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20080504 賢者の言葉・更科源蔵/更科光・「オオカミ」@『コタン生物紀 Ⅱ 野獣・海獣・魚族篇』

   CD 「Mon-o-lah モノラー」 長根あき

CD 「Mon-o-lah モノラー」 長根あき TR 13 「花葉色 Hanaba-iro - Sun Gold」のウポポの歌詞より

オロロピンネ オワヒヤ オワチネレー
アプカトパ オワヒヤ オワチネレー
 (元気な若者(狼)集まって鳴いているよ 鹿の若者集まって鳴いているよ)




  『コタン生物紀 Ⅱ 野獣・海獣・魚族篇』 更科源蔵/更科光 (法政大学出版局 1976) より、

 「オオカミ」を引用。 

 狼のことを釧路地方ではオンルプ・カムイ(狩りをする神)と呼び、十勝地方ではユコイキ・カムイ(鹿を獲る神)と呼んでいる。この神様は鹿を獲って満腹になると、人間を呼んで残りの肉をさずけてくれるからである。また狼が鹿を獲って食べているところに行きあっても、咳払いをすると獲物を置いて人間に席を譲ってくれるものであるという。そしてもしこの神様を毒矢で殺したりすると、他の神々のように復活することができないから、絶対に毒矢を向けてはいけないと、固く戒められている。この動物はたとえ弓矢で獲ったところで皮も肉も役に立たず、逆に仲間を呼び集めて、集団で危害を加えたものに襲いかかってくるから、無鉄砲を戒めたものであろう。

 「ド ミ ミ」という繰り返しではじまる、胆振鵡川に伝わる神謡に、狼を可愛がって養ってくれた人間が悪いカワウソに殺されたので、狼はカワウソのところに出かけて、相手の心臓を吊っている六本の紐を食い千切ったが、自分の心臓の紐も切られて死んでしまうという伝承がある。また十勝足寄にも、イラクサ採りに行った老婆の泊っている小屋が大熊に襲われるが、狼が老婆を守って熊と噛み合いをはじめ、共倒れしながらも老婆を救ってくれたという伝承があるなど、いつもこの神様は人間の味方の立場をとっている。さらにこの神の筋を手首に巻いたら、物凄い力持ちになり熊を蹴殺す勇者になったという話もある。

 一般にホとかホ・カムイと呼ぶところが多いが、ウォセ・カムイ(ウォーと吠える神)とかオルンプシ・カムイ、ユコイキ・カムイとも呼び、古くは犬と同じにセタとも呼んだらしい。セタウシ・ヌプリ(犬のいる神山)という山が日高の静内と三石の間にあるが、このセタとは実は犬ではなくて狼であるという。十勝の然別湖の、現在ぺッウドルヌプリ(川の間の山)と呼ばれている山は、もとはセタマシヌプリといったが、このセタも狼のことで、天上からはじめて狼のおろされた山であるという。なお胆払地方では、有珠岳が狼の天降ったところであるといわれている。このように、これまで私の調べた地名のセタは、いずれも犬ではなく、狼であった。永田方正の『北海道蝦夷語地名解』の中でも美瑛川筋の地名セタウシナイについて「狼ノ子ヲ生ミシ処。此セタハ犬ニアラズ『ウオーセカムイ』狼ヲ云フ」とある。実際には狼の子を生んだところという意味ではなく、狼のいる沢の意であるが、いずれにしてもこのように狼をセタと呼んだ例が少くない。

 これは昔、狼と犬を同じに考えていたからのようで、狼を飼っていて山狩りに連れて行き、鹿を獲らせた(釧路白糠)とか、春の発情期になると狩りに連れて行った犬に狼がうるさくつきまとうものだ(旭川近文)とか、自分は飼ったことはないが、先祖が狼と犬が交尾してできた仔を飼っていて、よく猟をしたという(釧路雪裡)などいう話を聞いたことがある。これらの話を裏書きするように、明治十五年に殖民地の調査に入った役人の『北海道巡回復命書』の中で、北見美幌川のコタンの人人は狼を飼育しており、また常呂村では狼の仔を放し飼いにしていて「放養已ニ二年能ク人ニ馴レ復山野ニ帰ラズ、時ニ山野ニ至リ鹿ヲ捕食シ後来居ス云々」とある。また寛政四年の『夷諺俗話』巻之四という記録にも、宗谷の運上屋の牝犬が「山深く入りたつや狼の子をはらんて漁場にて産落したり、是を見るに狼の子三疋なり、其時狼壱疋其所へ出来リ付居たりしが、狼と母犬として産たる子三疋を山深くくわへ行たり其後も右の女犬は漁場へ戻りたりしが直に山に行て久敷帰り来らす、夫より程経て山へ行もの右女犬の首と尾と喰散らしたる躰にて残ありしを見たるよし……」とある。しかし動物学的には狼と犬は骨格がちがうということである。

