« 20000308 海外通販への道 | トップページ | 20000310 青色吐息申告 »

20000309 ダニエル・キイス 『アルジャーノンに花束を』 / 死とは電子掲示板に書き込みできなくなること

ダニエル・キイス 『アルジャーノンに花束を』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

ダニエル・キイス(Daniel Keyes 1927- ) 早川書房1999/10/15----ISBN4-15-110101-2

   *

【1 本と作者のデータ】
 「32歳になっても幼児の知能しかないパン屋の店員チャーリイ・ゴードン。そんな彼に、夢のような話が舞いこんだ。大学の偉い先生が頭をよくしてくれるというのが。この申し出にとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に、連日検査を受けることに。やがて手術により、チャーリイは天才に変貌したが・・・超知能を手に入れた青年の愛と憎しみ、喜びと孤独を通して人間の心の真実に迫り、全世界が涙した現代の聖書(バイブル)」(カバー)
 ダニエル・キイス(Daniel Keyes)
 「1927年ニューヨーク生まれ。ブルックリン・カレッジで心理学を学んだ後、雑誌編集などの仕事を経てハイスクールの英語教師となる。このころから小説を書きはじめ、1959年に発表した中篇「アルジャーノンに花束を」でヒューゴー賞を受賞。1966年にはこれを長篇化した『アルジャーノンに花束を』でネビュラ賞を受賞した。その後、オハイオ大学で英語学と創作を教えるかたわら執筆活動を続け、『五番目のサリー』『24人のビリー・ミリガン』などを発表。現在は教職を退き、フルタイムの作家生活を送っている。フロリダ州ポカ・ラトン在住。」
版元 早川書房 1999/10/15 ISBN4-15-110101-2

【2 キイワード】
■ 「死とは電子掲示板に書き込みできなくなること」
 「死とはモーツァルトが聞けなくなることだ」と、かのアインシュタインさんの従兄弟、音楽学者でモーツァルト研究者のアルフレート・アインシュタインさんが言ったそうです。
  JAVASCIPT AND HTML AND MORZART http://village.infoweb.ne.jp/~fwga0010/
というホームページを運営されていたT先生の死を、T先生が管理人の電子掲示板の書き込み(もちろんご本人ではありません)で知りました。
 昨年、ある彫刻家の個展で偶然知り合ったTYさんが、T先生が指揮者を務める市民楽団のコンサートマスターをされていて、その方の紹介でT先生とお会いすることになりました。
 場所は、昨年春開校したばかりのデジタル系専門学校。T先生はそこの校長の職にあり、「いい講師がいなくて」というT先生の言葉をよく聞かされていたTYさんが、ぼくのことを推薦してくださったもの。

 講師着任のお話をすすめてくださるはずのT先生が病(膵臓癌)に倒れたこと(というかぼくの実力では結局勤まらない仕事だったでしょうが)で、話は伸び伸びになり、昨年末の二度目の面談で、「保留」を言い渡されました。

 当時ぼくの父はすでに治療不能の末期癌で病床にあり、それに比べ、T先生よく回復されたなあと思い、その健在ぶりを、ときどき掲示板を眺め喜んでいました。
 その掲示板を久しぶりに見たのはつい一時間ほど前。先月末にお亡くなりになったと、教え子らしき人が書き込んでいました。ご冥福を。

 上のURLにアクセスしてみました。つながりました。JAVASCIPTで書かれたであろう、カレンダーは正確に3月9日をさし、アクセスカウンターはカウントを続け・・・。
 「teacup」の無料掲示板も誰かが書き込みを続ける限り、消滅しない。

  正直言って、自分が書き込めない電子掲示板が、自分のいないまま継続されていくことを考えると、ゾっとします。おかしな「死の恐怖」。
 そういったある種の、現実の残酷さを生きながら体験することになった青年の話が、「アルジャーノンに花束を」です。

