19980523 カニグズバーグ 『Tバック戦争』
カニグズバーグ 『Tバック戦争』
「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より
5月18日、『Tバック戦争』(E.L.カニグズバーグ
岩波少年文庫)を読みました。
はい、TバックはあのTバックです。でも、H系のお話ではありません。立派な児童文学です。
E.L.カニグズバーグさんは、1930年ニューヨーク生まれの女性で、1967年のデビュー以来、すぐれた作品を発表し続けている児童文学の作家です。
私は河合隼雄さんの書評がきっかけで、カニグズバーグの本を読むようになりました。あの河合さんがベタぼめしていたのです。
私のおすすめは、『クローディアの秘密』、姉弟がメトロポリタン博物館に忍びこんでの冒険、『ジョコンダ夫人の肖像
』、レオナルド・ダ・ヴィンチとモナリザを巡るお話、天才レオナルドの人間的成長を彼の弟子の少年をとおして描く、です。
巻頭の、アメリカ合衆国フロリダ州ペコ市の法律集にのっているという、Tバックの説明が笑えます。
「Tバックとは、ツーピース式水着の一種をいう。下半身に着用する部分は、背後から見るとT字形をなしている。すなわち、胴囲にまかれる紐状の布切れに、垂直に別の紐状の布切れた取りつけられており、それが脊椎にそって臀部の割れ目をおおってはいるが、臀部の両側は大部分見えるよになっている。一方前部においては、垂直の紐状の布切れは後部よりも太くなっており、胴囲にまいた紐状の布切れは下方に多少たるんでいるが、それをのぞけば、後部とまったく変わらない。つまり、後ろはTバック、前はVフロントになる。これを女性が用いる場合は、しばしば吊りひもなしのローカット・ブラとともに着用し、男性は、トップレスで着用する。」
「クロエは夏休みにバーナデットおばさんのところに行った。おばさんは、港でお弁当を売るバンを出している。ある日同業の女性がTバック姿で現れて・・・町じゅう巻きこんでの大騒動に。」(カバー)。
クロエは12歳で、頭の回転も早く口も達者、潔癖症に近いきれい好きの面もあり、友達つきあいにおいては自分をはっきり主張できない(仲間はずれになるのが怖いから)、というまあ普通の女の子。
バーナデットおばさんは、クロエの継父のお姉さんで、1960年代のヒッピームーブメントの時代の人で、コミューン暮らしの経験のある1993年で45歳の独身女性。普通容易には人の慣れない麻薬犬を手なづけ、仕事もてきぱき。義理の姪で他人に厳しいクロエも、すぐにおばさんの魅力・能力を認めるようになる。
移動食堂用のバンの貸与と食品の卸をしているザックは、実はコミューン時代のバーナデットの仲間。バーナデットの手腕で事業も順調に伸びてきた。
Tバックの同業女性というのは、ザックの愛人。彼女と、彼女に追随する販売者は売り上げ倍増。Tバック着用を拒み続けるバーナデット(とクロエ)は、「Tバックで連帯できないなら・・・」という言葉で「肩叩き」に会う。
一方、ペコの町では、厳格なキリスト教者が「綱紀粛正」の名のもとに、Tバック撲滅運動を開始、バーナデットをモラル保持のシンボルにしようとするも、元フラワーチルドレンはそれも拒否。ますます、クロエとバーナデットの絆は強まるものの。
ひょんなことから、バーナデットは「魔女(!)ではないか」という嫌疑をかけられ、「Tバック」と「反Tバック」は、「魔女狩り」目的で団結することに・・・。
1990年代に書かれた物語でも、真剣に「魔女狩り」を考える人間像が出てきてもなんの違和感も読者に感じさせないであろう宗教的風土がまだある、というのがアメリカの一面なのでしょう。
さてその結末は・・・。
当初Tバック側に雇われ、やがてバーナデットを支援することになる弁護士バヤード(この人も市民運動時代からのバーナデットとのつきあい)とクロエの会話を引用します。
