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20080330 賢者の言葉・池田清彦・「寿命と多様性」

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  『虫の目で人の世を見る―構造主義生物学外伝』 池田清彦 (平凡社新書 1999) より、
 「寿命と多様性」を引用。 
 時々、子供電話相談室(もしかしたら電話子供相談室だったかしら)なんてラジオを聞いて無聊を慰めているんだけれども、今日びの御時世だから、「学校に放火をしてつかまったらどうなりますか」とか「いちばん苦しまないで死ぬ方法はなんですか」とかいった物騒な質問の電話がかかってくるのかと思ったら、案に反して、「カメはどのくらい長生きしまうすか」とか「アリジゴクはエサを食べなくとも三ヵ月ぐらい生きているって聞いたんですけど、ほんとうですか」なんていう他愛のない相談ばかりで、拍子抜けしたような、ホッとしたようなヘンな気分である。
 それでいつも不思議に思うのは、長生きしている動物の話になると、たとえば二十五年も生きているネコは、人間で言えば百歳に相当する、なんて話にすぐなることだ。それもネコ、イヌ、ウマなどの人間より寿命の短い動物でこういう話になり易いようだ。もしかしたら、人間は動物よりもこんなにも寿命が長いんだから、少々早死にしても文句を言わないようにとのメッセージなのかも知れない。あるいは、人間の寿命の長さにホッとして、ウマに生まれなくてほんとうによかった、なんて思っているのかも知れない。
 そう思って、つらつら考えると、たとえばワニは二百五十年も生きるらしいが、二百歳のワニは人間で言えば八十歳くらいですよ、なんていうy話はあまり聞かない。あるいは、屋久杉の寿命は五千年とも八千年とも言われているが、樹齢三千年の屋久杉の前に立って、人間で言えば五十歳です、と説明している光景も見ないようだ。あまり長生きする生物はうらやまして比較する気になれないのかも知れない。
 もっとも、人間の寿命に比べ短すぎるものも比較の対象には向かないようだ。生まれて二週間目のショウジョウバエや、分裂して三日目のゾウリムシが、人間で言えば何歳かなんて話は聞いたこともない。
 ゾウリムシと言えば、まだ中学生だった頃、それが分裂して殖えることをはじめて知った時、ゾウリムシの「私」は分裂したらどうなるんだろう、としばらく考えていたことがあった。今から見れば、単細胞のゾウリムシは人間の皮膚の細胞みたいなものだがら、「私」なんていうものはないのだろうけれど、当時は漠然と個体はみな「私」を持つと思っていたのだ。
 私的というのは、人間で言えば個体性というのとほぼ同義であろうから、中学生の私がそう思うのも無理はなかった。ゾウリムシは個体には違いないが、脳がないんだら「私」もまたない、と気づいたのはずっと後のことだ。それと同時に、私は別のことが気になりはじめた。個体はなぜ寿命を持つのだろうか。
 人間はどう頑張っても百二十歳ぐらいしか生きられない。ウマは四十年を超えて生きることは不可能だ。個体はなぜ老化して死ぬのだろう。最近の説によると、染色体の末端にテロメア配列と呼ばれるDNAの反復配列があり、それが体細胞分裂のたびに短くなって、なくなった時に寿命が尽きるのだという。その話はすでに本欄で書いたことがある。しかし、その話は寿命をテロメア配列に言い換えただけで、なぜテロメア配列なんてものがあるのか、と問えば、謎は依然として謎のままである。
 生物は死ぬから生物というのであって、死なないものは生物ではない、と言うこともある意味では可能だが、三十八億年前にこの地球上に生命が出現して以来、生命は延々と続いてきたわけだから、生命そのものは不死と言ってもよいのが。必ず死ぬのは個体なのである。
 一方、様々な形や色や不思議な習性といった、いわゆる生物の多様性が具現するのも、これまた個体なのである。個体が死ななければ次の個体を作る材料がなくなって新しい個体ができず、新しい多様性もまた生じない。生物の多様性は個体の死の上に成立しているのだ。多様性、多様性とうかれている人の何人がそれを知っているのだろうか。


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