19971126 水木しげる 『猫楠 南方熊楠の生涯』
水木しげる 『猫楠 南方熊楠の生涯』
「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より
11月18日、『猫楠 南方熊楠の生涯』(水木しげる
角川文庫ソフィア)を読みました。
没後五十年を経てその優れた個性がクローズアップされ続けている南方熊楠さんを、老境に入ってより盛んに執筆活動を続ける水木しげるさんが描くとなれば、面白くないはずがない。
しかも、面談の上「猫語」を解する熊楠によって、「猫楠(ねこぐす)」と命名された猫が、狂言回し兼コメンテータとなって、話を進めていくという、漫画でしか表現しえない手法を使っています。
史実に忠実であり熊楠さんの人柄・生涯がよーくわかると同時に、読み物としても楽しめ感動できます。
有名な神島での天皇陛下拝謁のエピソードも魅力的に書かれていましたし、晩年息子さんの病気で経済的精神的に苦しみもがく熊楠の姿にホロっとしてしまいました。
熊楠を生んだ紀州、水木さんを生んだ鳥取もすごいですが、漫画・アニメを生んだ日本もすごいんではないか、と思ったりします。(ちょっと今ぼろぼろですからね、エールを送らないと。もちろん日本人の自分自身にも)
巻末の荒俣宏さんの解題の一部を引用します。
「そのすてきな題名と同時に水木さんが選び出したのが、リテレートなる心躍るキーワードだった。日本では久しく聞かなかったこの語は、<民間学者>をあらわし、<文士>を意味する。それもただの学士や文士ではない。飯の心配にわずらうことなく、学に遊び、しかも人に敬愛の情を抱かせずにおかぬ者。これならば、ややもすると独善の匂いをただよわすエキセントリックなる語よりも、ずっと熊楠の本質を衝いている。もちろん、理と識の妖怪は世界の諸相を理解するのではない。はじめから知っている(リテレート)のだ。これぞ<脳力(リテレート)>、と断じてよい。水木さんが描いたのは、そういう妖怪のなつかしい生涯なのである。」
熊楠亡き後の「猫楠」のモノローグ。
「田辺の高山寺にはいまでも熊楠と並んで喜多福と毛利たちの墓がある
熊あんは自分ほど不幸な者はないと思っていたフシがあるが わしはそうとは思わない これこそ 古き良き時代だったと思う・・・
最後にいわしてもらうけど わしは人間の幸福の観察者として 大昔から人間にまじって暮らしてる猫だ
「幸福ってなんだろう」と考えてみるのがわしの趣味だ
「幸福観察猫」と呼ぶ人もいる
またどこかで会う機会もあろう
では・・・」
「幸福ってなんだろう」、今一度、心底考えるべき時期にきてますね。
一昔前だったら「ポン酢醤油のあるうちさ」と言えたのですが・・・。
『猫楠 南方熊楠の生涯』 水木しげる 角川文庫ソフィア 1996
初出は「ミスターマガジン」に1991/01号から1992/01号
20050830 水木しげる=ユング説・亮さんのビリンバウケース・スエイ日記
19980706 水木しげる 『劇画 ヒットラー』
19980108 足立倫行 『妖怪と歩く』
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19970217 水木しげる 『ゲゲゲの鬼太郎』
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