19980812 津野海太郎 『新・本とつきあう法』
津野海太郎 『新・本とつきあう法』
「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より
8月3日、『新・本とつきあう法 活字本から電子本まで』(津野海太郎
中公新書)を読みました。
カバーには。
「印刷・製本された形ではなくて文章を読む手段が広まり、「本」のイメージは大きく変わりつつある。何が本で、何なら本でないのか。境界は曖昧になり、従来の本にしても、新形態の本にしても、支持者は互いに対立して、こちらこそ本だと譲らない。本書は、長年、本づくりに携わってきた編集者が、自ら読む本にどう対しているかを、1.活字本 2.電子本 3.インターネット上の読書 4.図書館、というテーマごとに示す自在な読書のすすめである。」
昨年春、電子出版業を目指し、北海道に移住した田原ですが、第一作の「電子本」を出してちょうど一年ほどになります。
本人は、あれは「本」だと思っているのですが、日本の書籍流通の世界ではそうではないのです。
印刷された紙の部分が数十枚以上あって、万引きしにくい大きさで、ISBNコードがついているもの、以外は、書店では扱ってもらえません。
(では、どうやって売っているかというと、まず私のホームページ、全国レコード店、そして手売り、です)
これは、私の営業努力が足りないから(かもしれないが)ではなく、システムの問題のようで、おそらく日本の電子出版業のトップを走っている「ボイジャー :http://www.voyager.co.jp/」社のソフトにしても、上記理由で一般書店ではほとんど扱われないできたのです。
で、ついにそのボイジャーの荻野正昭社長が、反乱を起こし、「T-Time:http://www.voyager.co.jp/T-Time/index.html」というソフトを、「ひつじ書房:http://www.hituzi.co.jp/」と提携して、書店で販売できるようにしてしまいました。
「T-Time」(『新・本とつきあう法』中でも触れられています)は、インターネット上の「ヨコ書き」文書を、一瞬のうちに読みやすい「タテ書き」文書に変えてしまうという、「モニター読書家」にはありがたいソフトで、発売以来、各メディアに頻繁に取り上げられているようです。
荻野さんのやり方がユニークだったのは、その営業方法で、日本全国のボイジャー社『エキスパンドブック』を使って電子本を発表している「電子本作家」に檄文メールを出し、「電子本書店流通」作戦を開始したこと。
そんなわけで、私も、この一月ほど、ボイジャー社の「電子本営業 北海道地区担当」として、札幌市内の書店の何軒かに足を運びました。ボランティアです。
やがて、BooxBoxレーベルの電子本が、書店に並ぶ日が来たなら、皆さん、よろしくお願いします。
『新・本とつきあう法』は、これからの「本」のすがたについて考えさせる一冊でした。
「第一章 活字本とつきあう」から。
「書斎の前提となるのは自分の土地と自分の家--。
でも実際には、男の城どころか、恒産なく伝統なく階級なく、もはや私たち現代日本の都市住人は安定した定住民ですらない。では何者なのか。まあ、ただの天幕(テント)生活者だろう。これまで一度も自分の家をもったことのない私のような人間はもちろんだが、たとえ土地や家があったところで安心はできない。何十年もかかってようやくローンを払いおえたとしても、それだけの努力に見合った穏やかで落ちつきのある暮らしを実現するのは至難のわざ。老後はせっかくの土地や家を売って老人マンションにはいるつもりだ、というような知人が何人もいる。
この「天幕生活者」という語を、私は以前、『鶴』や『シベリヤ物語
』の作家、長谷川四郎
のエッセイのなかで見つけた。たしかモンゴルの遊牧民のようにゲル(中国語では包(パオ))をもって移動する人間という意味だったように思う。日本はモンゴルではないのでゲルはないから、都市という草原だか砂漠だかを、借家やアパートやマンションを転々としながら暮らす人間ということになる。
じっさいに長谷川さんは、一九八七年に七十八歳で亡くなるまで、ずっと借家暮らしだった。借家だから大量の本はもてない。氏の晩年、私は編集者として『長谷川四郎全集』(晶文社)の刊行にかかわった。「おい、もとの家の近所に引っ越したよ」という連絡をいただいて、桜上水の高層アパートをたずねると、書斎はなく、畳敷きの居間に中くらいの大きさの書棚が一つ(いや二つだったか)置かれていた。たったそれだけ、なにかの拍子に奥さんが押入をあけたら、そこに外国語の廉価版小型詩集が何十冊か無造作に積んであるのが見えた。
