20060702 ジャコメッティ・ショーロ・
新日曜美術館
「ジャコメッティ“見えるまま”への挑戦」
午前9・00~10・00
(再)午後8・00~9・00
極限まで肉をそぎ落とした、針金のように細長くごつごつとした人物像。彫刻のボリューム感を否定し、20世紀の彫刻に革命をもたらしたのが、彫刻家・画家アルベルト・ジャコメッティ(1901~1966)である。スイスの山村に生まれ、ジュネーブ、パリで彫刻を学んだジャコメッティは若き日、シュルリアリストの芸術運動に参加、世界的な注目を浴びるがやがて具象の世界へと回帰する。
以後ジャコメッティは「見えるものを見たままに」に表現するという到達不可能な試みにその生涯を賭ける。そしてその方法とは、目の前でポーズをとる人物をあくことなく執拗(しつよう)に描き、かつ刻むことだった。ジャコメッティは言う「ひとつの頭部を見える通りに塑像し、描き、デッサンすることは全く不可能だと私は知っている。しかしそれこそ私のやろうとしている唯一のことなのだ……。」。その晩年の制作のパートナーとなったのがパリ留学中の日本人哲学者矢内原伊作だった。矢内原は1956年から5年間、延べ二百数十日にわたってジャコメッティのモデルを務め、その制作に深く関わった。
2004年ジャコメッティのパリのアトリエに残された1500点にも及ぶ膨大な作品や資料を元にジャコメッティ財団が誕生し、これまでヨーロッパではあまり知られていなかったジャコメッティの仕事の中での矢内原の位置づけが解明されつつある。この6月から神奈川県立近代美術館で9年ぶりのジャコメッティ展がパリの財団との共催で開かれている。(2006年6月3日~7月30日)
番組ではジャコメッティと矢内原が全身全霊で取り組んだ「見えるまま」への挑戦の軌跡を日本初公開の矢内原の油彩、石膏彫像、矢内原の日記、書簡などを中心に描きジャコメッティの創造の秘密に迫る。
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