20080622 賢者の言葉・村松貞次郎 『大工道具の歴史』・「第一章 道具再見」より
『大工道具の歴史』 村松貞次郎 (岩波新書 1973) より、
「第一章 道具再見」から引用。
道具もまた自然
自然を守れという。自然に抱かれて人間性を回復せよという。では、とばかりに排気ガスと騒音をまきちらして高速道路を突っ走り、山や森や海辺の自然の中に乱暴にとび込む人がいかに多いことか。理不尽な話である。矛盾した所行である。
そんなに無理をおかさなくても、われわれには自然の懐に抱かれる方法はいくらでもある。悠久の太古に還る方法がある。
その一つに道具を使って物をつくることがある。いやつくらなくてもいい、無心に加工するだけでもいい。モノ(物)の手ざわり、材質、質感が、道具を通じてたしかめられる。そうして道具は、人とモノとの対話の通訳者になってくれる。たとえばナイフで木を削る。硬い木、軟かい木、素直な木、くせのある木、香りのたかい木。同じ木でも削り方によっては、意外な抵抗をしめす。そのモノとの対話の中に、われわれは、自然にふれ、太古の人間の心に還ることができる。
「人間は道具をつくる動物だ」というのは、有名なベンジャミン・フランクリンの言葉だといわれる。人類学的にもヒトの出現は、たとえどんな原始的なものでも、なんらかの加工がみられる道具と火の使用とをもって立証の方法とされている。
いいかえれば、道具は人類の出現とともに古いものである。その道具をもってモノに働きかけ、語りかける。そこにも自然があり、太古の人間性への復帰があると私は考える。自然は、マイ・カーやごった返した週末列車の彼方にだけあるのではなく、道具箱の道具を手にして日曜大工をはじめた、そのあなたの作業の中にも呼び戻されているのである。ナイフで鉛筆を削る、その行為の中に、甦ってくるのである。
モノとの対話の通訳者
消費は美徳、とまでいわれる大量生産・大量消費の時代が現代である。ありあまる物質の氾濫の中にわれわれは生きている。物質はわれわれの消費の前面にあるだけでなく、背後にも大量のゴミ、廃棄物として堆積して、われわれを圧殺しようとしている。もちろん見さかいのない資源の浪費がその前にある。
たしかに物質はありあまっている。しかし今日のわれわれほど、モノから疎外されている人間はかつてなかったのではあるまいか。モノを知らないのである。モノとの心のかよった対話を失っているのである。何でできているのか、どうしてつくられたのか、さっぱりわからないモノ(材料というべきかもしれない)に囲まれて、われわれは生きている。
こうしたえたいの知れない材料に囲まれた部屋にいて、フトそれに気づいたときの、名状しがたい恐怖感を経験した人も多いと思う。火災などの報道に接して、われわれの理解を絶した人命の被害を大きさに驚くことが多い。そういうわれわれもその場に居あわせたら、有毒ガスにでもまかれてわけのわからないままに死ぬ、ということも大いにありうるのだ。
それは自分が手にし、加工し、語り合ったことのない材料だからである。親しいモノになっていないからである。
日本の木は幸いにして昔からわれわれ日本人の多くにとって、たんなる材料ではなくて、モノとしてあった。鉛筆を削り、大工さんが建てるのを目にした家に住み、工作で木と語り合ってきた。だから日曜大工で棚板一つ吊るにしても、このていどの重さの雑誌をのせるとしたらこのていどの厚さの板で、どれくらいの間隔で腕木を配したら撓まないかが、感覚的にわかる。
もちろんだいだいの見当だが、それだ合板(ベニヤ)ともなると少々あやしくなる。鉄やアルミや合成樹脂の板になると、もうさっぱりわからない。それらはまだわれわれにとって、たんなる材料であってモノになっていないからだ、と私は解釈している。
繰り返すようだが、材料と対話をし、それをモノにするための、その対話の通訳者になってくれるのが道具である。
そうした多くの日本人にとって、もっとも親しいモノであった日本の木との、永い対話の歴史の有能な通訳を果たしてきてくれたものが木工具であり、大工道具である。
大工と道具
もちろん、大工道具を使って仕事をする大工によっては、道具はモノとの対話の通訳者だなどと悠長なことをいってはおれない。
それは大工の手の延長であり、きびしく利鈍が選別され、酷使される労働手段である。まさに生きるための道具である。「女房を質に入れても」、といわれたほど優れた道具への執着も、その道具による労働生産性の高さ、仕事の出来ばえのよさに期待を寄せていることを見逃すことはできない。
