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19980929 9月は半分、家にいなかった

 9月は半分、家にいなかった。

   * [せぷてんばあ] クレイジー・ケン・バンド

 3日から15日まで、TARBAGAN大阪ツアー。
 20日から25日まで、祖父の葬儀のため、利尻島に。

 1日2日と大阪行き準備。
 昨年8月20日「TUVA-トゥバ」を発売し、それから一年たったので、ソフト販売総計をチェック。
 TARBAGAN CDが660枚。Tuva CD-ROMが283枚。「茶の本」が31枚。合計974枚。
 この一年は、2,000枚を目標とする、とだけ言っておこう。

 3日、嵯峨氏、TTと小樽からカーフェリーで舞鶴に向かう。
 嵯峨氏、船中では日頃の事務的雑事から解放され、食う寝る弾くの単純生活。

 4日、吹田市在住の年若いカップルと知り合い、12日西山田公民館での再開を約す。
 夜、大阪市都島区のOさん宅にステイ。

 5日、国立民族学博物館で等々力氏の講演に嵯峨氏がジョイントするかたちでライブ。
 午前中にスタッフとして民博に入り、今回の特別展「大モンゴル展」を企画した小長谷先生にお会いする。
 講演は大盛況。民博友の会主催の講演としては、いままでの入場者数レコードとか。
 夜は、宿泊用に一週間借りている谷町四丁目のウィークリーマンション。

 6日、夜北区中津のミノヤホールでライブ。

 7日、ライブなし。
 田原は、吹田市のBIO DENTAL CLINICで歯の治療。院長の大原 'Bio' 盛勝さん(同い歳)に久々に会う。「ちゃんと歯を磨くように」と一言いただく。
 嵯峨・TTは夕刻海遊館へ。

 このあたりで、利尻島の祖父が再入院したことを聞いたのだったか。

 8日、お昼に大阪城二の丸あたりで楽器の練習。お壕に臨む石垣のてっぺんに座り、馬頭琴の響きを聞く。
 夜、鴫野のモンゴル料理店「モンゴルオルゴ」で一日目のライブ。

 9日、お昼にTTと中ノ島の東洋陶磁美術館。嵯峨氏、スポニチ北海道版の連載記事原稿書き。
 夜、「モンゴルオルゴ」で二日目のライブ。立ち見も出る。

 10日、夜、「モンゴルオルゴ」で三日目のライブ。
 演奏者二人はさすがに三日目には一種「飽き」を感じたようだったが、全般的にいって素敵な三日間だった。

 11日、ライブなし。
 午後、北千里のKさん宅に、かつて大阪でヒッポをしていた時代の仲間が集まって、懇談会。嵯峨氏、TTも同行。途中、等々力氏も登場。
 夜、田原一人、池田氏のKN氏宅。在宅型コンピュータ使用自営業者の先輩。
 大阪を離れまだ一年半というのに、帰りの電車で乗り越し、くそ暑い大阪市内をへろへろになって歩き谷四へ。

 12日、ウィークリーマンション、チェックアウト。
 民博へ、お客として、出かける。モンゴルから来ている「草原の風」の演奏を聞く。
 午後3時30分、等々力氏を吹田市の自宅(といっても下宿)でピックアップし、吹田市西山田公民館へ。
 午後七時からの公演は、またもや、超満員。4日、船中で知り合った好感カップルも登場。うれしかった。
 終了後、等々力氏を送り、今夜ステイする田原のおじの家(堺市)へ。

 13日、いそがしい一日。
 午後十時堺市を出、午後ライブがある肥後橋で嵯峨氏を降ろし、TTと田原は車を駐車場に入れ梅田でMKさんと待ち合わせ。甘い物ツアーと称し京都桂離宮横の中村軒でお昼。
 阪急電車でとってかえし、肥後橋「タカムラ寄席」。嵯峨氏の飛び入りで、津軽三味線の久保さんとのジョイントライブ+TARBAGAN。飛行機に乗り遅れないよう、嵯峨さんは退出。変わったライブ。
 TTと大阪駅で関西空港に向かう嵯峨氏を送ったあと、車で舞鶴に向かう。

 14日、船中。なぜか鳥を捕まえる。

 15日、早朝小樽着。野幌で一眠りして、午後から小樽天狗山のイベントに参加の嵯峨氏を見に。
 終了後、嵯峨、TT、そして小樽在住の女性と飲み会。

 16日、9日のモンゴルオルゴでのライブを録音し、12日オンエアしてくれた大阪のFM Cocoloから番組のカセットが届く。
 ツアー中、売れたCDは57枚、CD-ROMは14枚。

 17日、午前、ポルケ司馬遼太郎『草原の記』。
 夜、アイヌの血を引くアーティストOKIさんと、オーストラリア原住民アボリジニを中心としたバンド「WAAK WAAK JUNGI(カラスの火)」のライブを、千歳で見る。同行は、嵯峨氏、TT、YHさん。感銘を受ける。

 18日、『デルスウ・ウザーラ』読了。今月亡くなった黒澤明監督の映画「デルス・ウザーラ」原作。
 嵯峨さんの大阪帰り「のどうたトライアングル」が聞きたくで夕刻札幌市内に向けドライブ。運転中の車中で聞いて、どこにも降りずに帰ってくる。

 19日、利尻島の祖父の様態が気になる。

 20日、祖父に会うのを目的に、朝利尻に向けて出発。午後三時半の利尻鴛泊行きの船に乗り、午後五時半病院に向かうと、すでに四時に死去、遺体は帰宅しているとのこと。愕然。
 実家で対面。葬儀準備であたりはばたばたしている。

 21日、仮通夜。台風がやってくる?

 22日、通夜。終日荒れ模様。

 23日、告別式。うって変わって好天。

 24日、葬儀の残務処理。

 25日、午前の船で実家を離れ、午後七時前、野幌に帰着。

 26日、HIPPOの合宿で家族で南区滝野へ。午後八時前、泊まらないで帰る。暗闇。

 27日、疲れてボーッとしている。

 28日、午前、ポルケアルセーニエフ『デルスウ・ウザーラ』。
 嵯峨氏、つかまらず。
 夜、YHさんから電話。大麻でライブがあるので来ないかとのこと。ケーナ/サンポーニャの瀬木貴将さんとピアノの佐山雅弘さん。うまかった。客席には福井岳郎さんの顔も。

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