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19980801 柳田邦男 『『犠牲(サクリファイス)』への手紙』

柳田邦男 『『犠牲(サクリファイス)』への手紙』
  「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 7月31日、『『犠牲(サクリファイス)』への手紙』 (柳田邦男 文藝春秋)を読みました。

   * [『犠牲』(サクリファイス)への手紙] 柳田邦男

 帯です。
 「悲しみからの再生と癒し/読者からの三百通の手紙が語る「生きていく自分」の物語/『犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日』の続篇」。
 「私は作家なので、毎日配達される郵便物は多い。本や雑誌や仕事関係の手紙やダイレクトメールなどの束の中に、いまだに、はじめての差出し人の記された封書が一通あるいは二通と入っている日が多い。その大部分は『犠牲』を読んだ読者からのものだ。
 そういう手紙を読む日々がすでに二年半になる。そして、人生記ともいうべき長文のそれらの手紙を読み続けて痛感したのは、差出し人が意識しているか無意識のうちにかにかかわらず、心を病んだ人も難病を患っている人も愛する人を喪った人も、それぞれに耐えがたい人生を歩みつつも、手紙を書くといういわば自分の物語をつぐむ作業をすることによって、「生きていく自分」を懸命に確認しているのだということだった。(本文より)」。


 正篇にあたる『犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日』を、私は一昨年の11月に読みました。

 この読書は、私にとって一種の転機になりました。
 まずその本を読むきっかけが、この「ポルケ」同報を通して知り合うことができた加茂さんのご紹介だったこと、また加茂さんとその本に関する感想を電子メールで交すことによって、その本に関してより深い理解と印象を持つことができたこと、等々、同報を続けていくことの励みとなった読書だったのです。
 個人的で密室的とも思える読書が、コンピュータネットワークの力で、共同作業的に広がりを持ったものに変わるなんて!

 また、その年の夏、癌で父親が長期入院・手術をしたこともあり、柳田さん言うところの「二人称の死」について、自分なりに考えました。
 長く生きれば生きるほど、「二人称の死」に遭遇する機会は多くなります。それに耐えながら、われわれは「一人称の死」がおとずれるまで、よりよく生きなければならないのだろうなあ、と思います。
 まあ、私の場合、時として「思う」だけだったりしますが。「馬鹿は死ななきゃ直らない」とはよく言ったものです。

 蛸足食い的にその時の同報から引用しますと:

「『犠牲』で印象的だったことの一つは、柳田さんが「死」を人称で分けて、三つに分類していたことです。
 一人称の死。これは自分自身の死です。こんなもの書いていられない。
 三人称の死。これはひとごとの死。テレビの中で素敵なニュースキャスターが、世界の子供たちが飢えて死んでいくのです、とどれほど叫んでも、「かわいそう」の一言で終わり、一分後にはもう別のことを考えている。そういう死。
 二人称の死。これは、自分の愛する者たちの死。当然、つらい。
 『犠牲』はおそらく、柳田さんの本の中でも、柳田さんにとっても、もっとも切実な死について書かれた本でしょう。」
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 「『犠牲』は、柳田さんの息子洋二郎さんが、心の病に苦しんだ挙句自死を試み、脳死状態になった後亡くなるまでを描いたものです。
  柳田さんもやはり作中のそこここで、洋二郎さんについての文章と洋二郎さん自身の文章を残してやることが、その生を確かなものにすることになるのではないか、と書かれています。
 優れたノンフィクション作家の作品であると同時に、一人の凡庸な父親が書いた作品であることが、『犠牲』を感動的なものにしているのです。」

 本文は、http://booxbox.cocolog-nifty.com/tahara/1996/12/1996120411_31fd.html、こちら。


 誰かの死の知らせを聞くたび、思い出すエピソードがあります。

 ノーベル賞物理学者の故R・ファインマンさんが自伝の中で書いている話です。

 ロス・アラモスではなかったかと思うのですが、国家的規模の研究作業を多数の研究者と行っていたファインマンは、熱愛の末結婚した妻を病気で亡くします。
 研究所に帰ったファインマンは、周りに気を遣い、何事もなかったかのように普通に仕事に取りかかります。というのも、彼には周囲の人達がファインマンにかけるべき言葉やすべき行動に戸惑っているのを察知したからです。

 以来不思議と、妻の死にも涙することなく日々を過ごしていたファインマンは、ある日、町中のショウィンドウを見て号泣を始めます。
 そこには美しい洋服が飾ってあり、それを身に着けたならさぞ素敵であろう妻が、すでにこの世にないことの悲しさに改めて打たれたのです。


 グリーフワーク(悲しみの癒しの作業)という言葉が、この『『犠牲』への手紙』のキーワードの一つです。

 偉大な物理学者が、ただ一人の男として失った女性に対して涙したことを知るとき、また先端科学・医療に造詣の深い作家が、わが子の自死に呆然としつつも、おおよそ非科学的な「脳死の息子との対話」を通して、ある種の悟りを得たことを知るとき、身近な人間の死をグリーフワークをし通せないでいた多くの一般人は、本を読むことを通して、癒されるのではないでしょうか。

 そこには、物理学者や作家が、その悲しみを率直に語ることによって自ら行う、グリーフワークの姿が示されているからです。


 「あとがき」から引用します。
「時間が悲しみを癒してくれる、とよくいわれる。夫人を亡くされたある年輩のドクターは、「時間は最高の妙薬です」と教えてくださった。本当にそうだと思う。グリーフワーク(悲しみの癒しの作業)における時間の要素は絶大である。しかし、グリーフワークとは決して悲しみを遠い過去のものとして忘れ去ることではない。対象喪失という体験の意味を、自分なりに考え、自分の人生の文脈のどこにどのように位置づけるかを探り続ける作業なのだと思う。連れ合いやわが子を喪った読者からの手紙には、悲しみは何年たっても消えるものではありませんという心情がしばしば綴られている。私自身、洋二郎の幼き日の姿や心を病んで精神科に通っていた頃の姿が突然目の前に現われて、目まいがするほど打ちのめされることが、いまだに時折ある。悲しみは心の深いところに根をはっているように感じる。それでも日常は虚飾でも虚勢でもなく笑ったり泣いたり怒ったり感動したりして生きている。悲しみをかかえながらも、フツーの平凡な日常を過ごせるようになるというのが、グリーフワークの大事な到達点ではないかと、この『「犠牲」への手紙』をまとめる作業を終えて、あらためて感じている。」


 『『犠牲(サクリファイス)』への手紙』 柳田邦男 文藝春秋 1998/04/10 ISBN4-16-353680-9 本体価格1429円

 6月(ワールドカップ開幕試合の日に亡くなった)祖母の葬儀で、故郷に帰りました。
 今考えると、田舎の葬儀というのは、地域社会のグリーフワークですね。「二・五人称の死」に対する知恵。

 お通夜の際、時に冗談を交え交代で好き放題母親の悪口を言う、親・おじ・おばの話が面白くて聞き耳を立てていました。私にはそれほどひどい祖母でもなかったので、ああ、人間いろんな面があるんだなあ、と、この歳になって改めて思いました。

 葬儀から一週間後(日本対クロアチア戦のあった日)の朝、二番目の子が生まれました。やがて一丁前になって、私の葬式では「性格の悪い、ひどい父親だった」とか言うのでしょうか。(今、隣の部屋でピーピー泣いてます)
 まあ、それもまた良し、ということにしておきましょう・・・。





 自営業者に休日などないが、結局毎週土曜日は、うだうだしてる。

 夜、大麻の定例ヒッポ。

 Jリーグがあるので、スポーツニュースを深夜まで見る。

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