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20070331 田辺聖子・『感傷旅行』・「芋たこなんきん」最終回

 NHKの朝の連続ドラマ『芋たこなんきん』最終回。

   *

 田辺聖子先生も、最後の最後に、ちらりとゲスト出演。けっこうなお歳のはずだがなんだか若々しい。

 これを書いているのは、4月2日。次の連続ドラマが始まる。
 ちらと見たら、どう見ても、藤山直美さんより若くて美しいヒロインが映っている。
 でもどう考えても、今後見続けることはないだろう。
 今までの連ドラが、ずっとそんな存在だったように。

 『芋たこなんきん』は、ほとんど生れて初めて、「気になる」朝の連ドラだった。
 あんまり気になるので、ほとんど読んだことのなかった田辺聖子さんの小説を思わず手にとってしまった。

   *

 角川文庫『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)』。

 芥川賞受賞作品の表題作、「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)」を読んでびっくり。
 才能とはこういうものか・・・。
 恐れ入りました。

 この小説から数年後、カモカのおっちゃんとの二人三脚が始まるということらしい。
 カモカのおっちゃんが登場する本も読んでみたい。

「 ながいこと、有以子はだんだらじまのカーテンのかげで息をひそめていた。それから、何かごそごそやりだしたので、ぼくははっとした。赤や青や黄のほそ長い紙箱を一つ一つ、たんねんにあけている想像が、ぼくの頭の中から執拗にひかぬのだった。と、彼女が台所につづくドアをあけた。激しい水音。一瞬とまって、またカーテンのうしろへはいったけはい。ぼくは、ぼくを苦しめる想像にか、あるいは有以子自身にか、むやみと腹がたった。かっとして、カーテンをひきちぎるほど絞って、とびこんだ。
 「おい、森さんよ………」
 ――いやはやまあ……
 あっぱれなド根性。
 彼女はふとんの上に横すわりになり、ぼくの整理箱を横倒しにして、原稿を書いていた。彼女の左頬はおたふくかぜのようにはれ上がり、目には隈ができていたが、のんびりとした表情、いつもの、目と目の間のとび離れた童画的な顔つきをとりもどしていた。
 「あら、どうしたの? ヒロシ」と、ふだんの声でいった。彼女は周囲に原稿用紙をいっぱい散らかしており、ぼくを見あげて笑った。それはなにか、さげすむような笑いだった。ペンをおいて、「あんた……あたしと寝たいの?」といった。
 すると、ぼくの心の中に、そのとき、若い神が長い眠りからさめてみずみずしい目をみひらいたように、あたらしいまっしろなページがぱっとめくられた。まさしくそうにちがいないように思われ、急いでほかをめくってみたら、こんどはもとのところがわからなくなった感じだった。彼女は小バカにしたような、からかうような美しい微笑をみせつつ、うなずきつつ、流し目でみやりつつ、
 「寝たいんでしょ?」
 といった。ぼくはだまって目をそらせていた。有以子は執拗だった。
 「寝たくない? ねえ、ヒロシったら」
 「……寝たい」
 と、ぼくはバカみたいに棒読みで復唱した。それからぎこちなく、彼女のからだに手を出した。
 「あらまあ……」と、彼女は笑いだした、「ちょっと待って、もう一枚書くから……男なんて」彼女は満足そうなしたり顔だった。「ほんとに」彼女はビリビリと原稿を一枚はねのけた、「待てしばしがないのねえ……ラ、ララン、ララ・・・・・・」(注。「殺し屋の微笑」のメロディ)と口ずさんで、うきうきした、赤らんだ顔を左右に動かした。
 ぼくは、彼女のくちびるにキスした、ほんの一秒。それはぶ器用な、あらあらしい、追いつめられてスタジオの一隅で台本に筆を入れてるような、キナ臭い緊迫したあのいやなあせり、いらいらした陰気な時間、どうかしてその瞬間を回避したいとねがいながら、強引にその前へ鼻づらをおしつけられる、神々の悪意を感ずる、あの悪夢の一瞬。―――そんな時間だった。くちびるがはなれると、ぼくも彼女もびっくりしていた。
