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20080205 田原書店ノマド・都築響一さんの北への旅・ディラン「血の轍」

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 毎週火曜日・午前十時半は、ブックスボックス 田原ヒロアキの、FMアップル「田原書店ノマド」の始まる時間。
 インターネットで聞けます(見られます) : http://www.channel-apple2.com/streaming_apple.html

 2008年2月5日の放送は、都築響一さん「参加」の旅の本から北方への旅の部分を紹介、曲はボブ・ディランの名作『血の轍 Blood on the Tracks 』 から三曲を。



 『やせる旅』 都築響一 (筑摩書房 2007) より、「礼文島の尾根に散る 北海道礼文郡礼文町」の一部を引用します
 朝7時過ぎに出発したのに、桃岩荘と「外界」を隔てるトンネルに差し掛かるころにはすでに6時近く。フラフラを通り越し、気持ちは前に行きたくても脚がどうしても言うことを聞いてくれず、ロボットのようにガクガクと歩みながら、「最後はみんなで手をつないで、いっしょにゴールしようよ!」という、ふだん聞いたら「ケッ」とか言いそうな言葉に、妙にこころおどり、両隣の「戦友」と手をつないで最後の坂を下っていくと、遠くに桃岩荘の屋根が、そして屋根の上で旗を振って迎えてくれるスタッフと、「お帰り~っ」の大合唱が風に乗って聞こえてくる。その声に後押しされるように坂を転がるように下り、みんなに肩を、背中を叩かれ祝福されながら、君は苦しさとうれしさで胸いっぱいになり、その場に膝をついて、しばらくは動くこともできない。でもすぐに夕陽が沈むから、またみんなといっしょに立ち上がって、きのうよりずっと大きな声で「ぎんぎんぎらぎら」と夕陽に向かって怒鳴りながら、手を伸ばし、脚を伸ばしてカチカチの筋肉とクタクタの心をほぐしてあげるのだ。

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 翌朝、フェリーに向かう体は、多分全身が筋肉痛だろう。僕もそうだったし、同行した編集者もご褒美のウニ丼をほおばりながら「イテテ」を繰り返していた。もう一生こんなことはやるまいと思い、でもなんとなく後ろ髪引かれる思いで桟橋に向かうと、桃岩荘の連中がまた陣取っている。フェリーに乗り込んだお客さんに向かってヘルパーと残るお客さんがいっしょになって「行ってらっしゃーい! 早く帰ってこいよー!」とか大声で呼びかけ、船上の客も「おおーっ、帰ってくるぞー」とか叫び返している。汽笛が鳴り、フェリーが岸壁を離れるころ、例の「ぎんぎんぎらぎら」が始まり、フェリーがどんどん遠ざかっても歌と旗ふりと呼びかけは続き、船がついに水平線の向こうに見えなくなるまで、全員が声をからして叫び続ける。6月1日から9月末まで、桃岩荘が開くあいだに毎日、すべてのフェリーの便で、この儀式が行われるのだ。

 「いまどきの若者はクールだ」なんて言うオトナに、これを見せてやりたい。学校や仕事場では人とうまくいかないけれど、ここに来ると「あーっ、これでまた1年がんばれるって思うんです」と、山道を歩きながら語ってくれた若者たちに、「もうちょっとですから、がんばりましょう」、「登り坂、きついですよねー、でもここがスマイル・ポイント」などと励まされ、後ろから押してもらいながら、僕は10時間の道をなんとか歩き通すことができた。

 体重は2キロ減って、翌日のウニ丼で1キロ戻っちゃったけれど、なんだかもっと、ずっといいものをもらったような気がする。


オンエア曲:

1. Bob Dylan 「You're A Big Girl Now」 (CD 『BLOOD ON THE TRACKS』 より)

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2. Bob Dylan 「You're Gonna Make Me Lonesome When You Go」 (CD 『BLOOD ON THE TRACKS』 より)

3. Bob Dylan 「Buckets Of Rain」 (CD 『BLOOD ON THE TRACKS』 より)


 『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』 村上春樹 吉本由美 都築響一 (文藝春秋 2004) より、「ああ、サハリンの灯は遠く」中の「ワイルドウェストとしてのサハリン」(都築響一)を引用します
サハリンの灯はいまなお消えず
オレのこころに赤く燃える…
 ジェノバというマイナーはGS(グループサウンズ)バンドは、一九六八年に放ったスマッシュヒット『サハリンの灯は消えず』の出だしをこう歌った。