 犬とだけの交配でなく、人間の、しかも日本の官女と狼が通じてアイヌの先祖が生れたというつぎのような神謡が日高静内にある。「日高幌尻山の神である白い狼神(レタルセタカムイ)が、自分の配偶者を求めたが、島内には適当なものがいない。そこで、神通力で遠くを見通すと、遠くの国に適当な女性が見つかったので、神の力でわざとその女性に粗相をさせた。そのためその女性は舟に乗せられて海へ流されたが、狼神はそれを自分の方に曳き寄せ、夫婦になった。それでこの島に人間が出生した」というものである。古い記録ではレタルセタを白犬と訳し、「古い南方の神の国より女神壱人虚船に乗して此辺シツナイ [静内]に漂着し玉へける……」にはじまり、この女神を白犬(レタルセタ)が洞窟に案内し、食物を探して来て飢餓から救い夫婦になり、人間の先祖が生れたとしている。これと同じ伝承は十勝にもあるが、こっちでは白い狼神ではなくはっきりと、ユコイキ・カムイ(鹿を獲る神)であるといっている。

 白い狼のことを空知ではホ・カムイトノ(狼神の王)といい、胆振鵡川ではホロケウ・レタラカムイ(狼の白い神)と呼んでいる。静内ではさきの官女の話の他に、白い牝の狼が人間の女に化けて、好きな酋長のところに嫁入りしたという話があり、胆払虻田でも狼の娘が人間と結婚した話、さらに長万部でもレタルセタの牝が酋長の妾(ポンマチ)になったという話がある。なぜ白い狼と人間がこうも交りを結ぶのか、狼のように精悍な猟人になるように、血の混合を願うところから生れた伝承ではないだろうか。

 神謡ばかりでなく祭のときの歌にも狼をうたったものがある。
アプカトパ ヘ ヒヤ (牡鹿の群が ヒヤ)
オロロピンネ ヘ ヒヤ (狼の牡が ヒヤ)
オワ チシナ オワ (たくさん啼いてるよ)     (沙流川筋)

アプカトパ フ (牡鹿の群が フ
ホー チシナ (ホー 啼いてるよ)
オロロピンネ フム (狼の牡が フム)
ホー チシナ (ホー 啼いてるよ)     (胆払・白老)
 いずれも鹿や狼の啼き声に、豊猟に胸をはずませている情景をうたったもので、全道各地にこれらの歌がある。

 また各地に伝えられているものに、文化神兄弟が国造神から犬をあずかって連れて歩いていたが、外地に行くとき山に置いて行ったのが狼になったというものがある。北見美幌に伝えられるものではその犬は十頭で、その名を「ケロケロ ケロラリ ケロポロ ウサキナ アマキナ エヤママ カラサニ シルトンバ ンナケロ ンナ 来い(チョー) 来い(チョー)」と呼んで歩いたという。屈斜路ではこれが「ヒンナケロケロ ケロポロ ウシャキナ アマキナ シルトンパ ケルンナ 来い(チョー) 来い(チョー)」となっていて、犬の数は六頭である。地方によって犬の名も数も一様ではない。日本海岸積丹半島の古平の海岸にはセタカムイ(犬神)岩という立岩があるが、この岩には文化神オキクルミが異国へ行くとき、残された犬の一頭が、主人をしたって海に向って遠吠えしているうちに岩になったという純情伝説がある。

 しかし中には悪い狼もいて、人を追うものがある。これに追われたら木に登って、皮を縫う針で耳をほじる真似をして、
 「お前もやってみろ」
といって、針を荷縄の先につけてさげてやると、横っとびにとんで逃げるという。

 狼とは別に山男(キムンアイヌ)というものが連れて歩く、キムン・セタ(山犬)という獣がいるといわれている。名寄ではこれを「痩せて身体の軽いもので、狼とはちがうおそろしいものだ」といっていた。また、旭川の北にあるシュマンという小さな尖った山をキムンセタコタン(山犬部落)といって、おそろしいところだといい伝えられているというが、この山犬の正体は不明である。 

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