 「どう、よかったでしょう」
 と、ぼくは求職者が職安のベンチから名まえをよばれていそいそと立ち上がるような、うれしげなほほえみを浮かべたつもりだった。しかし、その心にもない微笑は、頬に凍りついてしまった。有以子はぼくより正直だった。(それがおそらく彼女に不幸をもたらした美徳の一つにちがいなかったが)
 「あのね」
 彼女は悲しげにためらった。
 「ケイのときほどじゃないの、ヒロシ、かんにんしてね……どうしてだか……その、かっかとなってこないの、冷静なの、とても冷静なの」
 彼女には早熟な女学生が、もしくは自分でもしらずしらずのうちに、あどけない口調を採用している、ヒネた老婆のようなカマトト趣味があった。
 「だめ、あたしたち、愛してないのよ、これはごまかしにすぎないんだわ。ヒロシなんか愛してないし、あんたもあたしを軽蔑してるんでしょ」
 この早暁の、いたましい蛍光灯のもとで聞くけいべつということばは、ぼくには新鮮にひびいた。それは真実であるからだった。
 「こんなことうそ。邪道だわ……ああ、あたしたち、アレしないでおきましょう、ヒロシ。さもないと、傷を埋めようと思って、よけい深くするだけだわ――今になるとわかるのよ、あたしがどれだけケイをしていたか……」
 しかし、ぼくは彼女の服のボタンをはずし、なんだかぼくには名前もわからない、虹色のびらびらした複雑な、いろんな部分をおおう下着――まるで風の日にとんできたごみくずをかたっぱしからくっつけたような――を除きにかかっていた。ぼくは自分の眼窩に、目玉の代わりに金属製の丸いネームプレートでも打ちこまれたようにかんじた。
 「いやだわ、ヒロシ……」
 彼女は笑みくずれたエビス顔になった。そして、ぼくのするに任せていて、太った白い裸体をむき出しにされると、こんどは自分からすりよって、のぼせた忍び笑いをもらしながら、ぼくのシャツをくねくねした手つきでもってぬがせはじめた。
 それからの二十分間は、軽い叫びや、甘い叱責や、みじかい嘆願や、秘密めかしいくすくす笑いにいろどられて、とてもたのしくすぎた。
 寝具からはだかでとび出した有以子は、台所でウイスキーをほんのすこし、グラスについでまるで薬のように一気にあがった。それから、酒びんをはだかのわきにかかえ、またぼくの横へもぐりこんだきた。ぼんやりしてラッパのみしていた。ぼくは安タバコを吸っていたが、舌が荒れていがらっぽかった。
 「ヒロシ……」と、有以子は深いところから声がでてくるような、奥歯でしがむような、ぼんやりしたいいかたで、
 「ケイはなぜ、あたしにうそをついたの?」
 といったので、何を考えていたかがわかった。
 「ヒロシ、カクメイって、カクメイができ上がるまでは、ずいぶん人を傷つけるもんね……」
 彼女のことばはめちゃくちゃに乱れていた。
 「ヒロシ、いって……なぜケイはあたしをほんの少しでも愛さなかったの?……あんたもよ、あんたちょっぴりでもあたしを愛してくれたら、うまくいくかもわからないのに……こんどこそ、うまくいくかもわかんないのに……」
 ああ、この女は、まちがったドアをあけてはいってくる、そそっかしい宿なしみたいだと、ぼくは思う。悪意ある部屋の住人たちが、彼女の魂をフットボールのようにほんろうするのは無理もないと、ぼくは思う。(こんどこそ、こんどこそと思うのが意地きたない証拠だよ)と、ぼくは教えてやろう。(こんどこそ、と思うのが人の命とりなのだ)でも、ぼくは何もいわなかった。そして、ありありと彼女の行く末を思い描いていた、何か一ついえば人から笑われ、オモチャにされ、しまいに不幸に落魄してうろつきまわり、頭には血がのぼせてもはや何も考えられず、胸にはにがい自己憐憫の塩をいっぱいつめこまれた不幸にうちひしがれて泣いている、こまっちゃくれた紙の舞台の、よわよわしい照明にあてられたうらがなしいあやつり人形。」
 田辺聖子 「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)」 六 章 より

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