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19980513 奥本大三郎 『書斎のナチュラリスト』

奥本大三郎 『書斎のナチュラリスト』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

 5月9日、『書斎のナチュラリスト』(奥本大三郎 岩波新書)を読みました。

   * [書斎のナチュラリスト] 奥本大三郎

 奥本さんは、1944年大阪生まれ。大学のフランス文学の先生であり、日本昆虫協会会長さんでもあるそうです。先日読んだ『三人寄れば虫の知恵』(洋泉社)の「三虫人」養老孟司・奥本大三郎・池田清彦の中のお一人であります。

 「書斎のナチュラリスト
 水、風、花、虫など自然物への深い眼差し。一癖も二癖もある魅力的な人々との交流。ちょっとした遊び心が巻き起こす珍事・・・。昆虫学者としても活躍する仏文学者が、さりげなく現代社会を風刺し、身辺の事物への慈しみと共感を流麗な文章で綴るエッセイ。漱石の作品に登場する名硯探索の記、「草枕の硯」は絶品。」
とカバーにありました。


 「書き出しの辞」によりますと。
「内容の詰まった本、意味のあることの書いてある本がうるさい。たしかに文章には一定のストーリーがなければならず、味がなければならないとは思うけれど、もし水のようにさらっとした、無味無臭に近い、それで何の内容も無い文章が書ければ、少なくとも他人の迷惑にはならないだろう。」

 全編、「おいしい水」の本でした。著者の目標は、達成された模様です。

 「農」という文章が印象に残りました。
「しかし、昭和の二十年代に比べて、国が豊かになったはずなのに、我々は食料に関して、特に肉に関しては、いったいいつまでこう貧しいのであろう。イタリアなんか、失礼ながら国の経済は破綻し、政治がまともに行われていない、などと言われているのに、食い物ときたら日本の四倍くらい豊かな感じがするではないか。いつになったら我々は本物のハム、ソーセージや鶏や牛肉や牛乳を、普通の店で普通の値段で食べられるのだろう。
 中国だって、貧しい人は多いように見えるけれど、みんな旨い物を食っている。日本は確かに、何につけても便利で効率がよくて、清潔だけれど、我々が豊かで幸福かというと、そうでもない気がする。子供は受験勉強に押しつぶされているし、若い男女の気晴らしといえば、車でドライブをするか海外旅行でブランド物を買いあさるかぐらいが一般的である。
 食物の方はグルメなどと言い囃すけれど、本物の味のするものはめったに口に入らない。それでエスニックだ、イタめしだ、フレンチだ、ヌーヴェル・シノワだと、あれこれ目まぐるしく趣向を変えてごまかしているように思われる。
 風景はもちろん食物とつながっているのであって、東京でも大阪でも、車でどこまで走ってもべたーっと家並が続いている。大都市周辺を見るかぎり、農業なんてどこでやってるんだろう、と疑問に思うほどである。それで私は、市街を出ればたちまち畑と牧場が広がるイタリアの風景を見て羨ましく思ったのである。
 日本の場合は、平地面積に比して人口が多すぎるのであろう。国土の大半は山地であるけれど、その山に杉ばかりを植えて、鳥も獣も虫も棲めなくした上で、結局利用していないのが現状である。
 一方で出生率の減少が問題になっている。このままいけば、二〇九〇年には日本の人口は五千五百万人になってしまうという。しかし、幕末の人口は三千万人ぐらいだったというのだから、現代の農業技術があれば二十一世紀の終り頃にはいざとなれば鎖国もできるかも知れない。とすれば、一時期老人ばかりで困るだろうけれど、出生率の低下はむしろ結構なことという気がする。現在の日本の諸問題は、人口の過剰に由来するものが多いのである。そして、その頃には、日本人の、この百年余りの脱百姓願望も鎮静化して、本当に豊かな生活の出来る国になるのではないだろうか。」


 私も、TVのサラダドレッシングのCFを見るたび思うのです。

 野生味を失った促成栽培の野菜が流通しているせいか、野菜本来の味を楽しむというよりは、なにをトッピングするかに、日本のサラダ食の興味の大半が注がれている。その証拠に、この国では何百という商品化サラダドレッシングがある、と。

 大雑把に言ってしまえば、空き地があったなら野菜畑よりは近代化された食品工場を建設しようという発想かと思いますが、結果、コスト高な生活、ゴミの出る生活、豊かなようで貧乏な生活が、われわれを待っていたという気がしないでもない。

 冷蔵庫にドレッシングの壜がずらっと並んでいることより、休日には小一時間も車で走れば新鮮な野菜を手にいれられるほうが、豊かな生活と思いますね。その場で食べてしまう。
 油と酢と塩と香辛料のどれかこれかがあれば、ドレッシングなんかその場で作れてしまうわけですから。

 北海道だとそんな生活も可能なのですが(私の住んでいるところを例にしますと、札幌中心部まで三十分ほどでアクセスできますし、車で五分走ると畑・牧草地・森林公園の緑の中、国際空港にも一時間以内で行ける、札幌圏以外はこれ以上人口が増える見込みもない)、中央省庁の力が強くて、なんだかその身にそぐわない開発が進行し続けているのは、皆様、ご存じの通り。しかも、それも破綻して、建設不況とは情けない・・・。


 『書斎のナチュラリスト』 奥本大三郎 岩波新書 1997/11/20
 ISBN4-00-430532-2




 ポルケ「書斎のナチュラリスト」。

 昨日だったか、H野M子さんより電話をいただき、TARBAGANのKitaraでのコンサートを、I川さんという方がモンゴル情報局「SHAGAA」に紹介してくれると伝えられた。
 お昼に、その詳細について、I川さんにFAX送信。

 夜、円山の茶房「森彦」で、イデアワークスのS井さん、H野さんと、ダブル待ち合わせ。
 今後のTARBAGANの活動についての打ち合わせ。

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