居間の本棚に徳間書店刊の『中国の思想』という入門シリーズが並んでいたのを記憶している。長谷川さんには『中国服のブレヒト』(みすず書房、一九七三年)という、『三文オペラ
』の劇作家ベルトルト・ブレヒト
と、かれが影響をうけた古代中国の思想家、墨子
との関係をのびのびと論じた名著がある。「ふーん、長谷川さんはこれをつかってあの本を書いたのか」と軽いショックをうけた。「墨子」の巻の編集者は和田武司
。なるほどね、なにも自分の書斎におびただしい専門書をかきあつめなくとも、一般向けの啓蒙書や概説書だけでも、ちゃんとものを考え、あんな魅力的な本を書くことができるのだな・・・。」(42-44P)
「第二章 電子本とつきあう」から。
「こうして、文化遺産としての本にかかわる国立中央図書館ネットワークと、商品としての本にかかわる国際書籍見本市という二つの巨大なしくみが、一九九〇年代の前半に、あいついで「電子本もまた本である」とみとめる決断をおこなった。ただし、どちらも確固たる見通しがあってそうしたわけではない。著作権問題もその一つだが、むずかしい問題が山積している。
たとえば、CD-ROMタイプの電子本であれば、これは印刷本とおなじもの(物体)だから、ほぼ、これまでどおりのやり方で収集や売買の対象にすることができる。
しかし電子出版は遠からずオンライン出版にまでひろがってゆくだろう。いや、すでにインターネットでは多数の電子雑誌や電子テキストが、さかんに流通しはじめている。これらの雑誌やテキストはもはやものではない。無色無形のデジタルデータなのだ。ものではない出版物--そんなへんてこなしろものを、いったい、どうやって売買したり収集していったらいいのだろう。図書館も書籍見本市もひたすら困惑するのみで、いまだになんの明確な方針もだせずにいるのである。
こうして、
--電子本もまた本のうちである。
思い切ってそう断定した途端に、図書館も既成の出版業界も、それまでは予想もしていなかった混乱をうちに抱えこむはめになった。このことを「本文化の危機」というふうにとられる人もいるようだが、私はちがう。むしろ、いいことだと考えている。
なぜそう考えるかの説明は別文にゆずるとして、ようは日本でも欧米でも、いま印刷本の世界は商売本位の水ぶくれ状態にある、もし危機というならそれこそが「本の危機」なのではないか、ということなのだ。売れる本ならいくらでもだせるのに、あまり売れそうにない本は、たとえそれがどんなにすぐれたものであったとしても、たんに「売れない」という理由だけで思うようにだすことができない。電子本の登場がもたらす混乱は、もしかしたら、このような本の水ぶくれ状態をキリリと引き締めなおす絶好の機会になるかもしれない。そうするもしないも私たちの度量しだい。それに多少の才覚と・・・。
電子本とケンカしてる余裕なんかないんじゃないのかなあ。」(65-67P)
「第三章 インターネットでの読書」から。
「現に、いまの若者はヨコで読むことを私たちほどには苦にしていない。いや当今の若者にかぎらず、もう何十年も前からヨコ組み(つまりヨコ読み)を前提にヨコに書いてきた人たちがいくらもいる。つまり理工系の教育をうけた人たちがそうだ。数年まえ、私のいる出版社で木下是雄氏の著作集をだしたことがある。木下さんは物理学者だから、ほかの理工系の方々と同様、学生時代からヨコ書きヨコ読みをつづけて、それが日常の習慣になっている。『理科系の作文技術』(中公新書、一九八一年)以下の著書も、そのおおくはヨコ組みで刊行されてきた。
しかし物理学者であると同時に、木下さんは、寺田寅彦の衣鉢をつぐ練達の随筆家なのである。寅彦だって一般読者向けの文章はタテ組みで発表していた、それならば木下さんの随筆だって、ぜひともタテ組みで読みたいものではないか、そう考えて私は、木下さんとの打ち合わせの席上で、
「ヨコ組みだと行間が読めなくて文章にふくらみがなくなりますよね。だから・・」