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 師匠である演歌作曲家・北原じゅんはもともとサハリン出身で、自身『ダスビダーニャ樺太 さよならサハリン』なる自叙伝めいた小説を発表している。『兄弟仁義』や『骨まで愛して』を書いた彼が、クラウン・レコードという演歌色の強い、メジャーなGSバンドをひとつも持たなかったレーベルからデビューさせた五人組の男たちに、いったいどのような思いを込めたのだろうか。

 世界地図をてきとうに開いて、指さした地名を使ったというグループ名の由来からして、生まれながらのマイナー因果律を滲ませてしまうのだが、ともかくジェノバは『サハリンの灯は消えず』に続いて『いとしいドーチカ』、『さよならサハリン』と、サハリン三部作といわれるシングルをやつぎばやに発表し、むろんヒットすることないまま、オホーツク海の藻屑と消えてしまった。それにしても英米ロックの影響のもと一九六五年、スパイダーズの『フリフリ』とともに誕生したGSが、三年にして「サハリンの灯は~」になってしまう日本人の血の濃さというか、業の深さというのは、いったい何なんだろう。

 ミニバンに乗せられて着いたユジノサハリンスクは、しかし演歌が似合う北の町というよりも、むしろ西部劇が似合うワイルドウェストなのだった。経済紙を読んでいる方なら、「サハリン1、サハリン2」といった名前に聞き覚えがあるだろう。ここはいま、北部で生産が始まっている石油・天然ガスのおかげで、いきなりのバブルに沸いているのである。

 舗装もロクになり道路を、東京より軽井沢よりはるかに多い台数のランドクルーザーが駆け抜けていく。ガイドさんは「夜は絶対に出歩かないでください。道路には街灯もないからすぐ襲われちゃいますし、カジノは全部マフィアだし、立ってる女の子は一〇〇パーセント病気持ちです」なんて恐ろしいことを言うのだが、それはそれだけ危ないカネが巷に飛び交っているということである。くたびれ果てたオヤジやオバンが屋台の前で列を作るすぐ脇で、メルセデスやクラウンを傍若無人に停めて得意げな、ふところの妙に膨らんだスーツ着用の険しい眼をした男たちを、僕らはどれほど目撃しただろうか。

 道路や通信網や流通システムや、そういう社会のインフラがいっさい整わないままに、巨額のカネが流れ込んで大混乱状態に陥る、まるで十九世紀のアメリカに出現したゴールドラッシュの現代版ともいうべき、狂える小宇宙が北の大地に、どうも現れたようなのだ。

 ものすごい貧富の差。ものすごい不平不満。ものすごい愛国心と、権力への憎悪。ものすごい知の偏在。そしてものすごく豊かな自然と、それにあぐらをかいたものすごく無頓着な自然破壊。人間の持つすべての美しさと醜さに満ちたエネルギーが、ユジノサハリンスクというこの小さな都市に、ドクドクと溢れ出す。

 日本からサハリンを訪れるのは、ひとにぎりのビジネスマンを除けば、かつてこの地が樺太と呼ばれていたころに住んでいた人だかりだが、いまのユジノサハリンスクに、彼らの望郷をかきたてるような場所はほとんど残っていない。眼に映るのはソビエト時代の無個性な建築と無機質な町並み。そこにうごめく無表情な人々。

 君がもし雪化粧したエキゾチシズムを求めて海を渡ったとしたら、ユジノサハリンスクはその期待をたぶん完璧に裏切ることだろう。だからこそサハリンは、いま行くのが最高のタイミングなのだ。ずっと昔でも、たぶん未来ですらなく。


 「田原書店ノマド」は、ブックスボックス/田原書店の田原ヒロアキ * が担当する、音と言葉の情報番組。
 毎週火曜日午前十時半から。

 インターネットで聞けます(見られます):
  http://www.channel-apple2.com/streaming_apple.html *

 出演:田原ヒロアキ@ブックスボックス
  福津京子さん:http://www.fukutsu.net/ *

 どうぞお楽しみください!



おまけ:礼文島にて M岩荘ユースのお見送りシーン @ YouTube

 

さらにおまけ:Sakhalin Arilang @ YouTube

 

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