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19990901 池澤夏樹 『むくどりは飛んでゆく』 / 風の盆的偶然

池澤夏樹 『むくどりは飛んでゆく』  「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

   * [むくどり通信 雄飛篇] 池澤夏樹

【1 本と作者のデータ】
  「沖縄に巣をかまえた「むくどり」作家 コザのライブハウスや座間味島の清明祭に顔を出し、年間170日を海外に飛ぶ。ダライ・ラマの説教を聞いても雑念は去らず、インドネシアでさわやかなえびを食べる。」(カバー)
 池澤 夏樹 (いけざわ・なつき)
 「1945年 北海道生まれ。
  埼玉大学理工学部中退。
  75年から3年間、ギリシャに滞在。
  1988年 『スティル・ライフ』で第98回芥川賞受賞。
  1993年 『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞受賞。
  現在  読売新聞に『すばらしい新世界』連載中。
  著書  『夏の朝の成層圏
      『バビロンに行きて歌え
      『マリコ/マリキータ
      『母なる自然のおっぱい
      『南鳥島特別航路
      『ハワイイ紀行
      『エデンを遠く離れて』ほか多数 」

2 私の身に何が?】
■ 資金調達法について考えました
 「まとまったお金」という文章には沖縄の「模合(もあい)」のことが書かれています。
 日本古来の庶民の資金調達法として存在した「頼母子講」「無尽」。それが「模合」という名前で沖縄には残っているのだそうです。

 ポルケ読者エレーナ・ジャマモトさんの名作『南米ホラ話、これでいインカ』にも、こんな文章がありました。

「ペルーの日系人社会には「タノモシ」という集会がある。 頼母子(たのもし)講のシステム(無利子、無担保の民間相互貸し付け)の変形なのだが、現代の日本では耳にしなくなった言葉である。鎌倉時代から始まったといわれる金融制度が、ペルーの日系社会にまだ生きていたのだ。
 タノモシは、インカ時代から続く末裔ケチュア族の、アイユ(親族集団)によるアイニ(相互扶助)によく似ている。タノモシの金銭の融通と、アイニの労働力の交換の差こそあれ、それぞれの家庭の事情や人脈などの情報が交差している様子に接すると、より強い血族の団結を求めているようにも思える。」
(アンデスのクランデリスモ(呪術的世界)より)

 池澤さんの文章を引用しますと

「模合と呼ばれるこの制度を説明しておこう。十人ぐらいで毎月集まって、一定の金額を出す。そしてその月ごとに籖を引いたり、お金が必要な人が名乗り出たりして、集まった金額を受け取る。その人は次の回からは払う額に少々の利子を付けるから、早く落とした人ほど最後までの間にたくさんの利子を払わなければならない。これがいかに盛んかは、沖縄の文具店では「模合帳」という特別の帳面を売っているぐらいだと言えばわかるだろう。」

 いままで自己資金のみで細々とやってきた田原ですが、その方法も今制作中のタルバガン2nd CD までかも。
 これからどう資金調達するべきか考えなくてはならないのですが、私が計画する規模の事業なら、金融機関や公的資金に頼るという方策とはべつに、サポーターシップ的「模合」制度を導入することも可能かと思いました。

 一定金額の制作費援助をお願いし、完成後、ソフトとともにお預かりした金額をお返しする。ソフトが利子になるわけですか。
 CDジャケットには、模合参加者の名前がクレジットされる。
 法的に可能なのでしょうか? 

 それはともかく。
 市民金融の会社が今大繁盛しておりますが、いいのか悪いのか。
 金融機関の再編とともに、一般庶民は「平成の頼母子講」システムを構築していくことも必要なのではないか?

