« 19981109 三和銀行・のどうたの会・ツアーの準備 | トップページ | 19981117 河谷史夫 『読んだふり』 »

19981110 『マルコムX自伝』

『マルコムX自伝』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

 10月26日、『マルコムX自伝』(執筆協力:アレックス・ヘイリー 訳:浜本武雄 UPLINK/河出書房新社)を読みました。

 間違いなく、百年後も読みつがれる本でしょう。
 先日ご紹介した『プレイボーイインタビュー』に始まり『マルコムX自伝』そして『ルーツ』と、アレックス・ヘイリーの仕事は偉大なものです。

 私が感じた『マルコムX自伝』の素晴しさを挙げてみますと:
   1. マルコムXの人間的魅力
   2. 細部の面白さ
   3. アレックス・ヘイリーとのすぐれたコラボレイション
   4. 歴史資料としての価値
ということになります。

◆◆ 1. マルコムXの人間的魅力 ◆◆

 黒人運動家(反対者によって惨殺されます)を父に、白い肌を持った黒人(マルコムの祖母が白人男性によって強姦された結果生まれた)を母に、1925年マルコムXは生まれます。

 黒人差別の現実に突き当たる生地での学童時代にはじまり、ハーレムでの犯罪者生活(麻薬の売人からポン引き、強盗団まで)、獄中でのイライジャ・ムハンマドと彼の行っていた<黒い回教徒>運動との出会い、出獄後の教団での「導師」としての活躍。

 やがてマルコムXは、過激思想の黒人分離主義者としてのレッテルをはられることになります。その言葉は的確かつ扇動的で、黒人を覚醒させると同時に、白人社会(とその中で生きる従順な黒人)にパニックを巻き起こします。

 宗教的オルガナイザーとしての信念の強さ・能力の高さが、はからずも教祖ムハンマド氏の反感を買い(宗教団体の内紛てどこにもあるのですね)、結果マルコムXは独自の道を歩むことに。

 聖地メッカを訪れたマルコムXは、そこで劇的な思想的転回をします。黒人が差別を受ける米国内ではじめて機能する宗教ではなく、肌の色を越えた、世界宗教の道に目覚め、活動を開始した矢先、かつて所属していた「教団」の手によって、説教壇の上で銃殺されます。1965年のこと。

 強きをくじき弱きを助ける人。直情家でありつつ計算高い戦略家。学歴のない勉強家。休むことのない活動家。家庭人。その場の状況での最適の道を見つける勘の良さ。率直で正直。すれっからしで同時に純情。
 映画にしたくなる気持ちがよくわかりました。

◆◆ 2. 細部の面白さ ◆◆

 マルコムXの記憶力の良さによるものでしょう、生活・人物・土地柄・風俗・心理、どれをとっても具体的な細部描写に成功しています。
 二十世紀中盤のアフリカ系アメリカン・グラフィティです。

◆◆ 3. アレックス・ヘイリィとのすぐれたコラボレイション ◆◆

 雑誌プレイボーイのインタビューで互いを知り、認めあった二人は、共同作業に必要な緊張感を保持しつつ、かけがえのない友人同士になっていきます。

 キリスト教徒(「初期」マルコムXにとっては、黒人でありつつキリスト教徒であることは、即白人への従属であったのです)で、白人社会での成功をおさめつつある「従順な黒人=アンクル・トム」アレックス・ヘイリー(真実のヘイリーはもちろん「アンクル・トム」なんかではなかったのですが)を受容し、理解することが、マルコムX自身の宗教的転回の一つのきっかけになったように、私は感じました。

 訳者の浜本さんが、「訳者あとがき」で書いておられるように、マルコムXの死後書かれた、アレックス・ヘイリーによる「エピローグ」は、素晴しい文章です。

「その関係はストーリィ・テラーないしは語り部と記録者という関係を越えたものであり、このエピローグがついていることで、『自伝』はまたとない貴重な厚味と興味ある構造をもつことになったと思う。」(「訳者あとがき」)
 やはり先日紹介しましたアルセーニエフデルスウ・ウザーラ』の、デルスウとアルセーニエフの「奇妙な」コラボレーションについて思わずにはいられませんでした。