 世界的な大ベストセラーであり、有名な作品ですから、お読みになった方も多いことでしょう。
 なぜ、この本がそんなに長く強烈に人々に愛されることになったのか。

■ 「モーツァルトが聞けなくなってもいいじゃないか」
 ぼくがこの本を読むきっかけは、病床の父に与えられました。
 末期癌であることを告知され、自分の死期も薄々悟っていながら(あるいはそれゆえに)、最後まで好奇心を持つことを忘れなかった父は、NHKの「クローズアップ現代」に登場したダニエル・キイスさんを見て、ぼくに「アルジャーノンに花束を」を買ってくれと頼んだのでした。
 ベッドの枕元の「アルジャーノンに花束を」は結局読まれることはありませんでしたが。
 仮通夜の夜、葬式の日の夜(12月30日でした)、そして2000年問題の大晦日「アルジャーノンに花束を」を読みながら、Y2Kを迎えました。

 なんでもできるようになったチャーリイの結末での「退化」は幸せなものでした。
 超知能の天才が、知恵遅れの青年にもどる過程で、その残酷さから、完全解放されるのですから。
 この本が長く愛されているゆえんでしょう。

 賢い人間でいつづけるのも大変。なんでもできてみんなに期待される人はもっと大変。なんでもできるから、なにかをみつける時間もない。
 これは現代人なら、だれしも多少は持つ悩み。だれしも賢くならなければ、というプレッシャーを受けている。

 でもそれってほんとにそう? という軽やかな異議申し立てが「アルジャーノンに花束を」のなかにはあります。

 さて。

 自分は自分が聞けるだけのモーツァルトを聞いた、と思ってアインシュタインは逝ったのでしょうか。そうであってほしい。

 幸い、父は母に「幸せだった」と言ってから逝ってくれたようです。
 これは有難い。本当にエライと思う。
 「見るべきほどのものは見つ」の境地だったのかもしれません。

 ぼくは「掲示板の恐怖」から解放された状態で、その日を迎えることができるでしょうか。
 無理かな。
 ま、それはそれでいっか! という境地に運んでいってくれるのが、この「アルジャーノンに花束を」かも。

【3 ネット上で知る】
■ http://in.flite.net/~dkeyes/
 Daniel Keyes ホームページ。
 講演・サインの告知ページを見る限りでは、キイス先生、けっこうまめに動いている。三月十二日はマイアミビーチだ。

【4 引用いいとこどり】
■ 早川書房から昨年「ダニエル・キイス文庫」が刊行されました。
 その「日本語版文庫への序文」から。

「チャーリイはこう述べている。「知能は人間に与えられた最高の資質のひとつですよ。しかし知識を求める心が、愛情を求める心を排除してしまうことがあまりにも多いんです・・・これをひとつの仮説として示しましょう。すなわち、愛情を与えたり受け入れたりする能力がなければ、知能というものは精神的道徳的な崩壊をもたらし、神経症ないしは精神病すらひきおこすものである。つまりですねえ、自己中心的な目的でそれ自体に吸収された、それ自体に関与するだけの心、人間関係の排除へと向かう心というものは、暴力と苦痛にしかつながらないということ」」(8-9P)





 8日深夜、何気なく電子掲示板の巡回閲覧をしていて、T先生の死をT先生の電子掲示板で知る。
 もちろん、その死の報告は、他人の(T先生の教え子らしい)書き込み。

 三か月近く書けないでいた「PORQUE? Book Review」、 ダニエル・キイス 『アルジャーノンに花束を』 の巻を、書く。
 T先生のことも書いた。
 アインシュタイン にとって、死とは モーツアルト を聞けなくなることだったが、いまのわれわれには、死とは自分の電子掲示板に書き込みできなくなることなのだ。

 平成十一年度青色申告、書類を税務署に提出。

 『冠婚葬祭』 宮田登 (岩波新書 1999/09/20)ISBN4-00-430630-2、読了。


|

« 20000308 海外通販への道 | トップページ | 20000310 青色吐息申告 »

12 ポルケ?ブックレヴュー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/6458/6486483

この記事へのトラックバック一覧です: 20000309 ダニエル・キイス 『アルジャーノンに花束を』 / 死とは電子掲示板に書き込みできなくなること:

« 20000308 海外通販への道 | トップページ | 20000310 青色吐息申告 »