 ネットワーク社会には、そんな新しい社会システムの可能性が眠っているかもしれません。

■ 「コンブロード」について考えました
「二番が那覇、水戸がビリ」という文章には北海道昆布の流通のことが書かれています。
 日本海=北前船航路=昆布の道、に関心を持ち続けてきた田原にはわが意を得たり、の内容。
 池澤さんの文章を引用しますと

「日本の各地での昆布の消費についておもしろい統計がある。塩昆布と佃煮まで含めて最もたくさん昆布を買っているのは富山の市民。煮物用の昆布に限定すれば最大の消費者は那覇の住民。逆に昆布にいちばん縁のない生活をしているのが水戸。」

 日本海の北前船(先日佐渡の音楽集団「鼓童」の音楽祭に参加するため佐渡島まで行ったのですが、鼓童のマンジメント会社は「北前船」という名称でした)航路は、北海道(当時は蝦夷)から世界有数の商都大阪まで、さまざまな物資を運搬したわけですが、特に昆布は、さらに南へ、ついには中国まで流れていったのです。
 琉球を支配化においた薩摩藩が、琉球王国を使っての中国との貿易で莫大な利益を上げ、それが倒幕の資金となったのは有名な話。
 その中国貿易で、実際船を管理していたのは、富山の廻船問屋で、役得で漢方薬の材料を受け取る。富山の売薬さんはその足で日本中の地域情報を収集し、薩摩藩にリークするという、スケールの大きな話。

 その当時からの人の流れが、今の私が北海道に住む由縁に繋がっていくわけです。

 周縁(北海道・日本海側・沖縄)の土地が、元気になることが、この国全体の元気回復につながる、なんて大きくでたいものです。

【4 引用いいとこどり】
■ 「高橋竹三対大工哲弘」@「けんか三味線」- - - - - - -

「(前略)まいったと言いながら、昔々、八重山民謡のこれまた名手大工哲弘が那覇の琉球新報ホールという舞台で高橋竹山さんにコロされかけた話を思い出した。コロされるのはもりろん芸の上の話。竹山さんの津軽三味線と大工の三線で早弾きの技巧を競いあったあげく、大工の方が負けて引き下がった。この一件は沖縄では語りぐさになっている。加賀の山中で竹山さんのお弟子の三味線を聴きながら、なるほどそういうこともあったかもしれないと納得した。
  (中略)
 一方、沖縄の三線はまるで違う。競争の興奮ではなく、場を盛り上げて、踊りを引き出し、そこにいる全員を楽しませるために弾く。共同体の繁栄を祈り、神々を喜ばせ、生きて世にあることの幸福を確かめる。一九七三年のあるコンサートの席で高橋竹山は「三味線を弾くということは辛いもんでありました」と語っているが、沖縄の三線弾きにはこれは理解できない言葉だろう。好きで好きで、おもしろくてしかたがないと思って弾いているうちに腕が上がる。三線とはそういうものだ。
 コロされかけた数日後、大工哲弘は石垣島の会場でやはり竹山さんと対決することになり、今度は島の名曲「とぅばらーま」をゆっくりと延々と弾いて歌って、雪辱を果たした。勝負の姿勢を捨てて、八重山の歌本来の力を悠然と見せた。こういうことができるから歌はおもしろい。」
(14-16P)

□ 血のにじむような努力が、一人の天才を生み出すことはあっても、そこから自然な環境を生まれるということにはならないようです。

■ 「風力発電の風車」@「ナウシカの発電所」    - - - - - - -

「風車と木の写真が載っていたのは『ここまできた風力発電』という本である(松宮 著、工業調査会刊)。タイトルのとおりの正直な内容の本で、要するに風の力で発電しようという技術と計画が今どういう段階にあるか、世界の現状を紹介してある。
 風はいつでも吹いているし、なんといってもただだ。高い重油を燃やして二酸化炭素を出す火力発電や、危なくて後始末も厄介な原子力発電に比べたら、安くて安全でいいことばかり。日本中にこれを並べればいいではないかと、宮古島の風車を見た時に思った。しかし、この本を読んでみると、素人が考えるほど簡単なことではないようだ。
  (中略)
 ヨーロッパには二〇三〇年までに電力の一〇パーセントを風力発電で供給しようという計画があるという。肝心の日本について松宮さんは「遅れているものの、すこしずつ前進している」と書いてある。
 『風の谷のナウシカ』が住む村にはたしか風車が並んでいた。あれと同じように、日本中の小高い丘に大きな風車が立ちならぶ日が来るのだろうか」
(208-209P)

