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19990130 菊池聡 『超常現象をなぜ信じるのか』

菊池聡 『超常現象をなぜ信じるのか』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

   *

 1月14日、『超常現象をなぜ信じるのか』(菊池聡 講談社ブルーバックス)を読みました。副題「思い込みを生む「体験」のあやうさ」。

 カバーには:
  「「自分の目で見たこと」は信じてよいか?
  UFO、虫の知らせ、星占い・・・。科学的には証明できないことも、
  実際の体験をとおして信じてしまう。
  しかしその「体験」は、本当のできごととは限らない!
  超常現象の実在を信じてしまうのは、
  人の思考システムの本質がかかわっている。」


 「超常現象を信じるな!」でも「超常現象はありえない!」でもないところが、この本のポイントでしょうか。
 「はじめに」では:
 「原因が特定できないという意味なら、超常現象は確実に存在します。UFOに遭遇したとか、予知夢をみたと主張する人は現実にいるのです。そして、そのような未知の現象の解明はりっぱに科学的な研究の対象になります。私自身、超常現象が解明される日を待ち望む一人です。
 しかし「超常現象の正体を解明する」ことと「超常的な解釈を信奉す る」こととは、まったく違う立場ではないでしょうか。無批判に超常的 な解釈を信じることは(もちろん、逆に、よく検討しないで超常現象の実在を否定してしまうことも)、むしろ、超常現象と呼ばれることの正体を実証的に解明することのさまたげにもなりかねません。心の動きの誤りをふくめて、考えうるあらゆる可能性を検討することがぜったいに必要なのです。」
(5-6p)

 私も菊池さんのこのスタンスに大いに共感します。

 ところがどっこい、現実世界のほうが、本に書いてあるより面妖です。
 ここから多少の偶然性を感じさせるお話をいたします。どうぞ「眉唾」で読んでみてください。

 『超常現象をなぜ信じるのか』は、私が買った本ではありません。存在すら知らなかった。
 音楽家であり北海道大学大学院で宇宙物理学を専攻する理系の人でもある嵯峨治彦:http://tarbagan.net/ さん宅にお邪魔したおり、彼の本棚にこの一冊を発見。
 貸してというと、「面白いですよ、それ」というお返事。ふむふむと読了。

 その数日後、小説家S藤S一さんとのオフミが決まりました。

 北海道在住のS藤さんは、この四月「エイス・ワンダー」という小説を出版さます。帯の絵を、あの横尾忠則さんが担当されるとか。
 もともと札幌のコンピュータソフト会社でゲームのシナリオを担当されていたS藤さんは、エキスパンドブックなどの電子本にも理解をお持ちで、昨年八月電子メール交信が始まって以来、お会いしたいと思っていたのです。
 1月24日午前十時、時計台横の喫茶店で待ち合わせ。

 なんと、このS藤さんこそが、UFOに遭遇し、予知夢に導かれる人だったのです。初めてお会いして、いきなりUFO遭遇体験談が始まり、隠れ『超常現象をなぜ信じるのか』読者の私は、いささか度肝をぬかれてしまいました。
 しかしながら、話を聞き及んでいくうちに、S藤さんが盲信的なカルト系の人でないこともわかってきました。

 自身のUFO(北海道に現われたミステリーサークルの現場を見たそうです)体験等に始まり、小説登場人物のモデルである奥様の予知夢に導かれ、という話は、充分にオカルト系です。
 が、それをもとに原稿を書き、人に読んでもらえる現実の出版物として世に出すところまでこぎつけるというのは、理性的な精神の持ち主にしかできないことだろうと思うからです。

 その初めての小説を、当初はロールプレイニングゲームのシナリオとして書き始めたという話が印象的でした。
 自分の書いているものが、一見旧弊であっても、紙媒体の本で表現されるべきと判断し、すぐさまそちらにシフトできるというのは、すごいことです。

 S藤さんの奥様の予知夢は、S藤さんの思ってもみなかった世界、「古事記」の謎解きミステリー、に導いていくのですが、それから先のことは、私も『エイス・ワンダー』を読んでいないので、なんともよう言いません。


 霊感もなく信心深くもない、かなりの「唯物論者」の私には、『超常現象をなぜ信じるのか』とS藤さんという人物に共時性的に出会えて、ちょっとした快感を感じました。
 というのも、「唯物論者」である私がほとんど唯一、積極的な興味を持って知りたい経験したいと思うのがシンクロニシティ現象だからです。

 そんなシンクロニシティ・サーチャーに冷や水を浴びせるのが第5章「それは本当に「めったにないこと」なのか?」。

 「問題7 あなたが知人の誰かを夢で見たとします。そしてまったくの偶然で、その日に、まさにその人が亡くなってしまう確率はどれくらいでしょうか。
 また、このような偶然の体験は、日本中で一年に何回くらい起こると考えられますか。(後略)」
(159p)