「「自分はちがう、ということを証明するよりも、自分はそうだということを証明するほうが、簡単なのさ。そこで、罪が証明されないかぎりはその人は無罪である、とわが国の裁判所は考えることになってるんだよ。わたしにも、どうやったら証明できるのか、本当のところわからないよ。共産主義者ではないこととか、妻を殴らないとか・・・」
「異教徒でないとか。」とクロエがつけくわえた。
「異教徒ってどういうものだと思ってるんだい。」とバヤードがきいた。
「<虚飾のかがり火>は知ってるよ。」
バヤードがガリレオのことは知ってるか、ときいた。
「試験?」
知ってるのは、ガリレオが望遠鏡を使って地球が太陽のまわりをまわっていると証明したことだけ、と答えた。
「異教徒であると非難されたことも、知ってるかい。もうちょっと詳しく教えてあげるね。ぼくたち弁護士は、背広を着てるだけじゃなくて、詳しい調査をするのが仕事だからね。」ガリレオは、一五六四年に生まれた。それは、シェイクスピアが生まれ、ミケランジェロが死んだ年でもあった。人びとは、ぜいたくや裸体に対する恐怖心からは立ちなおっていたけれども、一般的な考え方とはちがうことをあえてとなえるような人を、やはり迷惑がった。クロエは、何がなんだかわからなかった。「太陽は動かなくて、地球がまわってることなんか、みんな知ってるのに、どうしてガリレオは異端なんて呼ばれたの?」
ガリレオは、望遠鏡を天にむけると、地球が太陽のまわりをまわっていて、その逆ではないことを発見した。その発見を彼は本で発表した。法王はその発見を、異端、と決めつけた。聖書には、「太陽がのぼり、太陽が沈む。」と書いてあるではないか、ガリレオは聖書がまちがっているというのか、と言って。
一六三三年当時、異端は、死を意味していた。ガリレオは、拷問で脅かされ、裁判にかけられた。ガリレオは懺悔をした。裁判官のまえにひざまづくと、自分が異端であることを告白した。死刑にはならなかったが、死ぬまで自宅に監禁された。
伝説では、刑がくだったあと立ち上がると、ガリレオはこうつぶやいたという。
「それでも、地球はまわっている。」
「それはね、彼の考え方が当時の教会のものとちがったから、異端と呼ばれたんだ。教会は聖書に言われていることを信じていたし、ガリレオは、望遠鏡で自分が見たものを信じていたんだ。」
「法王のまわりの人たちは、望遠鏡をのぞいて自分で見てみることはできなかったの?」
「もし見てみたいと思っていたなら、そうすることはできただろうけど。でも、クロエ、問題はそんなことではないんだよ。ガリレオが自分は異端ではないことを証明できなかったのは、どの時代も、その時代独自の異端の定義を持っているからなんだ。問題はそこなんだよ。ジャンヌ・ダルクは、女性の服を着ようとしなかった。そしてそれが異端だった。まさかって思うだろ? それに、これだってそうだ。サボナローラが話しているとそばに天使が見えると言ってた人だって、その数年後には、サボナローラのことを異端と言ったんだよ。わが国でも、三百年前には、マサチューセッツのセーラムで、魔法使いだとして逮捕された男の人や女の人がいたんだ。裁判にかけられたんだよ。自分は魔法使いではない、と証明できた人はひとりもいなかった。ひとりもさ。ガリレオと同じように、告白した人は処刑されなかったけれどもね。」
クロエは、くやし涙をこらえた。「バーナデットは自分が魔女だと告白して、身を守るべきだって言いたいの?」
「ちがうよ。人はいつも、自分とちがった考え方をきくと、失うのが心配で、異端だとかなんだとか言って責めると言ってるのさ。」」
『Tバック戦争』 E.L.カニグズバーグ 小島希里訳 岩波少年文庫2119
1995/06/08
T-BACKS,T-SHIRTS,COAT,AND SUIT by E.L. Konigsburg 1993
ポルケ「Tバック戦争」。
後藤健生『ワールドカップ』(中央公論社)読了。
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