□ 1994年末に書かれたらしき文章。五年の歳月を経て、まだ日本中とはいかないものの、風車の風景が随所で見られるようになりました。


池澤 夏樹(いけざわ・なつき1945- ) 朝日新聞社1995/05/01---ISBN4-02-256848-8


 「PORQUE?」「むくどりは飛んでゆく」。

 富山で風の盆、始まる。
 因縁めいた話になった。

 BooxBox BBSへの自己書き込みの引用。

[AREA]風の盆@富山 投稿者:BooxBox 田原ひろあき  投稿日:09月02日(木)00時11分01秒
  今作りたいなあと思っている音楽作品は、北海道から日本海沿岸、大阪・沖縄をつなぐコンブ・ロード「昆布の道」をテーマにしたもの。
 今でこそ「裏」になってしまった日本海側がかつては物・人・文化の一大流通路だった、ということを、音楽を通して表現してみたい。

 アイヌの音楽に始まって、琉球民謡で終わる、んじゃないかな、きっと。
 演奏される曲は当然、いわゆる民謡になるんでしょうが、もちろん民謡系の人が歌うわけではない。ソウウフラワーモノノケサミットの「貝殻節」が一つの目安。
 あと、タルバガンの「メジェゲイ/こきりこ節」(これはちょっと過大評価?)

 でもって、最近は日本の民謡のCDを図書館から借りてきて聞いてる(セコイ!)
 でもって、ちょっと悲しくなる。それで聞く民謡って詰まらない。
 人口わずか二十数万人のトゥバ民族が「民謡ユニット」フーンフールトゥを生んでいるのに、と思うとなんかもやもやする。

 たとえば「鼓童」なんか一年の三分の一を海外で公演しているそうですが、あの 演奏が日本のルーツミュージックなのか、と聞かれるとちょっとそうは思えない。
 日本人が日本の音楽をやっているにしては、エキソチシズム過多ではないか、という考えが頭を離れない。どんな体力勝負の楽曲も、頭脳労働者の仕事に見え。

 沖縄って、やっぱりすごいと思う。北海道の昆布(確か日高産が多いはず)を、完全に自分たちの食材に発展昇華させてしまったように、自分たちの音楽的なアイデンティティを失わないまま、外来音楽を飲み込んで新しい音楽を作り出す。音楽が完全に生活の一部になっているから、打たれても、音楽から立ち直ってく。

 風の盆のことを書こうと思ったのに・・・。

 今日借りてきたのは「決定版日本の民謡8中部・北陸」ビクター「VICG-2066」。
 胡弓が使われている富山県の民謡が耳につく。「越中おわら節」「麦屋節」「新川古代神」。胡弓はないが、「こきりこ節」「帆柱起し音頭」。
 母方の祖先は富山の出なんだよなあ、と思い起こして、本棚の一冊の本に目が。

 「林秋路板画集 越中おわら風の盆」という本。確か親戚かなんかで、と母親が言ってたっけ、と思いながら奥付けを見ると、発行日がなんとちょうど二十年前、1979年9月1日。おやおやまあまあ、ってんで、母親に事実関係を確認のため電話。
 「風の盆」というと、「そうだ、今日からだ」というではないか。

 なんと越中八尾(やつお)では今日から三日間、風の盆のお祭りの日だとか。
 でまあ、その林秋路さんとは、私が今の自分の娘くらいの歳に、遊んでもらっていたらしい(もちろん、全然記憶なし)。母方の祖父の妹さんの嫁ぎ先だそうで、まあ、それなりに歓迎されたものらしい。

 CDジャケットは秋路さんの板画で決まりだな、って気がはやい(笑)

 たぶん、これはすごい!というような民謡の作品もあることでしょう。私が知らないだけで。みなさん、いい音源があったらどうぞ教えて下さいまし。
 あと、このアーティストがこの曲をやったら面白かろうとか。こんな楽器を使えとか。

 それにしても、富山の胡弓、どこから入って、どうして富山だけに残っているのでしょう。誰か知りませんか? 文楽では使ってますが。

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