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19990524 新井素子 『チグリスとユーフラテス』 / 電子本的一日

新井素子 『チグリスとユーフラテス』
   「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

1999年05月09日、『チグリスとユーフラテス』 新井素子 (1960- )を読みました。

* [チグリスとユーフラテス] 新井素子

 帯には:
 「遠い未来の一惑星をめぐる 新井素子の今世紀最高傑作!。
 「遠い未来。地球の人々は他の惑星への移民を始めた。その九番目の惑星「ナイン」に向かう移民船に搭乗したのは、船長キャプテン・リュウイチ、その妻レイディ・アカリを含む30余名の選りすぐりのクルーたち。人々は無事ナインに定着し、人工子宮・凍結受精卵の使用により、最盛期には人口120万人を擁するナイン社会を作り上げる。だが、やがて何らかの要因で生殖能力を欠く者が増加しだし、人口が減少しはじめ、ついに恐れられていた「最後の子供・ルナ」が生まれてしまう。たった一人、取り残されたルナは、怪我や病気のために「コールドスリープ」についていた人間を、順番に起こし始める。最後の子供になると知りながら、母親は何故自分を生んだのかを知るために。また、ナインの創始者でもあるアカリに惑星の末路を知らしめるために。ルナと四人の女たちで語られる、惑星ナインの逆さ年代記。」

 巻末作者紹介には:
 「あらい・もとこ 1960年東京生まれ。東京都立井草高校2年在学中『あたしの中で・・・』で第1回奇想天外新人賞に佳作入選して、作家デビュー。1981年『グリーン・レクイエム』82年『ネプチューン』で、2年連続星雲賞短編部門受賞。83年立教大学文学部独文科卒業。(中略)本作は30冊目の小説にあたる。」


 「絶滅」と「滅亡」。
 似たような言葉ですが、使われる場所は、明確に違います。
 たとえば、トキなら「絶滅」だし、人間なら「滅亡」。その逆の用法はあまり耳にしません。

 なぜ、「人類絶滅」とは言わないのか?
 「絶えた」かどうか、判定しようがない、というのがその理由かと私は思います。自分の種が「絶滅」したかどうかチェックするものが存在するかぎり、その種は「絶えて」いない。が「亡び」ゆく運命も否定できない。そのような場合は「滅亡」かと。

 いまどきのトキ、たいへんですよね。
 終日監視の上、親から食べ物をもらえない、外にも遊びにいけない。
 エッチな気分になっても、誰かを誘惑することもできない。
 死んでしまっても、黙って自然に帰ることもかなわない。
 泣けてきますね。


 ノストラダムスさんは、優れた歴史家であり、人間洞察の術に長けていた人だったのかもしれません。
 1999年という、その暦を使用している人間なら誰しも、ある種の感慨を感じずにはいられないであろう年に、思わせぶりな予言をおっかぶせた。

 人心の惑いを見透かす技。少なくとも1999年までは、自分の名前が忘れさられることはないだろうという計算。
 後世の人間たちはまんまとそれにはめられてしまった。

 人間という生き物が、「滅び」の前兆があらわれていないか始終気にしている動物だということも、ノストラダムスさんは知っていた?


 「絶えることの恐怖」が、人間のあらゆる「アート」を生み出したことは否定できないでしょう。自分が、自分たちがこの世から消えるとき、自分が自分たちが生きた証をどのように残していこう?

 まず、一番簡単なのは、子供を作ることですね。作るに当って、気持ち良いことも多い(制度化・義務化されない場合、その確率は大)。
 老い先が見えてきた人が、自分の子孫を眺める目には、そいういう意味でも切実なものがある。

 財産・名誉・芸術作品。仕事。


 「絶えることの恐怖」から解放されるのに、今最も地道な方法は、科学的な知識を身につけることです。

 生物学の発展は、地球上の生き物がすべてが遺伝子やらDNAやらいうもので組み立てられていくものだということを発見してしまった。その構成物の単純さと、その構成方法の精妙さは、驚くべきもの。

 ヒトという種がわずか数十万年前に発生したものだということを自ら知ってしまった。この種が滅亡しても、遺伝子やらDNAやらが「絶滅」することはまずありえない。まだ望みはある。


 その望みの象徴が「チグリスとユーフラテス」と名付けられた×××。

 この×××が、何か知りたい人は、『チグリスとユーフラテス』読むべし。


 例によって引用を。

 といきたいところですが、今回は引用なし。


 といきたいところですが、おまけ。

 モンテーニュの「予言について」という文章から。

「私はたまに当たるからといって彼らを尊敬しない。むしろ彼らが間違ったことを言うときまっているほうがかえって安全だろう。それに、彼らが間違うのは普通で無数なのだから、誰も一々記録している者がない。もし当たれば、珍しい、信じがたい、奇蹟的なことであるだけに大いに誉めそやされる。そこで無神論者のあだ名のあるディアゴラスはサモトラキア島で、ある人から海難を免れた人たちの奉納額が神殿にたくさんかかっているのを示されて「さあ、どうです。神々は人間のことなど意に介さないとお考えのあなたが、神のお恵みで救われた人がこんなにたくさんあるのを何とごらんになりますか」ときかれると、「それはこういうわけだ。溺れた人たちは絵馬には描かれない。しかもそういう人たちのほうがずっと多い」と答えた。」(『エセー』一76p モンテーニュ(1533-1592) 原二郎訳 岩波文庫 ISBN4-00-325091-5)

新井素子(あらい・もとこ 1960- )  『チグリスとユーフラテス』  集英社1998/11/30---ISBN4-16-354600-6






 BooxBox版「ビルマへの手紙」制作のため、作者の謙東弥(けん・はるや)さんがわが家へ。
 紀行文テキストへの、素材写真の割り付け作業。作者じゃないとできない部分もあって。
 朝の十一時から午後六時まで。

 新潟県の猫乃電子出版、田辺浩昭さんから、「東京国際ブックフェア」で販売委託をお願いしていた「TUVA-トゥバ」の精算一覧表と、多村栄輝さんのポシブルブック倶楽部刊「読書の未来」という小冊子が送られてくる。

 後者は、東京国際ブックフェアでの個人出版電子本の作品カタログや、電子本にまつわるコラム、電子本の「版元・書店」サイトを載せたもの。
 もちろん、BooxBoxも登場。

 こういうネットワークに加えていただけるのはたいへんありがたい。
 田辺さん、多村さん、ありがとう。

 午後三時、『夢のサムライ 北海道にビールの始まりをつくった薩摩人=村橋久成』作者で私と同郷の西村秀樹さんから電話。
 利尻町開基100年誌にまつわるお話。

 利尻町役場NEさんに電話。
 私にも電子本的出番があればありがたいところです。

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