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20070304 賢者の言葉・ユング・追想

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 「人々が私を指して博識と呼び、「賢者」というのを、私は受け容れることができない。一人の人が川の流れから、一すくいの水を得たとして、それが何であろうか。私はその川の流れではない。私は流れのほとりに立ち、何かをなそうとするのではない。同じ川のほとりにあって、ほとんどの人がそれによって何かをなそうとした。私は何もしない。私は桜の木に桜桃ができるのかを心配するようなことを思っても見たことがない。私は立ち、自然がなしうることを賛美しつつただ見守るのみである。
 ここに一つの素晴らしい話がある。一人の弟子がラビのところに来て尋ねた。「昔には神の顔をさえ見た人たちがあったのに、今ではどうしてそんなことがないのでしょう。」「それは、今では誰も前ほど深く身をかがめることをしないためだ」とラビは答えたという。
 流れから水を得んとするものは、少しは身をかがめねばならない。」

 「われわれの生まれてきた世界は、無慈悲で残酷である。そして同時に、神聖な美しさをもっている。どちらの要素が他よりもまさるのか、価値と無価値か、は気質の問題である。もし、無意味が絶対に優勢になると、生きることの意味はわれわれの発達の各段階と共に、急激に消え去ってしまうだろう。しかし、このようなことはありえない――と、私には思える――。多分、すべての形而上学の問題のように、両方とも正しいのであろう。生きることは意味があり、そして意味がない。私は、意味が優勢となり戦いに勝つことを切望している。
 老子が「俗人昭々、我独り昏のごとし」というとき、それは私が今、年老いて感ずるところを表わしている。老子は高い洞察を得た人の典型であり、価値と無価値を見、経験した人である。そして生涯の終りにおいて、彼自身の存在、知ることのできない永遠の意味へもどろうとした人である。すべてを知った老人の元型は、永遠に真実である。このような型は、どのような知能の程度においても現われ、それが年老いた百姓であろうと、老子のような偉大な哲学者であろうと、特徴は常に同じである。それは、老年と極限である。しかし、そこには私を満たすあまりにも多くのものがある。すなわり、植物、動物、雲、昼と夜、そして、人間の永遠性。自分自身に対して不確かさを感ずれば感ずるほど、これらすべてのものに対する親近感が私の中に育って来た。実際、私を外界から離別していた疎外性が、私の内界へと転移され、私自身に対する思いがけない無知を、明らかにされたかのように思えるのである。」

 『ユング自伝』2、「追想」より。



  「新日曜美術館」は、特集「よみがえる昭和の広重~東海道五拾三次復刻物語~」。
「江戸時代に花開いた木版画・浮世絵。マネやゴッホらに影響を与え、近代西洋美術の形成に大きな影響を与えた、日本が世界に誇る美術品だ。浮世絵は絵師・彫師・摺師が協働して作り上げる。その伝統の技は、江戸期からほとんど変わることなく現在も東京の下町などで制作を続ける職人達の間に脈々と受け継がれてきた。しかし時代の変遷の中、材料の確保、職人の高齢化や後継者不足が深刻な問題となっている。このまま座視していては、営々と守り続けられてきた浮世絵木版画の伝統は途絶えてしまう。そんな危機意識から職人達が、滅び行く技の再興と伝承を目指し一大プロジェクトを立ち上げた。
 歌川広重(1797~1858)の「保永堂版・東海道五十三次」全55枚の完全復刻だ。
 復刻事業の柱となるのは、元文部大臣・慶応大学教授の高橋誠一郎氏(1884~1982)の広重コレクション。世界有数の浮世絵コレクターだった高橋は、昭和24年、当時の職人達の希望に応え、自らのコレクションである東海道五十三次全55点を原本として提供、版木が復刻された。終戦間もないなか、先人の技と心意気に触れた職人らは勇気と励ましを受け取り、作品の中によみがえった広重の穏やかで叙情的な風景は、焼け野原の中の日本人の心を癒し、復興への精神的支えとなった。
 この時の版木が、五十数年ぶりに発見された。今回の復刻はこの版木をもとに、前回の復刻の際に父・儀八郎と共に参加した版画家・奥山義人氏が中心となり、関係者らが技を結集し、紙・絵の具まで可能な限り原本に近い材料を使って再現、広重作品の本質に迫る作品を平成の世に甦らせようとしている。
 番組では、広重作品の高度な技に肉薄し、平成版五十三次誕生にかける現代の職人らの姿を伝えるとともに、彼らの情熱を支える広重の世界の魅力に迫る。」
NHKオンライン ホームページ http://www.nhk.or.jp/ より

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