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20070211 賢者の言葉・高田博厚訳・「マチスの言葉」より

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 「 素描(デッサン)と色彩は分けられない。空間をかぎるもの、とくに釣合なるものがある以上、色彩を気まぐれに置けず、そこに分裂がおこる。美術家の創造力、すなわち人格が干渉してくるのはまさにそこである。
 素描もまた大切であり、これは物象を所有することの表現なのである。一つの物象をあなたが真に知られる時には、それを輪郭する一線を画いて、物象を完全に定形づけられる。これについてアングルが言っている。素描は篭みたいなものだ。穴を開けずにひごを取り除けることはできない。

 すべて、色彩さえもまた、創造でしかあり得ない。私は、感情から物象に達する前に、まず私の感情を記述する。するとすべてを、物象をも色彩をも、再創造しなければならない。
 画家が用いた手法を流行やデパートメントにとられると、手法は直にその意義を失ってしまう。精神に作用するなんの力もなくなり、それが影響するところはただ物の外観を変えるだけのことであり、ニュアンスを変えるだけである。

 色彩は光を現わすのに役立つのであって、物象を現わすためのものではない。事実に存在する光だけ、美術家の脳髄の光である。
 各時代がそれ自身の光、必然的にその空間の特別な感情をもたらす。我々の文明は、一度も飛行機に乗ったことのない者にとっても、空や空間の拡がりについての新しい理解をもたらした。そこから出て今日ではこの空間全部の所有を要求するようになった。
 聖なるものにうながされ支えられて、一切の要素は自然の中に見出される。創造主自体が自然ではないか?

 まず手材に引かれ、養われ、精神によって再建されて、色彩は事物の本質を訳し得るとともに、事物から受けた感動の密度に応じ得るだろう。しかし図(デッサン)も色彩も一つの示唆にすぎない。錯覚によって見る者に事物を所有したかのような感じを起こさせるべきだが、美術家が自分を示唆し得、それを作品や見る者の心に導き得るのは、この錯覚の度合にある。支那の古い格言が言っている。一本の樹を画く時、それに応じて自分の体も高まるような気がしなければならぬ。

 ことに色彩は、たぶん図(デッサン)以上にも、一つの解放である。解放とは、常識になっているものを拡張すること、古い方法を新しい時代がもたらすものでしりぞけることである。
 図と色彩は表現の手段であるから、それらは改変される。だから新しい方法には奇異なものがあるが、それは前時代の興味を引いたもの以外のものと関係をもつからである。

 色彩自体が豪奢で、呼びかけるものである。ごくつまらない品物をも高貴にすることこそ美術家の特権でないか?

 緑色を私が置く時、それは草を意味しない。青色を置く時、空を意味しはしない。」

  『現代美術8 マチス』(みすず書房 1960) 103p~104p 掲載
 高田博厚訳 「マチスの言葉」 の一部を引用



  「新日曜美術館」は、特集「画家たちの楽園 パリ・オルセー美術館の至宝」。
「  芸術はどこから生まれてくるのか。芸術家はどのような場所から作品を創造するのだろうか。
 パリ・オルセー美術館は言わずと知れた近代絵画の宝庫だ。収集の原則は1848年から1914年までの作品。なかでも印象派の作品群は世界最高と言われる。
 19世紀の芸術家たちは、急激な都市化、産業化の波にさらされるなかで、それぞれの理想にかなう創造の場「楽園」を探し求めていた。古典的な芸術観が崩壊し、芸術家の社会における有り様も多様化する中、新たな自己イメージと芸術創造が模索された。それは革命といってもいいものだ。
 楽園、それは特別な土地だ。モネは30歳頃にパリから移り住んだアルジャントゥイユで、妻や幼い子供たちに囲まれて、最も印象派らしい、輝くばかりの画面の数々を生み出す。セザンヌは故郷エクス=アン=プロヴァンスで、身近な自然を見つめながら、芸術革新をなしとげた。楽園、それは異郷への見果てぬ夢でもあった。ゴッホが南仏アルルに旅立ったのは、日本の錦絵のように色彩鮮やかな光景を求めてのことだ。ゴッホのルームメイト・ゴーギャンは結局アルルよりもさらに遠く南洋タヒチに安住の地を求めた。モローやルドンにとっては、己の想像=幻想世界が楽園だ。一方、マネやドガ、ボナールにとっては都会の片隅にあるアトリエこそが密やかだが親密な楽園だった。
 番組では、オルセー美術館の名作を、創造の場=楽園という視点から読み直す。。」
NHKオンライン ホームページ http://www.nhk.or.jp/ より

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