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19990304 西村英樹 『夢のサムライ 北海道にビールの始まりをつくった薩摩人=村橋久成』 / BALLET MECANIQUE

西村英樹 『夢のサムライ 北海道にビールの始まりをつくった薩摩人=村橋久成』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」より

西村英樹 (にしむら・ひでき1954-2003) 北海道出版企画センター1998/06/20---ISBN4-8328-9806-X

 1999年02月23日、『夢のサムライ 北海道にビールの始まりをつくった薩摩人=村橋久成』 を読みました。

  

 帯の宣伝コピー:
 「北海道 鹿児島 同時出版 開拓使時代を駆け抜けた、ビールの祖・村橋久成 "明治のサムライ"の<夢>と挫折を一切の虚飾を廃して克明に綴る・・・ 日本の近代国家建設の歴史のドラマがここにある」

 著者紹介:
 「1954年、北海道礼文町に生まれ、利尻町で小中学生時代を過ごす。1979年、早稲田大学文学部美術学科卒業後、札幌市に在住し、編集・出版にたずさわる。おもに「地域」をキーワードに、環境・福祉・まちづくり・文化・コミュニティ・メディアなどをテーマにした出版物を手がけてきた。プランナー、コーディナーターとしても活動。
現在、『サッポロファクトリー通信』編集室長、サッポロビール博物館調査員、札幌大学非常勤講師、札幌国際大学「キャリエ」講師などのほか、フリー編集者として活動。」

 この本に関して、私は幸福な読者です。
 昨年同郷の 西村英樹 さんの知遇を得、何度か会ってお話することができました。 「夢のサムライ」 がDTPソフトで編集されている MAC の画面も見せてもらいました。
 圧巻は、本文中でも紹介されている、 村橋久成 の葬儀にまつわる 黒田清隆 らの書簡資料等を、生で見ることができたこと。西村さんが取材の過程で 村橋久成 のご子孫のご自宅で発見したその資料は、100年のときを越え保存されていたもの。その一部を、まさに 村橋久成 がその端緒を開いた サッポロビール の工場近く、西村さんの仕事場で眺めることができたのです(筆で書かれた書簡などなので、戦後民主主義教育を受けた身には恥ずかしながら読みこなせるものではありませんでしたが)。
 ひょんないきさつで、本書読了の翌日、西村さんご本人に約一年ぶりに会う、というおまけもつきました。



 村橋久成 の人となり。そのエキセントリックさ:

 幕末。薩摩島津藩 の家老格の家に生まれ、国禁を破る形で派遣された藩命による英国留学生の一人に。1866年、帰国。
 洋行帰りの知識をかわれ倒幕軍に参加し、日本各地を転戦。箱館戦争 で 榎本武揚 らの恭順に立ち合う。
 薩摩出身者が多数いた 北海道開拓使 の役人となり、1874年に札幌入り。1875年ドイツ帰りのビール醸造人 中川清兵衛 を雇用し、村橋久成 の「ビールの時代」が始まる。
 1881年、開拓使 を辞職。
 1892年、9月神戸で行倒れているのを発見され、その3日後死亡。翌月、その死を知った薩摩時代開拓使時代の仲間の手によって、東京で葬儀が執り行われる。政府要人として長く明治政府の中心にいた 黒田清隆 も参列。

 村橋久成 の53年のその生涯は、幕末から明治期に生きた人たちの中でも、波乱に富んでいるといっていいのではないでしょうか。

 西村さんは、生まれ故郷であり日本の北の辺境であった 利尻・礼文 と、日本の南の辺境であった 薩摩 の比較から 「夢のサムライ」 を書き出しています。
 ともに 利尻山 ・ 桜島 という、高い山のランドマークが存在し、海によって閉ざされているのではなく、海によって世界に開かれていた土地。もっとも利尻のほうは、オホーツク文化 ・ 山丹貿易 の終幕後、外海に扉を閉ざすことになってしまったわけですが。
 ある時代の「終焉」のときには、中央からではなく「周縁」から、新しい時代を生んでいくニューカマーたちが現われるのかもしれません。ダイナミズムを失った中央に対して、外界との接触が多く活性化した「辺境」の人間たちが、異議申し立てをしていく。
 「周縁」「辺境」の思想が、新しい時代の行動原則を生み出していく。

 村橋久成は、「周縁の人」から「中心の人」へ変わっていくチャンスに恵まれながら、変わることに成功した人々に囲まれながら、新しいエスタブリッシュメントに異議申し立てをし続けるかのように、「辺境の人」として死んでいきます。 



 北海道・札幌:

