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20061112 タルバガンな日々・十九日目・初雪と夏タイヤ

 午後、「ブックスボックス 香聡庵」。
 ミゾレまじりの江別を出て、車が札幌に入るとほどなく雪に。米里・菊水・中の島、積もりかねない勢いで降る。実はまだ冬タイヤに変えていないのでした。こわい・・・。
 なんとか真駒内・駒岡に到着。初めて見る、香聡庵の雪景色。というほど積もってませんが。
 探し物(ご注文いただいた 『ウクレレ快楽主義』 )。
 相方の志羅山みかさんは、二階でしめきり直前の集中作業。

*
 
 目的を果たし、静かにさっさと立ち去ろうとしたそのとき、電話が。
 タルバガン大阪ライブ(18・19日、カンテグランデ 中津本店 * にて)を主催くださる丸橋さん@プランテーションから。
 今回の動員状況と、来年4月大阪某所でのタルバガンコンサートの実現性の話。ありがたい。

 ついつい長くなった電話を終えての帰り際、ふいの来客があり玄関先に下りてきたみかさんとばったり。
 お互い、階上階下に人間の気配を感じつつも、顔を合わせないようにしていたもので、なんだか不思議な感じ。

 三時。
 もう日は暮れかかる。一刻一刻、スリップの可能性が増すわけで、こんな日のこんな状況ではさっさと帰るに限る。
 日曜日の日課になっていた、古書店巡りも今日ばかりは中止。



 もう一つの日曜日の日課。

 午前九時、NHK教育『新日曜美術館』。特集「木から生まれた仏さま」。

「 仏教伝来以来、様々な方法で制作された日本の仏像のうち、圧倒的に多いのが木の仏だ。仏教を信仰した国の中でこれほど木にこだわった国はない。古代からあらゆる自然物に神が宿ると信じてきた日本人にとって、木は聖なる存在だった。こうした自然信仰と仏教とが結びついたとき、木の仏という日本人の精神性を色濃く反映した造形が誕生したのだ。
 もともとは金銅仏や脱活乾漆像が主流であったが、9世紀頃からは、一木彫りが中心となる。きっかけは鑑真だったと思われる。この高僧の指導により、カヤの木に仏が彫られるようになり、たちまち広まっていく。神護寺・薬師如来立像はその最高傑作の一つで、後の繊細優美な仏像とは異なり、呪的で霊威に満ちている。しかし、平安末期以降は寄木造による合理化・分業化がすすみ、木の霊性を仏像にこめる考えは次第に薄れていく。
 一方地方では、古代的信仰を色濃く残す仏像が作られ続けた。岩手県天台寺・聖観音菩薩立像のように鑿の跡を荒々しく残したまま表面を整えていない鉈彫り像。それらはこれまで地方仏師の拙い作、未完成、果ては“手抜き仏”とまで言われることもあった。しかしこの“手抜き”にみえる表現は、まさに霊木から仏が姿を現す瞬間・その過程を意図的に現したものであり霊木信仰の証なのだ。江戸時代の円空、木喰の仏はその末裔と見ることができる。厳しい山岳修行や遊行の中で木と向き合った彼らの仏像は、霊木信仰と仏への祈りを融合したものにほかならない。
 一木造りの仏像を、木=聖なるものという視点から読み直し、日本人の精神の古層に脈々と流れ続ける信仰・自然観と向き合う。」
NHKオンライン ホームページ http://www.nhk.or.jp/ より
 ゲストの宮本亜門 * w さん、いい感じ。

 東京国立博物館での展覧会。
 タルバガン@東京のための滞在中に、行きたい気もする・・・。

   *
 

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