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20000718 佐藤雅彦・竹中平蔵/青木雄二・宮崎学『経済ってそういうことだったのか会議』&『土壇場の経済学』 / 二年目のギリヤーク尼崎さん

   * [経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)] 佐藤雅彦・竹中平蔵

   * [土壇場の経済学] 青木雄二・宮崎学

佐藤雅彦・竹中平蔵/青木雄二・宮崎学『経済ってそういうことだったのか会議』&『土壇場の経済学』
 「ポルケ・ブック・レビュー http://www.booxbox.com/porque/」 より

【0 田原の読後コメント】

 経済(学)音痴の私(田原)でも、最後まで読み通せた二冊。しかも楽しみながら。二冊比較して読むと、一冊読むだけより、三倍面白い。
 『経済~』がベストセラーになってるってことは、みんなもやっぱり、経済のこと知りたいんだけどとっかりがない、状態だったのね。



【1 本と作者のデータ】

●『経済ってそういうことだったのか会議
 日本経済新聞社 2000/04/03 ISBN4-532-14824-3
 「あの竹中平蔵と、あの佐藤雅彦が この地球(ほし)の経済をやさしくするどく解き明かす、新・経済の入門書。
 3つの得 竹中語録+佐藤雅彦の経済マンガ+経済基礎用語説明」
(帯)

 佐藤 雅彦(さとう・まさひこ)
 1954年生まれ。東京大学教育学部卒。電通クリエイティブ局などを経て、94年独立。現在TOPICS代表。99年より慶應義塾大学教授。
 90年クリエーター・オブ・イヤー賞、90.91.92年ADC賞受賞。著書に『Kino』『佐藤雅彦全仕事』(マドラ出版)『クリック』(講談社)ゲームソフト『I.Q』(ソニー・コンピュータエンタテインメント)など。

 竹中 平蔵(たけなか・へいぞう)
 1951年生まれ。一橋大学経済学部卒。日本開発銀行、大蔵省財政金融研究所研究官、ハーバード大学客員准教授、大阪大学経済学部助教授等を経て、現在、慶應義塾大学教授。サントリー学芸賞、エコノミスト賞など数多く受賞。
 著書に『対外不均衡のマクロ分析』(東洋経済新報社)『日米摩擦の経済学』(日本経済新聞社)『ソフト・パワー経済』(PHP)ほか多数。

●『土壇場の経済学
 幻冬舎アウトロー文庫 2000/04/25 ISBN4-87728-871-6
 「大量失業、倒産、自己破産、自殺者急増・・・・・・いったい日本はどこまで悪くなる!? 社会の裏の裏まで知りつくした二人が、経済の仕組み、カネのカラクリを徹底解剖。金貸しとの攻防、破綻寸前住宅ローンの起死回生策、資産形成の方法などを過激かつ具体的に伝授。国も会社もアテにできないこの時代、家族と自分を守り抜くには、もはやこれしかない。」(カバー)

 青木 雄二(あおき・ゆうじ)
 1945年京都府生まれ。岡山県立津山工業高校土木科卒。
 代表作に大ベストセラーとなった『ナニワ金融道』。主な著書に『ナニワ金融道』『ナニワ資本論』など。

 宮崎 学(みやざき・まなぶ)
 1945年京都のヤクザの息子として生まれる。早稲田大学方極ブ中退。
 主な著書に『突破者』『突破者の条件』『不逞者』など。



【2 キイワード】

■ 「だんご3兄弟」「ワールドビジネスサテライト」 -----

 「だんご3兄弟」「パザールでござーる」の広告クリエーター・佐藤雅彦さんが、今の日本を代表する経済学者竹中平蔵さんと、経済の話をしたい! ということで生まれた『経済ってそういうことだったのか会議』。

 佐藤雅彦さんの質問は的確。竹中平蔵さんの返答は明解。
 遊びも工夫もたっぷりあって、ベストセラーは当然か。

■ 「キツネ目の男」「ナニワ金融道」 -----

 森永・グリコ事件「キツネ目の男」と決め付けられて、警察の執拗な取り調べを受けた宮崎学さんと、「ナニワ金融道」で大金持ちになった青木雄二さん。ともに、自分の会社を倒産させ、借金地獄を経験した、関西人。しぶとい。見習いたい。金のことで自殺なんかしてられないゾ。



