19980820 片岡義男 『波乗りの島』
片岡義男 『波乗りの島』
「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より
8月15日、『波乗りの島』(片岡義男
ブロンズ新社)を読みました。
1980年に角川書店より刊行された本を、内容はそのままに、1993年6月に書かれた作者の「あとがき」を添える形で、再刊行されたもの。
ハワイ諸島が舞台です。
8月16日の日曜日、午後9時から放映された『NHKスペシャル
「花咲く山頂▽海底わき水の謎▽名峰に迫る」とインターネット版の日刊スポーツTV欄に、見出し(?)が出ておりました。
40年ほど前、私はその周囲60キロほどの小さな島で生まれたのですが、なかなか奥の深い島でして、今回のTV映像も「こんなこともあるのかあ」という感嘆の連続でした。
「海底わき水の謎」について少し書きます。
利尻島はもともと、固い岩盤でできた平らな島だったそうです。その後、何度かの火山噴火の繰り返しによって、現在ある富士山型の美しい山が出来上がりました。
海抜千七百メートルを越えるその山は、一年の大半を雪に覆われています。当然毎年大量の雪解け水を発生させるわけですが、その水は、水分を吸い込み易い火山性の土壌に吸収され、長い間地中に沈潜し、やがて固い岩盤の上を流れていきます。
そして、山中のミネラルをたっぷり含んだ地下水が、利尻島の低地や島の沖合いの噴出口から真水としてわき出るのです。
もともと日本海を流れ利尻島を洗う対馬海流は、暖流で栄養分に乏しいのだそうです。それなのになぜ、ミネラル分を多く含む「コンブ界のメルセデス」リシリコンブが利尻近海に繁殖しているのか。その要因の一つに、山から海にもたらされるの自然の恵みがあるわけです。
そして、今、利尻近海の海底からわき出す水は、30年ほど前、利尻山に降った雪の解けたものだとか。
30年前といえば、私はその地で小学生をしていて、まさにその年の吹雪の中を学校に通っていたのです。
今年の雪が真水となって日本海に現われるのは、2030年頃?
生家が漁業を営んでいることを思えば、私は利尻の自然にこれまで大きくしてもらったようなものです。
感謝!
ハワイの話ではなかったの? という声が聞こえてきそうです。
去年の暮れと、つい最近の二回、私は、ハワイに住む利尻出身者(とその関係者)から、電子メールをもらいました。
双方とも、「rishiri」で検索して、私の個人ホームページ中の佐藤雅彦さん@利尻町立博物館の、自然科学の目で利尻を紹介する英文テキストに出会ったものらしく、驚きの声とおほめの言葉をいただきました。
メールを下さった最初の方は、利尻からハワイの大学に留学し、卒業後も一年間現地で働いているKSさん(女性)。もう日本に帰ってこられたはず。父親にそのことを話したところ、利尻島では、親同士が「子供たちが電子メールとかいうものでやり取りしているらしい」と話をしていたとか。
後者は、利尻島出身の女性と結婚されたJoeさんから。そのメールによれば、奥さんの旧姓OSさんはこの夏もハワイから利尻に里帰りされたようです。Joeさんは、利尻はちょっと寒いと言っておられました(当り前だあ)。
ハワイの未知の人たちと、こんなに容易くやり取りできる日が来ようとは、想像だにしなかった、バリバリ文科系の大学生をしていた私は、片岡義男フリークでした。
何十冊と読んだ片岡本の中でも、一番印象に残ったのが『波乗りの島』。
本当に久しぶりに再読した『波乗りの島』でしたが、「島」は変わっていませんでした。
あるのはただ、美しくも恐ろしい自然を描いた美しくて乾いた物語だけ。
自然描写・風景描写の文章の独特なリズムの心地よさは無類です。
私が在学した当時の大学の文学部では、「片岡義男が好き」といえば「何も考えていないやつ」みたいな目で見られたような記憶があります。私の場合は何も考えていなかったのは確かですが、片岡さんの作品が読むに値しないものではなかったことははっきりしてきたようです。
片岡さんは「ワンアンドオンリー」で、『波乗りの島』もまた「ワンアンドオンリー」。
その本を読むことで、われわれの頭の中には、ハワイを舞台にした、濃密で確固たる時間・空間のイメージが、しっかりと染み込みます。
何かのおりにそのイメージが、ふっと顔を出す。
山頂に降った雪が、何十年か後に近海でわき水として現われる。
そんな読書でした。
『波乗りの島』 片岡義男 ブロンズ新社 1993/08/25 ISBN4-89309-072-0
余談:
ハワイにも土建屋さんっていたんだなあ、と日本人的なことを考えながら読みました。
政治的思想は皆無の片岡本ですが、環境保護の思想(あの全盛期『宝島』を作った人ですから当り前ですが)にあふれた本です。
今、思えば。
午前。
10時半、嵯峨氏宅。嵯峨氏とTTさんを乗せて、円山会館へ、ビデオ上映会の会場下見。
期待の若手GDさんも参加し、ビデオ等チェック。
前金を支払った後、近所のパスタ屋さんで昼食。嵯峨氏とGDさん、彼等の十代の頃の、コンピュータの話で盛り上がる。
午後、ひとまず嵯峨氏宅に落ち着き、雑談。
二時、退出。江別で待ち合わせがあるというGD氏を乗せて、帰宅。
夕刻、ポルケ『波乗りの島』。
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* [波乗りの島] 片岡義男
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