◆◆ 4. 歴史資料としての価値 ◆◆

 アメリカ合衆国の歴史上、マルコムXがエポックメイキングな人物であったことは確かです。その過激さゆえ、キング牧師が得たような賞賛は得られませんでしたが。

 キング牧師の書いたものと併せて読むと、1960年代のアメリカの姿を知るのには打ってつけではないでしょうか。
 ちなみに、公の場ではお互いの立場上そうは言えなかったものの、キング牧師・マルコムX、ともにお互いの仕事を認めあっていたようです。


 「第19章 1965年」から、マルコムXの言葉を。
 「いかに多くの白人がアメリカの人種問題の解決を切望しているかについては、私は大方の黒人たちよりよく知っているつもりだ。多くの白人たちが、黒人と同じ絶望感をもっていることもわかっている。これまで白人から五十通くらい手紙をもらっている。集会の聴衆だった白人たちが演説のあとで押しかけてきて、「誠実な白人は、いったいなにをすればよいのか?」とたずねたこともある。
 こんな話をしていると、前にも話したあの若い女子学生のことを思いだす。彼女はニュー・イングランドのある大学から飛行機に乗って、ハーレムのネイション・オブ・イスラム教団経営のレストランにいた私に会うためにやってきた。あなたにできることは「なにもない」と私はいった。だが、そういったことをいまは後悔している。もし彼女の名前がわかれば、あるいは電話したり手紙を書いたりできれば、いま私が白人を相手に話していることを彼女に伝えたいと思う。白人が誠実に、彼女が私にたずねたと同じように、あれこれの質問をするとき、私が話しているようなことを。」
 「私は誠実な白人にいいたい。「われわれと連帯して活動してほしい--ただし、われわれ一人ひとりは自分の仲間同士で活動するから」と。誠実な白人個人は同じ考えの白人たちをみつければよい。白人たちが白人だけの集団をつくって、人種差別的な考え方や行動をしているほかの白人たちの精神の改造に乗り出してもらいたい。誠実な白人は、まず白人に向かって非暴力を説いてほしい!」

 「われわれがたがいに誠実であることによって、アメリカの魂そのものを救済するための道を、示せるようになるかもしれない。アメリカの魂は、人権と人間の尊厳が黒人にまで完全に拡大されるとき、はじめて救済されるだろう。ヒューマニズムと道徳的責任感の深い自覚に心底もとづいたほんとうに意義ある活動によってこそ、いまのアメリカの人種問題の爆発の根本的諸原因に到達できるのだ。さもなければ、人種問題の爆発は悪化の道をたどるばかりで、私や、ほかのいわゆる黒人"過激派"とか"扇動家"たちに、アメリカの人種差別主義の責任をなすりつけたところで、なにも解決しないことだけは確実である。」

 「私流のデモ行進のやり方とマーティン・ルーサー・キング博士の非暴力の行進のやり方がちがっていたように、目標への近づき方はちがっても、めざすところは常に同じである。博士の行進は、無防備の黒人たちに向けられた白人の残虐行為と悪業を、劇的に明かにしている。だから今日のアメリカの人種差別的風土では、黒人問題解決へ向けての取りくみ方で"過激派"といわれているもののうちだれが先に、決定的破局に自ら遭遇することになるか--"非暴力"のキング博士が先か、あるいはいわゆる"暴力的"な私が先か--これはまったく予想できない。」

 「冷静な読者なら、私の人生をたどることで--それは一人の黒人居住区(ゲットー)生まれの黒人の生涯である--アメリカに住む二千二百万の黒人の大部分の生活と思考を形成している黒人居住区についての、以前よりは正確なイメージや理解をもってくださるのではないかと思い、またそうであることを期待している。」