【3 ネット上で知る】

http://miyazakimanabu.com/
 宮崎学ホームページ。一見の価値あり。

http://www.masahicom.com/
 佐藤雅彦「TOPICS」ホームページ。洗練されてます。

http://www.tv-tokyo.co.jp/bangumi/wbs/
 TV東京「ワールドビジネスサテライト」ホームページ。
 平蔵先生がコメンテーターをしている番組。



【4 引用いいとこどり】

■ 実は、竹中平蔵さん、関西の商売人の息子さんだったんだって。

「●大企業の部長より小企業の社長---「世の中は自分の目で見ろ」
 竹中 「自分の目で世界を見ろ」ということなんですよね。「自分の目で世界を見て、自分の目で世界を組み立てろ」。それはまさに、佐藤さんがおっしゃったイメージングだと思うんですね。私がある政府系の銀行に勤めていたときに聞いたことで非常に印象に残ってるのは、「経営者というのは、どんな小さな会社の経営者でも、自分で世界を見る目を持っている。だから、尊敬しなければいけないんだ」という言葉なんです。まだペーペーのときでしたけど、まったくその通りですよね。

 私も少ないながら何人かの社長のヒアリングをさせて頂きましたが、そんなに大きな会社じゃない社長でも、大企業の部長に比べたら全然世の中を見てますよね。それがイメージですよ。「これからどうなるんだ」と。それはリスクを負ってる人の真剣さですよ。

 これに関連する面白い議論があります。たとえば「消費税を大蔵省が通す」というとき、最後の最後、誰を説得するかというと、経団連じゃなく大阪財界なんです。大阪財界の人というのは、一匹狼が多いんです。どちらかというと「オーナー的」な人が多い。ノーベル賞をとった人が何と言おうと、そんなこと関係ないわけです。自分が納得しないものには絶対に首を縦に振らない。「ナニワの商人」の血を引いた人たち。だから、大阪財界の賛成を得られるかどうか、最後の最後まで彼らは心配してたんですね。」
(「起業とビジネス」295-297P)

■ 銀行のTV CF が消えて、消費者金融のTV CFばかり目につく訳。
「サラ金は、今や完全に市民社会に受け入れられ、市民生活には不可欠の存在になった。その急成長、急変貌の秘密は何か。

 「ウォールストリートジャーナル」が指摘しているように、銀行や生命保険などのメジャー金融機関が、国の保護の下で無競争に近い横並び経営を続けてきたのと正反対に、サラ金は国からのなんの援護もなく、しかも世論の袋叩きにあいながらも、独自で編み出した貸し出し・回収ノウハウを武器にして市場を開拓してきた。要するに、武富士などのサラ金だけが資本主義をやってきたのである。サラ金は私のかつての天敵ではあるが、この点は立派なものだと思うのだ。

 ひと昔前、どこの銀行でも三角形のマッチをサービス品として無料提供していた。大蔵省の行政指導は徹底したもので、銀行が客に提供するサービス品の中身にまで口を挟む。どこかの銀行のMOF担が「マッチなどいかがなものでしょうか?」と大蔵省の幹部に伺いをたてたところ、「マッチねえ。どうせ作るのなら三角形のマッチなんか面白いんじゃないか」。

 この一言で、全国の銀行が同じような三角形のマッチを配りまくることになったのだそうだ。銀行がこんなバカなことをやっている時、サラ金は試行錯誤したサービス品を、深夜まで駅頭で配っていたのであった。

 ちゃんと苦労して伸びてきた企業は世界に通用するものになる。現に、なんの庇護もなく独自の才覚でのし上がってきた点や金へのこだわり方など、日本のサラ金はアメリカの金融機関に極めて近い体質を持つに至っている。規制緩和による競争原理・市場原理の導入がビッグバンだとすれば、サラ金はとうの昔からそんなことはやっていたのである。

