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19971014 井山弘幸 『偶然の科学誌』

井山弘幸 『偶然の科学誌』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

 10月11日、『偶然の科学誌』(井山弘幸 大修館書店)を読みました。

   * [偶然の科学誌] 井山弘幸

 結婚して四年になる私ですが、今でも(あるいはそれだからこそ)夜中に目がさめたときなど、隣に寝ているこいつは何者だ?と思ってしまうことがままあります(念のため書いておきますが、妻です)。その向こうには、謎の副産物が一人、ひどい寝相で寝ている(念のため書いておきますが、私らの子です)。

 この「ポルケ」を送り始めて一年になりますが、ここでもやはり「私はなぜ、こんな大勢にこんな文章を送り続けているのだ?」と考えてしまうことがあります。まさしく、「ポルケ?」(スペイン語の"WHY?")です。
 「会社は選べても、上司は選べないんだよな」とタクシーの中で高倉健さんに囁くサラリーマンさんではありませんが、人との出会いは偶然に左右される度合が強い。その出会いのいくつかが、その人の一生を決定もする。

 偶然こそが最大の必然ではないのか、と思いはじめてはや二十年(ホンマカ?)。
 ということで、「偶然の一致」(coincidence)や共時性(synchronicity)に関する本を探し、どんな本を読んでいても chance happening について書かれた箇所に出合うと得した気分になる私が、久々に見つけた「偶然」本が『偶然の科学誌』です。

  今でこそ、科学者の方は理論的に演繹・分析を繰り返して、新しい科学的発見を目指しているのでしょうが(創造性重視)、ニュートンのころまでは新しい科学的発見は多分に「神の恩寵によるもの」であったようです(偶然性重視)。
 電気の発見者の一人であるガルヴァーニは、あえて自分の発見を偶然の産物であると記述した文章を残したりしているそうです。
 『偶然の科学誌』では、「偶然」の発見がもたらした科学の進歩と、その偶然がどうやって引き起こされたのかが、面白くわかりやすくまとめられています。

 そしてやはり気になるのは偶然と創造性の関わり。 同じ一日二十四時間という時間を与えられ、同じ世界に生きている人間が、かたや世界を創造する側に立ち、かたや(こちらが大多数になるわけですが)その世界に従属して生きていく。
 それは大げさにしても、強いスポーツ選手や偉大な芸術家の優れている理由を、その創造性の秘密を知りたい。

 「もっともありふれた理解によると、りんごの落下を見たニュートンは持ち前の天才的ひらめきによって、万有引力の理論を思いついたとされる。偶然の原義である落下現象と、しばしばその本質を偶然にもとめられる創造性とが、一つの挿話のなかに見事に収められている光景を、われわれはここに見ることができる。発見は偶然になされるにせよ、用意された精神にのみ起こるとしたパストゥールの言葉を、もっとも分かりやすく裏書きしたものとも考えられよう」(表紙より)。

 「発見は偶然になされるにせよ、用意された精神にのみ起こる」。
 創造の第一歩は、発見すること、ということなのでしょうか。

 なにか一つでもいい、「見つけ」られる精神の持ち主でいたいものです。


 『偶然の科学誌』 井山弘幸(1955- ) 大修館書店1995 

 科学思想史のブックガイドとしても使えます。

 文中で紹介されている『法窓夜話』(穂積陳重 岩波書店1980)の「超レア」な偶然話は笑えます(科学思想史とは関係ないが)。

 「もっと可能性の低い奇跡的な骰子の目が出た事例がある。穂積陳重が『法窓夜話』のなかで挙げている「死の骰子」(Todeswurfel)にまつわる故事だ。十七世紀なかばのドイツに実際あった美少女殺人事件で、ラルフとアルフレッドという二人の兵士に嫌疑がかかった。二人は拷問によっても白状しなかったので、骰子を振って敗者を犯人とする神意裁判がおこなわれたのである。ラルフがまずふると目は六ろ六。同じ目が出ない限りアルフレッドが勝つ見込みはない--
  アルフレッドは今や絶対絶命、彼は地に跪いて切なる祈りを神に捧げた。「我が罪無きを知り給う全能の神よ。願わくは加護を垂れさせ給え」と満腔の精神を隻手に集めて、彼は骰子を地になげうった。見よ、かつ然声あって骰子の一個は真二つに裂けて飛んだ。一片は六を上にしている。一片は一を上にしている。そして他の一個の骰子は六を示しているではないか。・・・さすがのラルフも神意の空恐ろしさに肝を冷やして、忽ち自分が下手人であることを白状した。」


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