 菊池さんは、ノーベル賞物理学者ルイス・アルバレスの不思議体験(三十年ぶりに旧友を思い出した直後、新聞にその友人の死亡記事を発見する)と、その後のアルバレスの冷静な計算を紹介しています。その上で:
「彼によると、ある特定の人のことを考えた五分以内にその人が死亡したことを初めて知る、ということが一年間に起こる確率は、わずか一〇万分の三にしかすぎません。あなたが一〇万年生きていたとしても、三回くらいしか出くわさないほどにまれなできごとです。
 先にも指摘したとおり、このようにほとんどありえないことが起こったとすれば、それは偶然ではない、別の要因が働いていると考えること自体には問題はありません。

 しかし、この確率がごく低いこととは別に、もう一つ考慮しなければならない点があります。

 たしかに、あなたが一年間にそんな体験をする確率はわずか一〇万分の三にすぎません。しかし日本の人口(約一億二〇〇〇万人)を考えれば、毎年三〇〇〇件以上もこんなできごとが起こっていることになるのです。」
(160-161p)

 「このように見れば神秘的な偶然の一致とは、確率はとても低いけれども、意外に頻繁に観察されるできごとでもあることを忘れてはならないのです。

 私たちの体験、いわゆる逸話的な証拠から帰納的な信念を導くシステムは、とても誤りを起こしやすい性格をもっています。すなわち、確証バイアスをはじめとして、さまざまな思考のバイアス(ゆがみ)のために、確率推論の失敗や関連性の錯誤を生み、本来関係がないできごとの間に関連性を見てしまったり、物事の生起確率を誤って見積もらせてしまうのです。

 神秘的とも思えるような偶然の一致が起こったとしても、1.背後の多様で膨大なできごとに気がつかない。2.体験はスキーマにあわせて都合よく解釈される。3.そのため、予知体験やテレパシー体験とされるできごとは、まったくの偶然でも頻繁に起こることに気がつかない。」
(163-164p)

 それでも「超常現象は存在する!」と思う方におすすめの一冊です。
 われわれが、どれほど「常時現象」を「超常現象」として解釈したがっているか、よくわかります。
 当選するのが「超常現象」である宝クジを、自分の分だけ「常時現象」化したがる精神と、「常時現象」を「超常現象」として解釈したがる精神はどこかで繋がっているのかもしれません。

 最後に兼好法師徒然草』の引用を。第二百六段。
「徳大寺故大臣藤原公孝殿が、検非違使の長官をなさっておられたおり、私邸の中廊で評議判決を行っていたところ、官吏中原章兼の牛車の牛がはなれて、中廊の内側に入り、役職者の座るべき場所を占め、反すうをしながら座り込んでしまった。重い快異だとして、牛を呪術師・占い師のもとへ遣らすべきだと、皆話をしていたところが、公孝殿の父徳大寺実基殿が、牛に分別などあるものか。足があれば、どこにでも登るだろう。微録の役人の、通勤用の痩せ牛を奪いとってどうする」と言って、牛を持ち主に返し、牛の寝そべっていた畳を換えさせた。全然、不吉なことはなかったということである。
「快異なものを見ても、それを心にかけずにおれば、その快異なものは成り立たなくなる」という。」

 安良岡康作氏の考証によれば、これは1267年から1269年にかけての話。
 その昔から、「たやすく信じる人、そうでない人」の両方が存在した、ということでしょう。
 実はその比率、科学の発達した現代でも変わらなかったりして。

 兼好法師が持っていたその手の「梢事」を見逃さない目線、見たままを見たまま書くその筆の力。
 私のあこがれるところであります。

 S藤S一さんには、いろいろな方を紹介していただけそうです。
 なぜ私は「超常現象を(あまり)信じないのか」、じっくり自分自身を観察してみましょう。


菊池 聡(きくち・さとる 1963-  ) 講談社ブルーバックス---1998/09/20---ISBN4-06-257229-X




 午後、「TUVA-トゥバ」とTARBAGAN CDを買ったという方から電話をいただく。

  

 大阪府和泉市で、等々力政彦氏のパフォーマンスに接した方で、CD-ROMのかけかたがわからない、とのこと。エキスパンドブックのブラウザーインストール方法を受話器越しに伝える。電話を切ってほんの十分ほど後に「本を開けました」とふたたび連絡いただく。ほっとする。
 等々力政彦氏のファンが買うことの多いソフトで、それがコンピュータを買って初めて手にする(バンドルソフト以外の)CD-ROMだという方が実はとても多い。
 READ_ME書類はもちろん添付しているし、それを見ていただければ、ある程度コンピュータを触っている方なら見られないことはないはずなのだけれど・・・。あまり細かく書くと、逆に混乱する可能性もあるだろうし・・・。
 万人にフレンドリーなマニュアルって、本当に難しい。
 いずれにせよ、次回作では、操作方法の書き方にもうちょっと気を配りたい。

 「ポルケ」同報、菊池聡「超常現象をなぜ信じるのか」配信。

 夜、定例ヒッポ。


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