« 20060915 お金と・お金の世の中・空耳 | トップページ | 20060918 旭ヶ丘・杉吉貢さん・嵯峨治彦さん »

20060917 石田さんの日・私はゴッホにゆうたりたい・アンバブ

   * [石田徹也遺作集]

 午前九時、NHK教育『新日曜美術館』。特集「石田徹也 悲しみのキャンバス」。

「 石田徹也は31歳の若さで去年亡くなった、無名の画家である。今年の6月、遺作集の発行と有志による小さな展覧会によって、その作品が各方面から注目を集めるようになった。石田の作品には、必ず石田自身の自画像と思われる人物が登場する。しかし、その人物が学校の校舎に閉じこめられる男に変身したり、便器に捕まりながら流されたり、葬式の場面ではプラモデルのように回収されるなど、現代社会が生み出す精神的な抑圧感や日常の中に潜んでいる怖さ危うさなどの負のイメージを鏡のように鮮やかに浮き上がらせる。
 静岡県の焼津に生まれた石田は小学校の頃から絵の才能を発揮、武蔵野美術大学のデザイン科に入学。22歳で毎日広告デザイン賞優秀賞を受賞。24歳で日本ビジュアル・アート展グランプリを受賞。28歳で若手画家の登竜門であるVOCA展で奨励賞などの輝かしい受賞歴。将来を嘱望されながら180点の未発表作品を残して昨年亡くなった。
 生前の石田を知る明治学院大学教授の山下裕二氏(美術史家)も、その才能を惜しむ一人。
 番組では、山下氏が現代の若者たちと共に絵と対話すると共に、石田の関係者を訪ねて、その創作の軌跡をたどる。」
NHKオンライン ホームページ * より
 衝撃的な作家を、衝撃的に紹介した、好内容・高内容の一編。

 石田徹也さんの学友で、卒業後も交流があったらしい女性の、「石田さんは、描くことが運命だった」的な言葉が染みる。
 未映子 * さんの名文「私はゴッホにゆうたりたい」 * のことを思い出す。



 午後、札幌の石田(男性)さんから電話。
 長電話になる。

 ブックスボックス・田原が作ったもの * に対する、正当な批評。
 ありがたい。

 と同時に、進呈したサンプルCDを聴いていただいての感想なので、どうか本編商品を一度聴いていただいた上で、今一度ご批評いただければ、とも思う。
 お金を出して買ってもらう、というのが一番の評価だったりするわけで。



 石田徹也さんの作品 * も、ゴッホの作品のように、長く人々の目にさらされることになるだろう。
 作家の死後、それをお金儲けに使う人間が、作家の預かり知らないところで、それを有効に使うであろうことも、石田徹也=ゴッホで共通するかもしれない。

 石田徹也=ゴッホ、ともに、創作への衝動に突き動かされていたんだろうし、創作の喜びを感じる瞬間も間違いなくあったんだろうけど、そのあまりに求道者的な、アンチバブリーな一生を思うと、やはり、こちらも考え込まざるを得ない。

 そこまで自分の仕事を突き詰めたことはないし、その突き詰められないところに、自分の限界がある、というか。
 でも、万人が「石田徹也=ゴッホ」になれるわけではないし・・・。



 ということで、札幌の石田さんにも告げたのだけれど、プロデュース業は実質廃業し古本屋のオヤヂとして自分自身をリストラしているところ、という感あり。
 もういいでしょ、タルバガンCD 『野遠見』 * みたいなものを作ったんだから、という自負・満足感もあるし。

 よきセラー(=古本屋のオヤヂ)の日々の業務の積み重ねの果てに、パブリッシャーとしての再起用(自分自身の判断で)があるのかも。

 それにしても、石田徹也さんの31歳の死は、早過ぎる・もったいなさすぎる。
 生き残った凡庸な人間は、凡庸な人間なりに自分を煮詰めて、ささやかな営みを続けていくしかないよなあ。

 と、ニューヨーク・MOMAでゴッホの「星月夜」を眺めたとき * と同じような気分になっている自分がいる。

|

« 20060915 お金と・お金の世の中・空耳 | トップページ | 20060918 旭ヶ丘・杉吉貢さん・嵯峨治彦さん »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 20060917 石田さんの日・私はゴッホにゆうたりたい・アンバブ:

« 20060915 お金と・お金の世の中・空耳 | トップページ | 20060918 旭ヶ丘・杉吉貢さん・嵯峨治彦さん »