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20000710 小林信彦 『現代<死語>ノートⅡ』 / 手紙を書く

小林信彦 『現代<死語>ノートⅡ』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

【1 本と作者のデータ】

 『現代<死語>ノートⅡ
  岩波新書 2000/01/15 ISBN4-00-430651-5

   * [現代“死語”ノート〈2〉1977‐1999] 小林信彦

 「二十年前のあなたは<フィーバー>それとも<それなりに>?<花キン>の賑わいから、<同情するなら金をくれ>が出てくるバブル後へと、激しく変貌する社会をもっともよく映した流行語を、ユーモアたっぷりに描いていく同時代観察エッセー。一九七七年から九九年までをおさめた、待望の続篇。ほんのきのうのことを、見つめてみませんか。」(カバー)
 「本書に収録された言葉 翔んでる~/フィーバーする/それなりに/なめ猫/逆噴射/新人類/レトロ/花キン/リゾート法/下血/おやじギャル/イチゴ世代/3K/ほめ殺し/同情するなら金をくれ/アムラー/メークドラマ/たまごっち/不適切な関係/だんご3兄弟・・・・・・」
(帯)

 小林 信彦(こばやし・のぶひこ)
 1932年東京・東日本橋生まれ。
 1955年早稲田大学文学部英文学科卒業
 現在-作家
 小説 『唐獅子株式会社』(新潮文庫)
    『ちはやふる奥の細道』(新潮文庫)
    『ぼくたちの好きな戦争』(新潮文庫)
    『怪物がめざめる夜』(新潮文庫)
    『イーストサイド・ワルツ』(新潮文庫)
    『ムーン・リヴァ-の向こう側』(新潮社)ほか
 評論 『日本の喜劇人』(新潮文庫)
    『一少年の観た<聖戦>』(筑摩書房)
    『和菓子屋の息子』(新潮社)
    『人生は五十一から』(文芸春秋)ほか



【2 キイワード】

■ 「<町殺し>」 -----

 「1987年(昭和62年)
 この年の出来事は、なんといおうと、田中角栄の<列島改造計画>時をはるかに超えた地価の高騰である。(中略)
 世田谷区、目黒区は、この年、平均上昇率が四〇パーセントを超したというが、ことは役所の数字で、現実はもっと高い。ぼくは世田谷区のはずれに住んでいるが、この辺りでさえ坪六百万円を超えていた。もちろん、銀座、新宿の目抜きの場所は、坪一億円を突破した。
 値上がりだけでなく、不動産業者と暴力団がビル用地を探して、土地を買いあさる--いわゆる<地上げ>が横行し、都心の個人住宅や商店は立ち退きを余儀なくされた。都心の夜間人口が減り、放火、詐欺が多くなった。<地上げ>がらみの殺人も珍しくはなかった。
 東京オリンピック、列島改造に続く三度目の<町殺し>が東京を襲った。」
(本文87-88P)

 1997年刊の『現代<死語>ノート』では、<もはや戦後ではない>という流行語の出た一九五六年から一九七六年(ロッキード事件の年)までの「死語」をカバー。 2000年刊の『現代<死語>ノートⅡ』では、副題「-1977~1999-」と一九四五年から一九五五年の「死語」を紹介。
 かくして、首都で生まれ育った小説家が、戦後日本を「死語」を通して見通す、「歴史書」が完成。

 楽しみながら、ときに笑いときに怒りを感じ、一読できるありがたさ。
 新書には珍しく、二冊とも索引付。Ⅱには二冊分の主要人名索引も付いて、これで資料(史料?)性もぐっと増しました。

■ 日本語の現場「すっとこどっこい」-----

 1999年(平成11年)の最後を飾る(死後間もない?)死語は、「すっとこどっこい」。

 「<すっとこどっこい>
 はるか昔に死滅して、落語の中にだけ残っていた<馬鹿野郎><間抜け>の意味の言葉だが、近年、十代のアイドルが「すっとこどっこいのこの私が・・・・・・」と喋るのを耳にするようになった。
 一方、大川興業総裁・大川豊は「週間プレイボーイ」に。「政治の現場すっとこどっこい」を連載中であり、十一月二日号で西村真悟(当時・防衛政務次官)から「核武装の準備を討論・・・・・・」云々の発言を引き出し、西村が辞任する羽目になった。
 これぞ、<死語>の逆襲、効用というべきか。」
(本文200-201P)

