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20050827 「はた」(傍)「らく」(楽)・イサム・ノグチ・坂田栄一郎

 毎週一度届く、田坂広志さんからのメルマガ「風の便り」。その第175便「言葉に宿る思想」文、印象に残る。
 「「営利追求を目的とする、起業家ではなく、/社会貢献を目的とする、社会起業家をめざす」//思わず肯いてしまう、/これらの言葉。//しかし、静かに考えてみるとき、/一つの疑問が、心に浮かびます。//「働く」ことの目的は、/「営利追求」と/「社会貢献」に分かれるのか。//その疑問を心に抱くとき、我々は、/日本語の「働く」という言葉が/実は、素晴らしい言葉であることに/気がつきます。//「はた」(傍)を「らく」(楽)にする。//「働く」という言葉には、すでに、/「社会貢献」の思想が宿っていたのです。」 メンター・コミュニティ 「未来からの風フォーラム」

   * [イサム・ノグチ生誕100年 (エクスナレッジムック―X-Knowledge HOME特別編集)]

 「イサム・ノグチ」札幌ツアー当日。一人、車で、札幌芸術の森美術館へ。午前十時過ぎ到着。台風の影響もなく好天。
 盛況。モエレ沼公園のグランドオープンにあわせての開催ということもあるのだろう。

 持参のフライヤによれば:「エナジー・ヴォイド、水上設置 高さ3.6メートル、重さ約17トンにも及ぶ巨大な作品<<エナジー・ヴォイド>>がはるばる四国・牟礼のイサム・ノグチ庭園美術館から北海道へと渡ってきます。牟礼では蔵に鎮座するこの作品、札幌では池の上に浮かぶように設置される予定です。宇宙的な静けさを帯びつつも、その虚空(ゼロ)から無限に溢れる激しいエナジーをぜひご体感ください。」とのこと。
 水上「エナジー・ヴォイド」、遠くから目につく。も、間近に寄って見ることもならず、「激しいエナジー」を体感できず。フライヤにでかでか載っている、牟礼の蔵の中の写真のそれのほうが、水上の現物よりそれらしいような・・・。
 草間弥生さんのときの、赤白水玉オブジェの水上展示は、大成功だったと思うけど。あれは「浮遊感」を感じさせてもいいものだったし。
 「浮遊感」のある石? 地面にめり込むような石にこそ、エナジーは感じられるのでは?

 館内第一室で紹介されるのは、モエレ沼公園のジオラマとある写真家さんの写真群。それ自体は悪くないんだけど、確かにモエレ沼公園が今あるのはイサム・ノグチのしわざなんだろうけど、いかにご当地とはいえ、まずこれかよ、という印象。イサム・ノグチのオリジナル作品群を見たあとに見せられたら、それはそれでまた印象が変わったのだろうけど。
 それ以降順次見ていくも、出品作品全46点中、模型・ワークシート類がかなりの比率を占め、いささか欲求不満に。

 二度ほど、巡回して、早々に退出。今後も、イサム・ノグチ作品を、イサム・ノグチさん自身がそこに置かれることに同意した場所で見ることにしよう、と決意。
 ということで、次回の「イサム・ノグチ」ツアーは、9月24-27日。大阪・万博公園の噴水から四国・牟礼町のイサム・ノグチ庭園美術館(エナジー・ヴォイドはまだ旅の空の下かも)と高松空港の「タイム アンド スペース」見学を誓う。

 ちなみに、屋外におかれている「エナジー・ヴォイド」も写真撮影禁止(館内はもちろん禁止)。タグをつけた係員さんが多数、池の周囲に立って監視を続けている。
 こちらは勝手に、その場所に置かれた「エナジー・ヴォイド」の画像・映像がなんらかの形でコンテンツ化されることになっていて、その「権利」の主張・保護の目的なんだろう、と推測する。草間さんのとき(また礼に持ち出して申し訳ないが)は、写真とり放題だったと思うのだが。

 彫刻に手を触れることも禁止。これにも非常に不満。フラジャイルな絵画類ならともかく、彫刻は人の手に触れられてこそ、と思うんだが。手に触れて、石の肌合いを感じて初めて、その作品を理解するということもあるだろうに。目の前の立体が美しく力感があるものであればあるほど、触ってみたいと思うのが、人間の「自然」な心というものでしょう。そんな気持ちもわからないような展示、見たくもないや、みたいな。イサム・ノグチさんは全然悪くないんだけど。

 芝生に置かれた、和泉正敏さんの石の彫刻三作品が、イサム・ノグチの作品と対照的に、鋭角的で面白かった。

 正午前に、芸森を離れる。
 ちょっとした用足しをし、大通公園のイサム・ノグチさんの作品「ブラック スライド マントラ」を見る。こちらは、なんとか展の一環というようなものでもなく、いつも大通公園のそこにある。
 土曜日のお昼で、当然家族連れが集い、子供たちは「ブラック スライド マントラ」すべり台を大いに楽しんでいる。もちろん、写真撮影しようが、触りたいだけ触ろうが、お構いなし。子供たちも、それが世界的芸術家の作品である、などという意識もなく、遊びたいから遊べるオブジェだから延々飽きるまで遊んでいるわけで、これは「自然」で「健全」。ほっとする。
 芸森の「エナジー・ヴォイド」だって、芝生にどんと置いて、子供の遊具にしてしまえばよかったのだ、と勝手に思う。偉い芸術家の作品を、その評価ごと「内地」から持ってきて、崇め奉るのもいいが、そのエナジーを子供たちに肌で感じさせて、北海道からイサム・ノグチを輩出する、くらいの気持ちがあってもいいんでは、なんて妄想したり。

 いったん、札幌から江別の自宅に戻り、モエレ沼公園へ家族を連れ向かう。
 地図で確認したが、やはり、イサム・ノグチの最後かつ最大の作品まで、自宅から十キロちょっとしかない。そういう運のいい人たちが、モエレ沼公園周囲20キロぐらいの中に、200万人近く存在する。

 ここで、この文章の一番上、田坂さんの言葉に戻るわけである。
 「はた」(傍)「らく」(楽)。
 幸福だったとはいえないその生い立ちの果てに、芸術家として身を立て、ついに多くの人に、無心で遊んでもらえる作品を作り出したノグチ・イサム。
 その仕事はまさしく、 「はた」(傍)「らく」(楽)、だったんだろうと。

 山頂を二つ征服(笑)。
 まだ、木が低いから「作り物」感が残るけど、何十年か後、草が伸び木が伸びしたら、もっといい公園になるんだろう。大阪の千里万博公園が、30年のときを経て、人造の自然の宝庫(?)になったように。

 「ガラスのピラミッド」内、坂田栄一郎さんの写真展「天を射る」。良かったです。

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