20080210 賢者の言葉・寺山修司・「ああ、盛岡中学 ―若き日の啄木―」
『ポケット版 日本の詩人 6 石川啄木詩集』 (河出書房 1967) * より、
寺山修司 巻末伝記小説 「ああ、盛岡中学 ―若き日の啄木―」の一部を引用。
東京、東京
盗むてふことさへ悪しと思ひえぬたった一度だけ、盗みをしたことがある。盗んだものは一枚の汽車の切符。行く先は東京であった。
心はかなし
かくれ家もなし
どうしてそんなものを盗む気になったのかは、はじめ自身にもよくわからなかい。北国のさびしい汽車の発着所。まだ、駅という名のなかった頃の「盛岡停車場」の待合室で、ストーブにあたっているうちに、ふいにそんな気がむらむらとわいてきたのである。切符は、風呂敷包みの上に置いてあったもので、持主はその風呂敷包みに顔をよせて眠っている流離の酒場女のものなのであった。
女は喉に真綿を巻き、角巻きを着て長靴をはいていたが、どことなく病的な青白い顔をしていた。東京へ出稼ぎに行った女が、故郷に残していった子に逢いに来た帰りであろうか?
はじめは、しばらくの間その女の顔をじっと見ていた。停車場の中はがらんとしていて、他には汽車を待っている客が一人もいなかった。はじめは、そっと手をのばして、その切符をつかんだ。
それから、裏おもてとかえして読んでみた。「上野行」と書いてあった。
その切符を、つかんだままはじめはゆっくりと後じさり、停車場の外へ出た。
外は秋の風が吹いていた。
木の葉をふんではじめは小走りに駈け出していった。「きみは、ときどき用もないのに停車場へ行くそうだね」と、復先生が言ったのを思い出す。
先生――何しに行くんだね?
はじめ――汽車を見に行くんです。
先生――汽車が好きなのか?
はじめ――汽笛が好きなんです。あれをきいてると胸があつくなってくる。
「こんなところには長くいられないなあ」って気になってくるんです。
汽笛はたしかに、はじめの「音楽」だった。それは西欧のどんな名曲よりも、はじめの心を揺さぶる何かがあった。しかし、汽笛とはじめとは、いつも何かによってへだてられ、決して打ちとけあうことはできなかったのだ。「東京へ行きたいなあ」と、はじめはどれほどはげしく思ったことだろう。東京へ行きさえすれば、文学にすべてをうちこむことができる。一生、詩歌をやって(たとえ貧乏でその日ぐらしでも)、いつかはきっと才能を認められることもあるような気がするのだった。「おれは、東京に向いているのだ。盛岡人間ではないのだ」
とはじめは思っていた。盛岡の秀才たちは、みな『明星』のよさがわからないといっている。あの、一壺の酒のように人を酔わせることばの魔力、詩でなければ決してできぬ陶酔の世界を、まるで無縁のものだと思っているのだ。
「話していたってきりがない」
とはじめは思うようになった。「山をこえさえすれば……」そう、汽車にのって山をこえさえすれば、あとは何の未練もなくなってしまうのさ。線路は東京までつづいているのだから、眠っていても東京へ「運ばれてゆく」ことだけは、たしかなことだった……。
盗んできた切符を手の上にのせると、それは何だか一枚の木の葉のようにたよりなく見えた。これ一枚で、東京へ行けるという実感はちっとも湧いてこず、ただ「盗んだ」ということだけが、はじめの心に強くのこった。それは切符ほしさというよりは、心の渇きのようなものだった。「おれは、ただ羨ましかったのだ。おれの行けない東京へ、やすやすと行けそうなあの酒場女が……」
不来方の城址の、秋草のしげみにごろんと横になり、はじめは盗んできた切符を、自分のひたいの上にのせた。「おれは嫉妬したのだな」とはじめは思った。遠くで、ボーッという汽笛の音がした。
ああ、とうとう汽車がやってきた……
はじめは、目をとじた。
あの汽車に、おれに切符を盗まれた酒場女は、乗っているだろうか? それても、乗っていないであろうか?
