朝日新聞社「AERA」の7.21増大号の表紙を、白洲正子さんが飾っていました。坂田栄一郎さん撮影の白黒ポートレート。威風堂々、写ってます。

 その「表紙の人」ページの文章(学芸部山脇文子さん筆)から引用。

 「町田市鶴川の自宅を訪ねた。買ってから60年になるという古い農家に暮らす。手伝いの人に通された居間のテーブルには、『無常といふ事』が置かれていた。小林秀雄の署名が入った初版本だった。
 女主人が現れた。取材の前夜よく眠れず体調が思わしくないと聞いていたが、質問の答えはとても歯切れがいい。
 --最近はどのようにお過ごしですか。
 「前は朝から夕方5時ごろまで書いたけれど、今は午前中だけ、2枚くらい書くとつぶれちゃうの。書くのが一番くたびれるわね。若い時は、くたびれるといったらスポーツしたって何したってみんないっしょくただったけど、年をとると、なるほど書くのが一番くたびれるってはっきりわかる」
 持病が7つ。ぜんそくに、肺気腫、関節炎と、骨粗しょう症と・・・。
 「年だけでも大変なのよ。そのほかにごちょごちょあって。もうおしまい、ってこともしょっちゅう」
 近著に『両性具有の美』がある。オルランドーから世阿弥熊楠までとりあげて、両性具有という思想とそれをはぐくむ分かの豊かさを書く。
 白洲さん自身が、性にとらわれず行動してきた両性具有的な存在である。女性としては初めて能の舞台を踏み、アメリカ留学し、青山二郎や小林秀雄らとの交遊のなかで、骨董や文章を学んだ。
 決して多作ではないのに、白洲さんの本は毎年4、5冊ずつ出版されている。連載をまとめたものもあるが、古い著作の復刻や、白洲さんについて書かれた『白洲正子を読む』などが途切れずに世に出て、「ブーム」といっていい状態が続いている。
 かつて、白洲さんは『いまなぜ青山二郎なのか』という本を書いた。では、いまなぜ白洲正子なのか。
 能や骨董についての文章に見られる美意識の徹底とその独創性。反駁を恐れない言い切りの潔さ。それでいて、決して排他的でも独善的でもないところが、読者をひきつけるのだろう。
 (中略)
 白洲さんには若い友人が多い。読者も20代、30代がめだつ。日本人の美意識はだめになったといわれるが、そう捨てたものではないのかもしれない。
  「あたくしはちっとも捨ててないわよ。すぐ、自分のこと考えるのよ。あの年ごろのときは、もっとばかだったって」
 この一瞬のうちに視点が動く、ものの見方の豊かさが魅力なのだ。」

 「白洲さんには若い友人が多い」、か。
 1910年の生れだそうですから、もう年上の友人はなかなか増えないでしょうね。

 『両性具有の美』から、ゆきかけてしまった体験を綴った「夢現つの境」という文章の一部を。 

「あんまり天狗とはしゃぎすぎて病気になった。今度は肺炎である。そろそろこの世にもおさらばかと思っていたが、ほかにもいろいろ持病をもっているのでとても助からないと心にきめた。
 行きつけの病院に入り、死ぬ用意をした。用意といったって裸かで生れ、裸かで死んで行くのだから何もすることはない。あるのは持って生れた好奇心だけで、人間が死ぬってどういうことなのだろうと、見るだけのことは見ておきたいと思っていた。
 だが、やっぱりダメだった。私はすぐ夢現つの世界へ入ってしまい、何もわからなくなった。ぜんぜんわからないというのでもない。ときどき乳白色の意識が戻って来て、雲の中に浮いているような気分になる。
 私は、いつの間にか能の「花月」のシテに変身していた。隣りには顔みしりの天狗の親分がおり、空を飛びながら日本中の山々峯々を案内してくれる。なんてこの国は緑が多いんだろう、大好きな那智の滝をひと目見て死にたいと思ったが、モコモコした若葉の森が重なり合って何も見えやしない。
(中略)
 いずれも私がかつて登ったことのある山で、よく見るとお参りの人たちが歩いているのが見える。そういえば「蟻の熊野詣で」という詞があったが、ほんとうに蟻のようにぞろぞろつながって行く。日本には宗教がないという話だが、歩くことが宗教であったかも知れない。神さまは天に在すのではなく、山川草木の中に充満しているのではあるまいか。
(中略)
 私は、苦しみながらどことなくたのしんでいた。ふつうの時は苦しいなら苦しい、たのしいならたのしいと、分けられるのだが、苦しみの底の深いところに恍惚とした境地があり、その甘美さが何ともいえず快よい。ともすればそちらの方へ引きずりこまれそうになるが、人はそんな風にして死ぬのであろうか。そのことを「涅槃」というのだろうか。
(中略)
 入院して四、五日たったかと思われる頃看護婦さんに訊いてみると、「何いってるんです、今日で三週間目ですよ」と、カレンダーを見せられてびっくりした。
 桜はとうの昔に散り、世間は既に青葉の候であった。約二ケ月の間、私はお能を舞ってすごしていたのである。私はろくな勉強をしなかったから、お能しか知らないことを恥に思っていたが、今はそうは思わない。能のフィルターを通してみれば、世の中には新しいこと、面白いことがいくらでもある。「狂言綺語は讃仏乗の因なり」と、昔の人は凄いことをいった。」


 『両性具有の美』 白洲正子(1910- ) 新潮社 1997

 その「アエラ」の小コラム欄にボリビア発のニュースとして、「ゲバラの遺骨」に関する写真(ゲバラの遺骨一式!)つき記事がありました。
 「キューバ革命の英雄チェ・ゲバラ。1967年にボリビア政府軍に処刑され遺体は行方不明だったか、最近ボリビア南部で骨が見つかった。母国アルゼンチンとキューバの合同調査団は、手を切断された処刑時の状況などから、死後30年ぶりにゲバラの遺骨と断定した。」
 そういえばゲバラも「よく活動する病気持ち」でした。

 それにしても、どこに、いま、ゲバラの遺骨を特定する必要があるのか・・・。
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