永い時間をかけて、洗練され抜かれた、機能に徹した形の美しさとともに、専門の大工の道具のもつ雄大な風格は彼らの鍛えられた業と腕力の大きさを物語ると同時に、それが苛酷なまでに駆使される、生活をかけた、まさに道具であることを物語っている。モノとの対話、自然への没入などという生やさしいものではない。
あのかたい黄楊(つげ)の柄の握りの部分が、いつも握りしめた指の形なりに深くくびれたゲンノウ(玄翁。大工用の金槌の一種)を見たことがある。道具というものの機能につきまとうこの種のきびしさにうたれた感銘は今でも忘れられない。あるいは研がれ研がれて三、四センチにまでチビてしまい、頭も叩きつぶされて、なお使われているカンナ(鉋)の刃にも、ときどきお目にかかる。
もちろん生やさしいものではない。しかし大工道具は使う前につくられるものだともいう。仕事の内容に応じ、相手にする木の性質に応じて、ノコギリ(鋸)の目立ての仕方も変わり、カンナの刃の台へのすげ方も、台のならし方も、さらにはその刃の研ぎ方も、使用するトイシ(砥石)も変えられる。そういう意味での、道具作りであるが、つくるためにはやはり木やトイシとの永い対話の経験がものをいう。相手を知らなければどうにもならないからである。道具作りの上手な大工ほど腕がいい、というのも、その対話の経験の大きさと内容の充実とを物語る言葉であろう。もちろん、それはきわめて高度な、専門的な対話であろう。まさにその意味で、生やさしいものではないのである。
合理化・省力化の中で亡びゆく大工道具
戦後の目ざましい機械化・電動化の進展によって、手作業の道具は急速に姿を消している。経済の高度成長の中で、道具を使って生産をするということ自体遅れたものであり、軽蔑すべき仕事であり、一刻も早く抹殺して "近代的な" 生産に移行すべきものだ、とされてきたからその消失の速度の速さも当然であろう。
また産業構造全体の歪みを反映して、各種の産業において労務者、とくに熟練労働者不足の声があがってすでに久しい。そのため省力化技術の開発が最重点的に進行してきた。機械化にプレハブ化を、資本のこの省力化の願望に源を発しているところが多い。必然的に「道具など棄ててしまえ」ということになる。
われわれの生活史の記憶のページを繰ってみると、すでに姿を消してしまっている職人が多いことに改めて驚く。毎年季節になると巡回してきた鋳掛け屋も早くから姿を消し、研ぎ屋の声もきかれなくなった。小学唱歌の「村の鍛冶屋」も、それを歌っていたころは、その仕事を脳裡に描くことができたが、今はもう町の鉄工所になってしまった。
道具は消耗品
知人で兵庫県三木市でカンナ鍛冶をしておられる千代鶴貞秀さんから、ある日突然、古いカンナが一挺送られてきた。頭もつぶれ、チビて、やっと台から頭の先が出るほどに研ぎへってはいるが、刃はピカピカと光っていた。台も古びて薄くなってはいるがしっかりと調整されていて、よほど腕のいい大工の愛用品だったことがしのばれる。
添えられた手紙によると、好きな釣りに淡路島に渡った。そこで二十三年も前に自分が鍛った(うった)カンナに対面した。永い間頭を叩かれ、研がれ研がれて寸づまりになってなお御用をつとめているのをみて、なんともいじらしく不憫だったので、新しく鍛ったものととり替えていただいてきた。お手もとに置かせてくれ、ということだった。
大工道具はきびしい宿命をもつ。とくに刃物はよく切れ、よく使えるものほど早く消耗する。たえず最高の条件に研がれるからだ。研げばへる。道具は消耗品だということをかねがねあわれに思っていたが、この送られてきたカンナは、それを切ないほど感じさせてくれた。亡びるものの美しさがあった。
道具が失われていく。その失われるということのなかに、こうした優れた、よい品ほど早く消耗して姿を消すことも忘れてはならないだろう。
映画やテレビのそれとは違って、ひとたび人前で鞘を離れたら、間違いなく一大事になった日本刀は、どれだけのものが実用の場においてその切れ味を試されたものか。めったにあるまい。それにくらべると道具刃物は、じつにきびしく利鈍を評価される。今日、念願の道具を手に入れて喜んで帰っていった大工も、それが切れなかったら明日は血相をかえてどなりこんでくる。そうして切れるもの、使いよいものほど早く身をすりへらす。美術品と違うゆえんだ。それだけに余計にあわれでもあるし、道具の保存、その製作や使用の技術の保存は、ただ博物館や美術館にほうり込んでおけば、こと足りるというわけにはいかない。つくり使うということが、どうしても並行していなければ、道具の生命が失われてしまう。使われ、亡び、その成果の上にまた新しい道具が誕生するメカニズムこそ、道具の本来の姿だからである。
村松貞次郎@Wikipedia
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