こんどの著作集もぜひタテ組みにしましょうと提案してみた、もちろん私は、木下さんご自身だって、論文はともかく随筆のようなものなら、かならずや、読むときはタテのほうがいいと考えているにちがいないと、かたく信じこんでいたのである。だって当然じゃないですか。なんといっても木下さんは、「日本語の文章は縦に書くのが普通である」と書く串田さんとおなじ、大正生まれの日本人なんですから。
ところが、
「そんなことはありません。ヨコだって文章の行間ぐらいちゃんと読みとれます。」
それが木下さんの答えだった。(中略)
人間は変わる。
もちろん日本人も変わる。
私のヨコ書きタテ読みにしても、しょせんは「戦後日本」の刻印をおびた特殊な教育や環境の産物にすぎない。そして串田孫一さんのタテ書きタテ読みだった、じつはおなじことなのである。串田さんや私とはべつの教育をうけ、べつの環境で育てば、ヨコ書きヨコ読みでもなんお不都合もないと木下さんのように感じる日本人が多数派を占めるようになったとしても、すこしもふしぎはない、そんな未来もありうるということを私は否定しない。でも、すくなくとも私が死ぬまでは、タテ組みブラウザーの開発はやめないでくださいよ。それが「奇習の人」の最期の願いなのですから」(142-144P)
(ちなみに私は、読みやすいタテ書き日本語の編集ソフト『エキスパンドブック』を使って、わざわざ「ヨコ書き」のCD-ROMを作ってしまいました。『TUVA-トゥバ』です。いろいろの方から、いろいろなご意見ご指摘をいただいたのですが、そういえば、「なぜタテ書きにしなかった」という方は一人もおられませんでした。文中にアルファベットが多く使用されるため、縦書きだと読みにくいものになっていたでしょう。 私は、ヨコ書きヨコ読みの方が、楽です。
そういえば、元号を使っているお役所の書類も、タテ書きされているものは、ほとんどありませんね)
「第四章 図書館とつきあう」から。
「はたして、いまあるような紙の本はなくなるのだろうか。
もちろんいつかはなくなるだろう。ただしそれは、あくまでも、この種の老人が地球上から完全にすがたを消し、八歳の子どもから八十歳の老人まで、すべての人が「そのほうが読みやすい」となんのむりもなく感じるようになったとしたら、というレベルでの話なのだ。もしその条件が一〇〇パーセント満たされたとしたら、いまあるような本はなくなる。なくなったところで誰も痛痒を感じないのだから、これは当然だろう。現にそのようにして私たちの世界から手写本が消え、木版本が消えていった。
では、そうならなければ?
もちろん本はなくならない。ただし、広い意味での本の世界に印刷本、活字本が占める割合は確実に小さくなっていくはずである。二分の一、いや三分の一か。もし三十年後、現実にそうなっていたとしても私はおどろかない。」(187-188P)
「今後、おそらくは日本でも国公立や民間の電子図書館が、インターネットをつうじて古典や論文や小説やエッセイなどの電子テキストを大量に配布するようになるだろう。でもコンピュータの画面で読むのでは、物理的にも心理的にも、どうも読んだ気がしない、そう感じる人は、やむなくそれをプリントアウトして読むことになる。いまでも、すでに私はそうしている。だがそこに、もし手軽なオンデマンド出版システムがあったとしたらどうだろう。
インターネットをつうじて入手したデータを、じぶんの部屋で本やパンフレットに加工する。本の大きさ、レイアウト、書体などは、じぶんが好きなものをえらべばいい。製本も、中綴じ、平綴じ、丸背、角背、スパイラル綴じ、なんでもお好みのまま・・・。
これはとっぴな空想ではない。すくなくとも技術的には、コンピュータじかけの完璧な読書を実現するよりもずっとやさしいはずなのだ。図書館だけではなく、学術書、文芸書、マンガや雑誌、さまざまな出版がこちらに移行してくる可能性だってある。私は厚くて重い本があまり好きではない。だから、こういう出版形態が実現したらどんなにいいだろうと思う、最初から本や雑誌の読みたい部分だけを買ったりコピーしたりできるのなら、なにもわざわざ厚い本をバラバラに解体しなくたっていいのだからさ。」(189-190P)
『新・本とつきあう法』 津野海太郎(1938- ) 中公新書 1998/04/25
ISBN4-12-101410-3 C1236 本体価格:660円
T-Timeに興味のある方は:
http://www.voyager.co.jp/T-Time/index.html
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