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20070729 賢者の言葉・お葬式を語る・伊丹十三

 『「お葬式」日記』伊丹十三 より、「監督ロングインタビュー」の一部。

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「答 (前略)大体映画とお葬式っていうのは相性がいいんです。映画にはお葬式がよく出てきますしね、ドライヤーも、フォードも、ヒッチコックも、小津も、葬式を好んで描いているでしょ? おそらく、映画も夢であり、葬式もまた、来世という夢の上に築かれた儀式であって、そのへん一脈通じるものがあるんじゃないでしょうかね。それにね、葬式というのは全体の進行が非常にドラマティックなんですね。まず人が突然死ぬところから始まって、残された者たちは悲しむひまもなく葬式の遂行という大きな目的に向かって放り出される。葬式というのは実際に体験してみるとわかるんですが難問の連続なんですね。まず葬儀をどこで出すか、誰に知らせるか、どの葬儀社を頼むか、葬式の日どりはどうするか、その日に入ってる仕事をどうするか、病院にある遺体をどうやって家へ運ぶか、家へ運んだらどの部屋へどう安置するか、お金はいくらぐらい用意すればよいのか、何を着るか、喪服がない場合はどうするか、食べ物へ飲み物はどのくらい用意すればよいのか、弔問客のお悔みに答える作法や挨拶の仕方、焼香の仕方とその順序。葬儀委員長は誰に頼むか、受付や香典の管理は誰にやってもらうか、喪主、親戚代表はいつどのように挨拶するか、お坊さんはどこに頼むか、お坊さんの迎え方、お布施はいくらくらいが適当か、戒名はどうするか、火葬場での作法、精進落しの正しいやり方、という具合にですね、大小の難問奇問が数珠つながりになって遺族に襲いかかる。そして遺族はお互い助け合いつつ、またいがみあいつつこの雨あられと降りそそぐ難問をかいくぐってゆく。これはさながらアドヴェンチャーの世界なんですね。で、最後に遺体は火葬場に運ばれて、かまどの中に入れられ、鉄の扉が閉まって、ボワッとガスが点火して焼かれる。やがて、煙突から煙が立ちのぼって、一同それを見上げる――と、この全体の進行がまことに息もつかせぬ緊密な構成でできあがっている

問 そういえばそうですね。「お葬式」というのは筋らしい筋がないかと思っていたんですが、そういう意味じゃ、非常に筋ははっきりしている

答 ええ

問 それと、お葬式という素材のもう一つの利点は、わかりやすいということですね。誰でも自分のこととして見られる。もし俺がこの立場だったら、とか、うちの場合はこうだったとかね。この映画を見終った人は、ひとしきりお葬式の話をするんですよね、喜喜としてね(笑)

答 ええ、ですから映画を作る場合、一番大きな問題は、観客が感情的に同一化してくれるかどうかってことですよね。観客の同一化を梃子にして、われわれは映画らしさという手品を演じることができるわけですから、観客の同一化は、いわば映画を動かすエネルギーの如きものですよね。その同一化が、お葬式の場合非常に促しやすかった。みんながわがことのようにして映画の中へ入ってくれた。そして、その分僕は自由に映画を遊ぶことができたと思います

問 確か「キネマ旬報」だったと思いますが、お葬式について、ふるさとの儀式であるというふうに書いておられましたよね?

答 そうですね。葬式というのは、われわれが振り捨ててきた共同体の儀式ですよね。近代に向かって踏み出すため、われわれが振り捨ててきた、ムラとかイエ、要するにふるさとですね、ふるさとの価値観なり、死生観なり、コスモロジーなりを濃厚に宿したものとして葬式というものはある。そして、人が死にますと、葬式という形でふるさとが突如われわれの首根っこをとらえる。現代の消費社会において、スキゾにせよパラノにせよ、いずれにしても差異を食いつくしながら、どこまでも転がり続けるシティ・ボーイであるところのわれわれの首根っこを、突如としてやってきたふるさとがつかまえる。われわれは、しばし古き共同体のコスモロジーの中をなまよい、古き共同体の一員としての役割、つまり、本家の長男であるとか、分家の次男の嫁だのという役割を演じなければならぬ

問 しかも演じる人は最早、ふるさとからは遠くへ来てしまっている――

答 そうです。われわれにとってふるさとの死生観も、来世観も、コスモロジーも迂遠なものです。葬式は一番大もとのところで形態化してしまっている。本来死と再生のためのまつりであったであろう葬式が、今や全くまつり的、聖的側面を喪失して、単なる一連の煩雑な事務処理と出費の連続に堕してしまっている。要するに資本主義社会的日常に汚染されて儀式もまつりも骨抜きになってしまっている。そして、そのような形骸化した儀式を取りしきるのは、ふるさとの大人ではなくて、永遠の青春を課せられてしまった、大人の形をしたシティ・ボーイたちである、というわけですね。要するに葬式というのはふるさとと近代の交点にあるわけで――

問 淡淡と描くだけでなんでも入っちゃうという――

答 そう、ひどく便利な容れ物なんですね

問 そういう、シティ・ボーイがふるさとの役を演じるのがお葬式である。従って「お葬式」はふるさとにまつわる映画であり、役を演じる人間にまつわる映画であり、役と当人の間にずれにまつわる映画であるト

答 そうですね、人間というのは常に役を演じている存在ではありますけど、葬式というのはそれが非常に端的に出るんじゃありませんかね。遺族とか、未亡人とか、弔問客とかね、みんな日頃演じ馴れぬ役割をぎくしゃくと演じざるをえない。従って、新しい役と、いつも演じている役との間にずれが生じる、そういう、ずれた役を演じてる人間をまた俳優を演じる、というのが僕には面白いと思えたんですね

問 で、映画全体がまた、実際にあったことと映画とのずれでできているともいえますね

答 ええ、それは、たとえばフェリーニの「アマルコルド」のように、自分の少年時代の思い出を厳密に再現しようと思って作られたものが非常に超現実的な様相を帯びる、というのに僕は惹かれるんですね。現実を克明になぞることによって非現実を作り出す、その手つきそのものが僕の映画だとすると、僕にはやはり現実の葬式という素材が必要だったんですね。現実の素材があるからこそ、空中に浮かんでそれを眺めている作者の位置が観客に伝わるんでね、もしこの映画になにかメッセージがあるとすれば、現実から飛び上がって空中に浮かぶという、その自由さでしょうね。かつて映画は犯罪者に自由を仮託し、探偵に自由を仮託し、スーパー・マンに自由を仮託したわけですが、僕の映画では自由は作者の空中に浮かぶ運動の中に仮託されているわけで――

問 笑いというのもそこから出てくる――

答 まさにそうです。笑いというのは自分の中に生真面目に閉じていることからは出てこない。笑いというのは空中に浮かぶということですからね。」



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