19990118 松本修 『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』 / 午後一時、札幌パームホール
松本修 『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』
「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より
1月5日、『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』(松本修
新潮文庫)を読みました。
読んで面白くタメになりハっと考えさせられる、すぐれものの一冊です。
カバーには:
「大阪はアホ。東京はバカ。境界線はどこ? 人気TV番組に寄せられた小さな疑問が全ての発端だった。調査を経るうち、境界という問題を越え、全国のアホ・バカ表現の分布調査という壮大な試みへと発展。各市町村へのローラー作戦、古辞書類の渉猟、そして思索。ホンズナス、ホウケ、ダラ、ダボ・・・。それらの分布は一体何を意味するのか。知的興奮に満ちた傑作ノンフィクション。カバー裏:<全国アホ・バカ分布図>」
著者プロフィール:
「1949(昭和24)年、滋賀県に生れる。京都大学法学部卒業後、朝日放送入社。テレビ制作部で、バラエティー番組の制作に携わる。『霊感ヤマカン第六感』『ラブアタック!』『合コン!合宿!解放区』『食卓の大冒険』等を企画・制作する。'91(平成3年)『探偵!ナイトスクープ』の「全国アホ・バカ分布図の完成」編で、日本民間放送連盟賞テレビ娯楽部門最優秀賞、ギャラクシー賞選奨、ATP賞グランプリを受賞」。
今や全国放送番組となった(北海道でも見られるんです)『探偵!ナイトスクープ』から生まれた一冊の本。素晴しいメディアミックス!
探偵局秘書でもあるエッセイスト岡部まりさんの「文庫化を祝して」によれば、「文庫では業界初の試みらしい」カバー裏に印刷された「全国アホ・バカ分布図」をまずはご覧下さい。
快挙です。
お忙しの人々には「アホくさ」「バカらしい」で一蹴されそうなテーマも、やるべき人が突き詰めれば、ここまで優れた成果になるのか、と感動を覚えます。
著者の松本修さんは、言語学・方言学に関してはまったくの素人で、番組制作者の立場から「アホ・バカ」を探究することとなり、その情熱と好奇心でもってこの希有な「言語地理学」的産物を生みだしました。
良い点。
●ストーリーテリングの確かさ
読ませます。
TV番組制作者だからこそ、固いテーマ(題名は一見おちゃらけですが)を、ここまで柔らかく、読んで楽しいものに仕立てあげられたのでしょう。
600P近い文庫本を、私は稚内から札幌へ向かう急行列車の中で一気に読み終えました。その間わずか四時間強。
学者さんの本だとこうは行かなかったでしょう。
●作者のアホ・バカ(ひいては日本語)に対する愛情の深さ
アホ・バカ系の言葉は大変奥行きの深いもので、他人に対する最大級の侮蔑から最大級の敬愛まで、人間の持つ感情のフルレンジに対応しているものです。
「バカな子ほど可愛い」の「バカ」一語に含まれる親の子どもに対する愛情がどれほど深いものであることか。
「アホ・バカ」を追及していく過程で作者は、日本の「アホ・バカ」にはひどい差別意識から生まれた語はないことに気付きます。
沖縄のアホ・バカ系「フリムン」が、現地の人も信じている「ふれもの=気狂い」が語源ではなく、「ほれもの=惚れ者」から来た言葉であることを、琉球方言の音韻変化の法則から発見したりもします。
「琉球方言圏のすべての人々に、私は声を大にしてこう伝えたい。
「どうかこれからは『もしや差別語では?』などつゆ疑うことなく、部下やお子様・お孫様に対して、必要な場合、正々堂々と『フリムン(プリムヌ)!』(この、ぼんやり者!)と怒鳴ってください。むろんのこと、否定されるべき差別のためではなく、それぞれご自身の、心からの『愛情の証』として」
琉球の人々は、「気の触れた者」などという差別的なアホ・バカ表現など、遠い昔から今日にいたるまで一度も使用してはこなかったのだ。逆に「気の触れた者」、すなわち狂人を指す場合にでも、新たに差別的な言葉を設けず、「ぼんやり者」を意味する日常的なアホ・バカ表現で代用してきたのである。この一事を眺めても、琉球の人々がいかに人の心と言語を大切にしてきたかが、おのずと彷彿される。」(166p)
●勉強になります
柳田国男の「蝸牛考
(かぎゅうこう)」に始まる「方言周圏論」のことがわかりやすく書かれています。
長く日本の中心地であった京の言葉が時間の経過とともに地方に伝わっていく。
「その伝播速度は驚くべきことに東西南北あらゆる方向に向けてほぼ等しく、平均すれば一年間に約九百三十メートルという解答がでた。一日に換算すれば二メートル五十五センチ。」(74p)
カタツムリの歩みで京の言葉が、田舎に伝わっていく間に、京には新しい言葉が生まれては廃れ、その言葉がまた田舎に伝わって、というわけで、池にほうり入れられた石が作る波紋のように同心円状に言葉が伝わっていく。
柳田さんは「蝸牛」という言葉の伝播模様に美しい同心円を発見し、それを論文として発表したわけです。
ちなみに、「蝸牛」の同心円は内側から「デデムシ」「マイマイ」「カタツムリ」「ツブリ」「ナメクジ」。日本列島の両端で、京のいにしえの呼び名「ナメクジ」が使用されていた、というもの。
晩年、柳田さんは自ら「方言周圏論」を一部否定するかのような発言をしたそうですが、松本修さんはその復権にかけた。