 アレックス・ヘイリィ「エピローグ」から、マルコムXの人柄を伝える一節。
 「エド・ハーヴェイ・ショーがすんで、われわれはニューヨークへ帰る列車に乗った。特別客車は、新聞を顔の前にひろげて、週末、家へ帰るビジネス・マンで満員だったが、マルコムXが乗っていることでみな緊張していた。白い上着を着た黒人のボーイが何度も通路を行ったり来たりした。彼が何度目かに歩いて行きすぎたのを見はからって、マルコムが私に小声でいった。「あの男とは昔、いっしょに働いていたことがあるんだよ。名前は忘れたけど、乗務していたのはまさにこの列車だった。彼は私に気づいている。きっとどうしようかと考えている最中だと思うよ。」ボーイがなにくわぬ顔で、またわれわれのそばをとおり過ぎた。しかし次に引き返してきたときに、マルコムが急に座席から身をのりだすようにして、そのボーイに笑いかけた。「ねえ、あんたのことはちゃんと覚えてるぜ!」するとボーイも急に大声をあげた。「この列車で皿洗いをしてたよね! さっき仲間に、あの人とは昔この列車でいっしょに乗務してたんだと教えてやりましたよ。われわれみんな、あんたについて行くからね!」
  列車内の緊張が、まるでナイフで切れるかと思うほど固くたかまった。そうこうするうちに例のボーイがまたマルコムのところへやってきて、いかにも屈託ない調子でいった。「お客さんで、あんたに挨拶したいって人がいるんだけど」。すると、一人の若い、頭を短く刈った白人の男が近づいてきて、片手をさし出した。マルコムは立ち上がって、固く握りしめた。客車中の新聞が、急に目の高さまで下がった。その若い白人は、はきはきした大きな声で、自分はしばらくアジアに行っていたのだが、いまはコロンビア大学に通っている、と自己紹介した。「あなたの主張には百パーセント賛成じゃありませんけど、その主張を呈示して説明されるやり方は、どうみたって見事ですよ」

 礼儀正しさそのものといった調子で、マルコムが答えた。「そりゃ当然ですよ。なにからなにまで百パーセント意見が一致する相手なんて、アメリカ中探したっていやしません」。そのうちに、その学生よりは年配の白人ビジネスマンがやってきて握手をした。マルコムは、落ち着いた声で話しかけた。「あなたのお気持ちはわかっているつもりです。私の言い分に賛成されるところもいろいろありながら、あえて反対の立場で発言されるのは、さぞかし辛いことでしょう」。いまや衆人の注目をあびたまま、われわれ二人はニューヨークまで乗りつづけることになってしまった。」


 『マルコムX自伝』 執筆協力:アレックス・ヘイリィ 訳:浜本武雄 UPLINK/河出書房新社 1993/02/20

 余談。

 四十歳の誕生日を迎え(沖縄の音楽家平安隆さんとの音楽的ドンチャン騒ぎ)た翌日、前日までに書き替えるべきだった運転免許の失効に気づきました。
 札幌市手稲の試験場で免許発行を待つベンチに座り、『マルコムX自伝』を読んだのでした。免許試験の合格発表に小躍りする人々。日本の平和な風景。

 四十歳と数日。 マルコムXならすでに死んでいるし、ジョン・レノンならあと一月余りの命。
 誰かに銃で撃たれる心配もないわが人生を幸せと呼ぶべきか、何も生み出さないまま馬齢を重ねる現実を不幸と呼ぶべきか。

 私が「平和」国家日本の凡庸な一市民であることを再確認した読書でした。



|

« 19981109 三和銀行・のどうたの会・ツアーの準備 | トップページ | 19981117 河谷史夫 『読んだふり』 »

12 ポルケ?ブックレヴュー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 19981110 『マルコムX自伝』:

« 19981109 三和銀行・のどうたの会・ツアーの準備 | トップページ | 19981117 河谷史夫 『読んだふり』 »