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19980830 川上弘美 『物語が、始まる』

川上弘美 『物語が、始まる』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 8月23日、『物語が、始まる』(川上弘美 中央公論社)を読みました。

   * [物語が、始まる] 川上弘美

 カバーの著者略歴は:
 「1958年東京都生まれ。80年お茶の水女子大学理学部生物学科卒業。82年より86年まで私立田園調布雙葉中学高等学校勤務。
 94年『神様』で第1回パスカル短篇文学新人賞受賞。95年『婆』で第113回芥川賞候補となる。
 96年『虹を踏む』で第115回芥川賞受賞。」

 田園調布雙葉は、それなりのブランド校みたいですね。
 「パスカル短篇文学新人賞」は、Asahiネット主催の、パソコン通信上で作品を発表される文学賞。こちらをどうぞ:http://www.jali.or.jp/pascal/index.html
 芥川賞はもう120回近くになるわけか。年中行事の風物誌化しているきらいも。

 1994年から1995年にかけて、中央公論文芸特集号に掲載された短篇を四作収録した本です。


 先日、インターネット版「ポルケ」をご覧になった方から、メールをいただきました。
 一通はTさんという方から。キューバ関係(カストロ、チェ・ゲバラ)に関する文章を読んで下さったようで、レイナルド・アレナスの『夜になるまえに』(国書刊行会)という本を紹介下さりました。
 もう一通はOさんで、「斎藤綾子内田春菊が好きだが、あまり人前ではそう言えない」というお便りでした(堂々とHPで公表している私の立場は?)。そのOさんのお勧めが『物語が、始まる』でした。
 Tさん・Oさん、ありがとうございました。

 翌日、江別市情報図書館でその二冊を検索したところ、『物語が、始まる』を発見。借り出してきました。
 「いまさら、純文学なんて・・・」と思いつつ、作者が私と同年(1958年)生まれであること、近影を見る限りキレイな人であること(美保純田中裕子を足して二で割ったような顔)、斎藤・内田好きが読むものなら超Hかもしれない、という様々のしょうもない理由で、読書を始めました。


 表題作ともなっている「物語が、始まる」は絶品でした。

 津野裕子という「ガロ」に描いていた漫画家に「デリシャス」という、わずか8ページの、とんでもなく良い作品があるのですが、「物語が、はじまる」はその漫画を連想させました。
 とある女性が「男の雛型」を拾って、その彼と暮らすうちに、現実の人間の彼氏との関係が曖昧なものになって・・・、というストーリーなのですが(かなり大雑把な説明)、読ませます。

 残り三篇「トカゲ」「婆」「墓を探す」は、超現実的過ぎてちょっと楽しめませんでした。他人の脈絡のない「すごく変わった夢を見たの」的な夢を、三分ならともかく三時間聞かされてはたまらないという感じですか。

 いずれにしても、直接的ではないにしろ、Hな作品群とはいえます。
 「物語が、始まる」は、素敵な「恋愛小説」でした。


 その「物語が、始まる」から、引用します。
「「ゆき子さんたち、駄目だよ」三郎が言った。気のせいか、反り返り気味だ。
 「ゆき子さんと本城さんって、関連しあっているだけじゃないの」
 「何、それ」私は三郎を睨んだ。睨むなんて余裕がないなあ、と思いながら睨んでいるのは、ほんの少し余裕があるからだろう。
 「なんだかあなたたちは、本質的じゃないよ」
 「本質的って、なによ」
 「さあ、僕にもよくわからないよ」三郎はあっさりと答えた。「ただ、なんかそういう言葉が頭に浮かんできたんだ」
 ほんとは何もわかっていないくせに。そう言おうとして、私はあわてて口をつぐんだ。たぶん、言ってはならない言葉だ、これは。これを言っては、私は三郎と同じ列のものになってしまう。それではつまらない。
 本城さんは、一度部屋に戻ってお茶を飲んだあと、いつもよりも早口でなにやら喋ってから、すぐに帰ってしまった。
 本城さんが帰ると、私はすぐに本城さんに電話をしたくなった。会っている時は別れる時間を測ったりしているのに、別れるとすぐに電話をしたくなる、これが三郎の言う「本質的ではない」ということなのだろうか?
 「本城さんのこと、どう思った?」試しに聞いてみる。
 「どうも思わない」
 「・・・・」
 「雛型は、わりと柔軟性がないんだよ。すでに刷り込みされた人間に対してならいくらでも対応できるんだけど、それ以外の人間は人間と思わない傾向がある」三郎は説明した。
 本当だろうか。嘘かもしれない。どちらでもいいのだが。
 私は三郎のことを頭から追いやって、本城さんのことだけを考えはじめた。すると、三郎は私の膝に乗ってきた。
 「どきなさいっ」怒鳴った。少し腹が立っていた。
 「だめだよ、今頃になって本城さんのこと考えても」
 ほんとうに腹が立った。三郎の頬を打った。三郎はうふふふというような声をたてて、膝から下りた。
 そのまま三郎は部屋の隅に行き、寝そべった。私は本城さんの部屋の電話番号を回したが、呼び出し音が三回鳴ったところで、切った。それから三郎の前に立ちはだかり、できるだけ落ちついた表情で睨みつけた。威圧しているつもりだった。
 「ゆき子さん」三郎が言った、私は何も答えず、睨み続けた。
 「それじゃあ」そう言って三郎は私の足をすくい、転ばせて馬乗りになった。
 「キスするよ」三郎はそう言って私にキスした。非常に上手なキスだった。されながら、私は「次はどうするのだろう」と落ちついて考えていた。上手だったので、落ちついたのかもしれなかった。
 「次はもう何もしないよ」三郎は私の考えていることが聞こえたかのように、言った。「今日はここまで」
 私は立ち上がり、まだ寝ている三郎を軽く蹴った。
 上手なキスだったが、全然興奮しなかった。少し不思議だった。」


 『物語が、始まる』 川上弘美 中央公論社 1996/08/20 ISBN4-12-002604-3




  午前、ポルケ川上弘美『物語が、はじまる』。

 午後、大阪のミノヤホールに仮押さえの申請書。小樽海鮮省へ納品書と請求書。民博ミュージアムショップにTARBAGAN CD100枚郵送(なんと10日前ほど送った40枚がすでに売れ切れたとのこと!)。
 大麻のジムへ。

 大阪のMKさん、先日TARBAGANのスケジュールを知らせた、から元気のいいFAXが届く。

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