当然「アホ・バカ分布図」は京都を中心にする多重の同心円が描かれています。
内側から「アホの地域」「ノクテーの地域」「アヤカリの地域」「アンゴウの地域」「バカの近限」「アホウの広がり」「ウトイの地域」「トロイの地域」「タワケの地域」「ボケの地域」「ゴジャの地域」「コケの地域」「テレ・デレの地域」「ダボの遠限」「ダラの広がり」「ホウケの地域」「タクラダの地域」「ホウジナシの地域」。
「アホの地域」は関西一円より少し小さな円、「ホウジナシの地域」は屋久島から岩手青森に及ぶ円。「ホウジナシ」が、京からほぼ等距離にある、熊本・鹿児島と東北北部で使われている、と明示された図を見ると、この国の人間の営みの長さ確かさを思わずにはいられません。
●索引がある
これがあると、「実用書」として長く書棚に置いておけるのです。
この文章も、索引なしでは書けませんでした。
トピックス。
●久慈市
岩手県久慈市。
「エピローグ」の一文には、著者松本修さんが、同じ職場の日沢さんの故郷久慈市で「ホンズナスのはるかな旅路」という講演をする模様が描かれています。
「今まで「ホンズナス」は、地元特有の言葉であると信じられてきたに違いない。しかし実際は、はるか京の都から何百年もの旅をして久慈にたどり着いた言葉であった。「タクランケ」も「コバカタクレ」も「クソケェ」もそうであるし、賢明を意味する「サカスー(賢い)」も、「だけど」の意味の「ダドモ」も、みんな都の言葉なのである。そればかりでない。疲れたという意味の「コエー(こわい)」も、ブスを意味する「メグセー」すなわち「見苦しい」も、かわいそうという意味の「ムゼー(無慙い)」も、なにからなにまで、京の流行の名残りである。それはこれら分布図と、方言周圏論が見事に証してくれている。」(478p)
「控えの広い和室に、十人ばかりが集まって来られた。元郵便局員の桜庭さんや、私財を投じて知的障害者の施設を運営しておられる、私と同年輩の間さんご夫妻など。日沢君のお父さんは、この施設の理事長も無給で務めておられるのだった。自ら久慈の方言手ぬぐいを作ったという桜庭さんは、その一本を私にプレゼントしつつ、陽気にこう言い放ってみんなを笑わせた。
「あれす、帰っていぐ人ぁ供(どぅ)の、格好見でくせぇ。来っとぎゃ、下(すた)ぁ向いで、こそめで(京の古語。こそこそと)来たんでぇーでも、今ぁみんなぁ、胸ぇ張って、威張って(えばって)行ぐぁよー」
実際、お年寄りの表情はとても晴れやかで明るかった。控え室の横を通るとき、好んで私ににこやかな会釈をされた。
「俺(おら)供(どあ)みんな、こごらの言葉(ごどば)ぁ、訳ぁわがんなくて、恥ずかしねぇ(京の古語。恥ずかしい)言葉だど思ってだったんだぁ、それぁ本当(ほんと)ぁ、間違(まづげ)ぇだったなす」 と、間さんの奥さんが、東京へ出かけたときに方言が出ないよう身構えた過去の思い出を交えながら、誇らしくそう話された。」
友人の嵯峨治彦:http://tarbagan.net/ さんは、久慈の高校の出。実家からお正月、お母さんが札幌に来ておられ、この「エピローグ」を嵯峨母子に読んでもらいました。
なんと、文中に描かれた人達は、皆知っておられるとのこと。
驚きました。
●去年の9月に、等々力政彦氏:http://tarbagan.net/ が読んでいた
去年の九月、大阪で、等々力政彦氏が「これむっちゃおもろいで!」と、この本を読んでいたことを思い出しました。
「むっちゃおもろかった」です。
ちなみに私の故郷利尻島も分布図に載っておりました。「バカ系語」と「ハンカクサイ系語」の印がついている。
全国の市町村のすべての教育委員会にアンケートを出したそうで、利尻の二自治体の、「利尻町」から「バカ」、「利尻富士町」から「ハンカクサイ」、が返答されたものと思われます。(北海道と沖縄は周圏論の同心円外にあります。歴史的事情によるものでしょう)
佐渡がすごいですね。
一つの島の中に、「バカ系語」「ダラ系語」「タクラダ系語」「アホウ系語」「アンゴウ」が並存しているらしい。
田原家の祖先は現在の福井県から渡って来ました。
私の父親の口から聞いた覚えのある「アホ・バカ」系語は、「バカ」「ハンカクサイ」「タクランケ」「ホンズナス」、東北北部系です。
現在の福井の「アホ・バカ」系語は、「アホ」「ヌクイ系語」「アヤカリ系語」。東北出身者が多く利尻には住んでいたということでしょうか。
北海道に帰ってきた私は、妻の影響と12年の関西圏暮らしで、家庭内では不完全な関西弁を使っております。
一番「アホ・バカ」系語を使う機会の多い妻には(ごめんね)「アホちゃう!」と言ってます、そういえば。
松本修(まつもと・おさむ 1949- ) 新潮文庫---1996/12/01---ISBN4-10-144121-9
午後一時、札幌パームホール(南4西14)。
現地で嵯峨治彦氏、TTさんと、待ち合わせで、ホールのMSさんと、李波さんとのジョイントコンサートの件でお話。
4月10日と4月11日の夜、ホールを仮押さえ。
嵯峨さん宅。ちょっと遅い昼食にラーメン。
北海道新聞KMさんから嵯峨さんあてに電話。なぜか私も電話口に呼び出され、なんと明日、野幌で「書評ページ」と「電子出版業」に関して取材を受けることに。どきどき。
午後五時、二人をヨドバシカメラ前に送り、その足で帰宅。
夕食後、ポルケ同報。
松本修「全国アホ・バカ分布考」。
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