性のめざめ
夜寝ても口笛吹きぬはじめがオナニーをおぼえたのは意外に遅く、十五歳になってからだった。中学校の校庭の足洗い場で山羊を洗ってやっていると、通りかかった上級生の西本が、その山羊の陰茎をかるくつまんで上下してみせながら、にやっとして
口笛は
十五の我の歌にしあえりけり
「おまえ、知ってるか?」
と言ったのである。
はじめは、最初何のことだかわからなくて首を振った。すると、西本は軽蔑をふくんだ目でにやにやしながら「そうだろうと思ったよ」
と言った。「知っていれば、そういつまでも文学なんかやってるわけがねえもんな」はじめは、その西本の指先の使い方で、山羊がしだいにもじもじしはじめ、その陰茎がかたくなってくるのを見ているうちに、西本のしていることの意味がわかったような気がした。
そしてその夜、生まれてはじめて「そのこと」を知ったのだ。
――それは、一口に言えば奇妙な体験だった。自分は一台の人間グライダーになって、方眼紙のようにきっちりと目盛りのついた空に、何センチか「浮遊」するための実験のような気さえした。目をとじて、手で自分の「あそこ」をつかむのは、いわば魂の操縦にのりだす飛行士のようなもので、それを何度かくりかえしているうちにエンジンが始動しはじめ、目がくらみ、体が中に浮き上る。この浮き上る瞬間の自失状態が、はじめにとってはたまらなくいやなのだが、しかし浮き上るまでのとじた目の中に思いうかぶ妄想は、たのしいものであった。
闇の中に、まっ白な節子の胸が暴かれ、そのあどけない、ほとんど無色の乳首が見える。それは、すぐ目の前にありながら、手をのばしてもなかなかとどかないので、はじめの焦った心が、いっそうはげしく操縦桿を動かしはじめる。波しぶきのようなものが目のなかにとび散り、節子はうしろ向きで逃げだそうとする。
すると、そのうしろ向きの節子が、また素裸なのである。闇の向こうには、海があるのだな? とはじめは思う。
すぐ追っていかなきゃ。
その節子のまっ白な裸体の、尻のわれ目がちらりと見えて、はじめの乗った魂のグライダーがぐらりと揺れる。そして、全身が空に(まるで無重力になってしまったように)浮かびあがるのである。城址の汗をかいて、自分をなぐさめ終わったあと、ぼんやりとそのまま腰をかけていると、はじめは何だか、自分の目から涙があふれてくるのを感じた。性というのは、なぜ悲しいのか。そのことがわかるまでには、まだまだ時間がかかるだろうな、と思いながら、はじめは自分のてのひらにのっている男根をみつめた。勃起することは、一つの思想のようなものの気がしたが、それが萎えてゆくのを見るのはつらかった。
石に腰掛け
禁制の木の実をひとり味ひしこと
いつまでの力がみなぎっていられたら、いいのにな。
いつの日か
やがて、雪が降りはじめようとしている。
時がたつのは早いものだった。はじめは、自分の「ふくべ」と呼ばれた顔を鏡にうつしてみた。
それは、まだまだ少年の顔だったが、顔のうしろにうつっている盛岡の町は、もうだいぶ老けてしまっているような気がしてきた。ふと、わけもない焦りがはじめをとらえた。
こんなままでいいのだろうか?
文学も恋も、何一つとしてたしかな手ごたえを感じさせてはくれない。自分をうごかしているのは、ただ言葉だけにすぎないのではないか。
「いづら行く」「君とわが名を北極の氷の岩に刻まむと行く」
そう歌ったのを節子に見せると、節子は美しいわ、と言ってくれた。「こんな歌だったら、わかりやすいし、感動もする」というのである。
はじめ――この「君」というのは、きみのことなんだよ、節子。
節子――うれしいわ。
はじめ――うれしいだけか?
節子――どうして?
はじめ――おれは、二人の名を刻むために北極まで行こうとしていると歌ったんだ。
節子――…………。
はじめ――本気なんだ。
節子――でも、行かないでしょう?
はじめ――なぜ。
節子――これは、歌だから。
たしかに「歌だから」なのだ。だが、それほどわかりきったことなのに「歌だから」と言われると、どうしてこうも虚しい気分になってしまうのだろう?とはじめは思った。かぞへたる子なし一列驀地に北に走れる電柱の数その電柱は、はじめの魂の荒野から数えはじめていかなければ正確な数にはおよばないのだった。そして、ここよりもっと北まで電柱を数えてゆくことは、そのまま流離におよぶさびしい敗北の歌になってしまうのだ。中学生であることは、すばらしいことだ、とはじめは思った。
まだまだ、どっちにでも行けるのだ。
南か、それとも北か。
どっちにしても、荷物といえば言葉しかない。言葉の重さ、かろやかさ。ああ、とはじめは思った。
おれは、いったいどこに行くのだろうか?
そしていったい歌などで、何ができるものだろうか? と。たのみつる年の若さを数へみてその頃、はじめにはまだ、啄木という号はなかったのである。
指を見つめて
旅がいやになりき
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