 日本語はフレキシビリティーに富んだ言語なのだ、と前向きに考えるべきか、「すっとこどっこい」な言語と認識するべきなのか。日本語(つまりは日本人)とはなんなのか、考えさせられる一冊です。

■ オタク「カルト」「系」の先駆者小林信彦-----

 いまは新潮文庫で入手可能な『日本の喜劇人』。晶文社の単行本『定本・日本の喜劇人』しかなかった頃、『日本の喜劇人』はまさしくオタク「カルト」「系」の本でした。(実は私も単行本・文庫本双方を十回近く読んだ人間です)

 <カルト>について書かれた<カルト>的一文。1992年(平成4年)

 「<カルト>
 実はかなり古い言葉で、たとえば「カルト・ムーヴィー」というアメリカの大判の本は、<一般に評価されていないが実は有識者に支持されている古今の映画>を集め、ぼくの知る限りで、1、2、3と三冊出ている。中には、フランク・タシュリン監督の「女はそれを我慢できない」のような、文字通り、ごく一部の熱狂的支持者をもつ作品も含まれている。cultには<崇拝><あこがれ><信仰>の意味がある。
 日本で一般化したのは、フジテレビのクイズ番組「カルトQ」がきっかけで、きわめて特殊な、特定の知識を競うものだった。(たとえば、トイレの一部を見ただけで、そのデパートの名を当てるような。)おたく的な大衆に対して番組が成立する見本でもあった。
 本来の意味合いでの、カルト作家、カルト監督といった言葉も巷で使われた。ただし、オウム事件以後、<カルト>は肯定的な響きを失う。」
(131P)



【4 引用いいとこどり】

■ 実は小林信彦さんは「河合美智子」ファンだった?1997年(平成9年)。

 「<オーロラ輝子>
 主演映画まであるわりに地味な河合美智子が、大阪の演歌歌手<オーロラ輝子>として歌う「夫婦みち」はNHKの連続テレビ小説「ふたりっ子」の劇中歌である。
 いかにもの衣装と、ど演歌のパロディ寸前の歌が演歌不振の時代にヒットして、本物の「紅白歌合戦」に出場するにいたった。もちろん、<オーロラ輝子>として。
 こうなると、相米慎二監督の「ションベンライダー」に始まり、澤井信一郎監督の「恋人たちの時刻(とき)」のヌードシーンを経てのアート・フィルム、インデューズ映画出演のキャリアはどうなるのかという気がするのだが、<オーロラ輝子>の輝きがすべてを圧してしまう。NHKの他のドラマにも<オーロラ輝子>で出てきたのは、何をかいわんやであった。」
(182-183P)



 「北海民謡の父 -今井篁山(こうざん)の生涯-」著者の藤倉徹夫さんに手紙を出す。
 藤倉 徹夫 様
 はじめまして。
 私は、野幌東町在住の田原洋朗と申します。
 先日、藤倉様のお書きになった『北海民謡の父 -今井篁山の生涯-』を拝読し、大変感銘を受けました。
 そのことをお伝えしたかったこと、また今井篁山その人への興味もわき、藤倉様にさらに今井篁山についてご教示いただければと思い、このように突然のお便り差し上げる次第です。どうぞご無礼お許しください。

 さて、私は今、電子出版物の企画・制作・販売を仕事にしております。
 それらの業務のなかで、民族音楽のCDの制作も行っているのですが、このたび、プロデューサーとして若手津軽三味線奏者のソロデビュー作を作ることとなりました。
 日本の民謡に関する知識がほとんどないことに今更ながら気づき、音源・資料等いろいろあたっているうちに、藤倉様のご本にめぐり合いました。しかも、その題材となった今井さんは、この江別に大いに縁のある人ではありませんか!

 そのようなわけで、謡い手としての今井篁山、プロデューサーとしての今井篁山、江別の人今井篁山、それぞれに興味を感じております。
 まことに勝手なお願いではありますが、藤倉様のご教示をいただければ、と思っております。お忙しいこととは思いますが、ご連絡いただければ幸いです。

 ますますの、ご健康ご活躍をお祈りいたします。

2000年7月10日

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