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19990911 「ウッドストックの精神」おばちゃん

 レコーディングを終えた等々力政彦氏はさすがにお疲れのようで、遅い起床。
 昨日は保育園に行っていた上の娘とは結局一時間も顔を合わすことがなかった。
 昼前野幌を出て、等々力氏のリクエストにより、JR琴似駅そばの「縁屋(えにしや)」でラーメン。
 千歳発のスカイマーク機での帰阪を送る。
 お疲れさまでした。しかし、例によって車中の会話、楽しかった。

 午後八時、NHK-ETV。
 1969年のウッドストック(で行われた音楽フェスがあって、若者文化の金字塔として伝説化されているのさ)から30年、今年行われた新ウッドストックフェスを通して、この三十年間の若者たちの意識の変化・歴史推移を探ろうというもの。

   * [ディレクターズカット ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間]

 いまだにコミューン活動を続け、子供たちにジャグリング芸を教えるキャンプを開く、コメディアンのおじさん。
 当時は反体制的であってものの、ネパール等アジア諸国での医療NGO活動を通して世の中のシステムの姿に気付き、コンピュータネットワーク会社の経営者として世界に関わる男性(「当時の若者たちはナイーブすぎた。結局、アメリカの伝統・祖先が築いた経済的繁栄があってこそ、我々がヒッピーになることができた」という述懐が印象的。同時に今だに先のNGO団体への多額の寄付を欠かさない)。
 あの「ホール・アース・カタログ」の編集に関わった男性。
 そしてやたら「ウッドストックの精神」という言葉を連発するリサ・ローおばさん。

 リサ・ローさんは、カメラウーマンとして今回のウッドストックに参加。
 ウッドストック後、コミューン生活を経、子育てを終え、ニューメキシコの荒野の中で一人「エコ」生活を行っている。
 1999年ウッドストックの会場では、放置されたゴミの多さにあきれ、自発的にカートを運転しゴミ袋の配布を始める。彼女の「ウッドストックの精神」に従って。他人を思いやる心、それが「ウッドストックの精神」で、この三十年間でその精神は断ち切れたかもしれないという思いとともに。
 フェス終盤、一部観客が「売っている水の値段が高い」という理由で暴徒化。リサ・ローおばさんの悩みはつきない。

 映像の力で、単純な事実がわれわれの前に提示される。
 それは三十年たったら、われわれも三十、歳をとるということ。
 三十年後、みたび目のウッドストックが開催されたなら(おそらく行われないだろう)第一回目の参加者の過半はもうこの世にいないかもしれない。
 「ウッドストックの精神」おばさんを半ば笑いながら見つつ、その精神がこの世の歴史に痕跡を残している事実に改めて気付いて、不思議な感じがした。

 だいたいわざわざそんな番組をよって見るなんて、「ウッドストックの精神」に多少なりともとらわれている証拠ではないか。

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