 だが、サラ金が躍進した決定的な要因は、徹頭徹尾無担保融資に徹した点にあった。人間というのは、もらえるものはひたすらもらいたがるが、その代償は支払いたがらないのである。さらに、代償がなくていいとなれば、必要でないものまで欲しがるものなのである。無担保融資は、人間のこうした心理をたえまなく刺激する。

 (中略)

 「決済先送り」のシステムに加えて無担保融資。これが借金に追い打ちをかけ、知らず知らずのうちに人を借金地獄へと引きずり込んでいく。現代資本主義の大量生産・大量消費を支えるために編み出されたこの新たな決済・融資システムが、一方で、真綿で首を絞めるように借金地獄を仕組んでいくのである。」
(第一章 「仕組まれた借金地獄」から、宮崎学「ソニーと武富士、儲けているのはどっちだ?」)

■ 「市民」にできることは「危機意識」を先送りしないこと?
 「竹中 日本は大変だ大変だと言ってるこの最中、成田空港は日本人でごった返してるわけです。あの喧騒を見た私のアメリカ人の友だちが、とうとう日本人が経済危機のため、国外逃亡を始めたと思ったんです。私が、彼らはバケーションに行くんだと説明しても、最初は信じてくれませんでした。

 今の日本国民の所得は、バブルのピークの頃に比べて一〇%上がっているんですよ。GDPにして五〇〇兆円、一二〇〇兆円の資産を失った国の所得水準が上がっているんです。不況なのが問題じゃないんです。それに対して何の調整もしてこなかったのが問題なんです。韓国でもインドネシアでもタイでも、経済危機の間に、国民は所得を二割くらい下げてるんです。日本だけが一〇%上がっている。日本というのは、これだけの資産を失っている間にも、所得が上がっているという世にも珍しい国なんです。言い換えれば、それだけの経済力があったということです。これだけの経済危機があっても揺るがないほどの体力があった。不況に伴ういろいろな問題を解決するだけのリソースを持っていた。お金も人材もあったということなんです。それなのに、この一〇年間、何の調整もしてこなかったわけです。今からでも、この資産デフレに対応するための調整をしなくてはいけないのに、みんな、問題を先送りしようとするんです。

 佐藤 その「失われた一〇年」に関しても、一般的には関心が低い気がします。韓国で経済危機が起きたとき、みんな自分が持ってる貴金属類を国に供出したり、外貨を使わないように外国旅行は自粛したりって、それこそ国民一丸となって国を再建するぞっていう意欲に燃えてたように見えたんですけど、日本ではそういうことは起こりませんよね。国が大変だ大変だって騒いでいても、それはそれとしてハワイに行く人も多いですよね。僕は今は不況不況と言っても、何かまだ今までの惰性で十分な暮らしができるぶん、かえって僕たち日本人が真剣になれないという気がしています。日本が今、こんな岐路に立たされている状況になってもまだ油断している僕たちの気持ちが一番良くない気がします」
(「競争か共存か」351-353P)





 午後、のしろや秀樹さんとお話する。
 北海道で活躍する、TVレポーター・ラジオパーソナリティー・シンガーソングライター。

 午後七時から、江別市「ドラマシアターども」で、ギリヤ-ク尼崎さんの大道芸を見る(雨天のため室内でのパフォーマンスとなったが)。
 上の娘五歳を連れて、満員の会場に入り、本来の舞台スペース上に、場所を確保する。ギリヤ-クさんの舞踏スペースをぐるりと観客が取り囲む形。
 昨年の公演に続いて二度目の見物なんだけれど、今回は、ギリヤ-クさんの衣装・小道具かばんのすぐ横に座ったので、息の荒いまま、演目ごと着替えをし集中を高める、その横顔を眺めることができた。
 その芸が優れたものなのかどうか、実は自分でも判断できないのだけど(「芸」なのか、という根元からも疑問もあって)、 70歳になろうという人間が「大道芸」を続ける姿勢には、やはり圧倒させられるものがある。

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