 開拓判官・ 島義勇 が札幌に乗り込んだのは明治二年。
 このときの札幌中心部の人口は「二戸七人」だったそうです。今、ゆうに二百万の人口を擁する 石狩平野 の百三十年前の話。
 将来ここに世界的な大都市が出現するだろう、という意味の歌を詠んだ島さんの予言は的中しました。
 多い時には国家予算の十分の一を費やされたという明治の開拓使は、「辺境」の開発に邁進します。

 新しい土地で、新しい何かを作り出していこうという意志と能力と権力を持っていた人間にとっては、この北海道はまさしく「夢の土地」であったでしょう。
 本場から来た人々に「本物」といわしめたビールを村橋久成が生み出すまで、それほど長い時間を要しませんでした。
 「夢の土地」に辿り着いた「辺境の人」 村橋久成 の恍惚を思うと、羨望の念を禁じ得ません。

 しかし、当然のことながら、「辺境」は急速にその周縁性を失い、中央志向の落ち着いた生活の場となっていきます。
 おそらく日本のいろいろな地方でももっとも中央志向が強く、また経済的にそちらに頼らざるを得ない状況にあるのが、ここ北海道のようです(私は札幌の東に隣接する人口12万ほどの 江別市 でこの文章を入力しています)。
 虎の威を借るなんとかという諺がありますが、 フロンティアスピリッツ を失った「辺境」の住人は、ただ中央の人間のミニチュアになるしかないのではないでしょうか。おりしもこの二三日、商法違反とかで、 北海道拓殖銀行 の元頭取が何人か逮捕されているのですが、その名が示す通り(開拓と植民)「辺境」に生きる人の頼みの綱だった金融機関が、時を経てその志を失ってぼろぼろになった挙句があの破綻劇であったわけです。

 村橋久成 の挫折の原因は、おそらくそのよく言えば純粋悪くいえばかたくなな「周縁性」フロンティアスピリッツにあったのでしょう。
 自己責任(俺がやらねば誰がやる)のもと自己実現(俺にはこれがある)していく過程で、爆発的な力を発揮する「辺境の人」は、その仕事が一段落し、固定化され、事業として確立された途端に、居場所を失ってしまう。

 今一度、この北海道の地を、開かれた「辺境」として、新しい開拓事業ができないものでしょうか。



 飲み屋での西村さん:

 1999年02月24日、西村さんの同級生で、私に西村さんを紹介して下さった、利尻町立博物館 の 西谷栄治 さんが札幌出張中ということで、夜、集まることになりました。
 メンバーは、上のお二人と、お祖父様が大正から昭和の初期にかけて 利尻仙法志(せんぽうし)村 の村長をしてらしたという 鴨下さん (女性)、 北海道埋蔵文化センター にお勤めで利尻礼文の埋蔵品を西谷さんとともに探ったことのある土肥さんと山下さん(女性)、そして私。

 話題は当然利尻島や開拓時代の札幌について。
 暖房のきいたカウンターだけの小綺麗な飲み屋さんでホッケをつまみながら、サッポロビール を。

 明治は遠くなった、のだろうか?

 前日読み終えたばかりの 「夢のサムライ」 を持参し、西村さんにサインをもらおうと思っていたのですが、西村さんは、ちゃんと私のために進呈分の一冊を用意して下さっていたのでした。
 そのサイン:

 田原洋朗様
 夢みる力が宇宙を廻す
 恵存
           西村英樹 1999.2.24





 12時過ぎ、旭ヶ丘の嵯峨氏宅へ。打ち合わせもろもろ。
 2時、札幌医大病院でリューマチの手術を終えその病棟に入院しているMTさん(利尻島の実家のお隣さん)を見舞う。

 リポー/嵯峨「北海道の春・馬頭琴」 ライブの広報グッヅ作りでばたばた。
 ある種の悪循環。肩に力が入り、眉間に皺がより、心が落ち着かない。そういう人間は周囲を楽しませないし、その跳ね返りの「Evil spirits」波動が自分の身に降りかかることも知っているのだけれど。
 音楽というもっとも人の心を和やかにするアートの現場を作ろうとしているはずなのに・・・。
 まあ、信じて進むしかないが。ちょっと休んだほうがいいのかも。一人で旅をしたい。自分でも歌いたくなる音楽を探そう。

 ポルケ同報、西村英樹 「夢のサムライ 北海道にビールの始まりをつくった薩摩人=村橋久成」 。

 ふたたび音楽の話。
 坂本龍一 の 「BALLET MECANIQUE」 って曲が好きなんだよね。
 詩が 矢野顕子 さんと ピーター・バラカン さんの共作で、曲は坂本さん。
 今その前奏部分がNHKの 「未来派宣言」 のCFに使われてもいる。
 いわく:

 ぼくには はじめと おわりが あるんだ
 こうして ながいあいだ そらを みている
 おんがく いつまでもつづく おんがく
 おどっているぼくを きみは みている


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