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20080713 賢者の言葉・水村美苗・『本格小説』より

   * [本格小説〈上〉] 水村美苗




  『本格小説』 水村美苗 (新潮文庫 2005) より、

 「本格小説の始まる前の長い長い話」より。 

 私が天の恩寵だと思っていたものがそんな単純なものではなかったのを知ったのは、いざ、東太郎の話を書き始めたときである。そのとき私は「小説のような話」というものを日本語で書く問題に直面したのであった。

 東太郎の話――それは、一言で言えば、今まで無数に語られてきた恋愛物語のひとつでしかない。そんなものを今さら自分で書こうという気になったのは、実はそれが、昔、少女時代に翻訳でくり返し読んだ懐かしい小説の数々を鮮やかに胸に呼び覚ますものだったからであった。それは、とりわけ、読むたびに強烈な印象を受けずにはいられなかった、あるひとつの英国の小説とよく似ていた。ヒースの生えたヨークシャーの荒野を舞台にしたもので、今から百五十年以上も前にE・Bという英国人の女の作家によって書かれ、次第に世界の大古典とみなされるようになった小説である。そもそもその小説をくり返し読んでいたからこそ、東太郎の話を聞いたとたん、まるで「小説のような話」だと私が思ったにちがいなかった。

 ということは、私が試みようとしていることは、西洋の小説にある話をもう一度日本語で書こうということに他ならない。だが、不遜な言い方かもしれないが、私はその試み自体に問題があるとは思わなかった。実際、近代に入り、西洋文明の支配が世界中に広まり、西洋の小説が続々と日本語に翻訳されるようになって以来、意識したにせよしなかったにせよ、日本の多くの小説家が西洋の小説にある話をもう一度自分の言葉で書いてみたいという欲望、すべての芸術の根源にある、模倣の欲望に囚われながら日本近代文学を花開かせていったのである。日本の小説家たちのみならず、ほかの非西洋言語でものを書く小説家たちも同様であったであろう。そう考えれば、私が試みようとしていることは、日本近代文学のひとつの大きな流れのくり返しでしかないと同時に、その大きな流れを正統的に継承しえいるとも言えるものであった。

 もちろん書き進むにつれて、私の小説は念頭にあった原作からは懸け離れたものとなっていった。だが私はそこに問題があるとも思えなかった。模倣の欲望から出発したにせよ、時が移り、空が移り、言葉が変わり、人が変わるにつれて変容するのが芸術であり、また芸術とは変容することによって新たな生命を吹きこまれるものだからである。二十世紀後半の、小さな家が建てこんだ日本を舞台にした小説が、十八世紀末から十九世紀初頭にかけての、一面にヒースの生えた、さびしい、きびしい、ヨークシャーの荒野を舞台にした小説とちがってきてあたりまえであった。また、日本語という言葉の内的論理に従い、すでに今まで書かれた無数の日本語の文章との関係から生まれ、さらには今の世界における日本語の位置というものを意識した小説が、英語という言葉がすでに世界言語となりつつあるのにも無意識であった小説とはちがってきてあたりまえであった。そのうえ、才能が遠く及ばないのは別として、どこまでも散文的な私は、どこまでも詩的なE・Bとは小説家としての資質をまるで異にした。私の小説が原作とは似ても似つかないものになっていっただけでなく、しまいには、まるで原作を逆立ちさせたようなものになっていったのも不思議はなかった。そして、私はそれでも構わないと思った。のみならず、むしろそのように懸け離れていくからこそ、このような小説がもう一度日本語で書かれる意味もあると思った。西洋語の小説をそのまま日本語にしたような小説――日本という場所からも日本語という言葉からも浮いた絵空事のような小説を書いてみてもつまらないと常々思っていたからである。

 問題は別のところにあった。

 東太郎の話は「ほんとうにあった話」なのにもかかわらず、それが「小説のような話」であることによって、書けば書くほど大事なもの――それは「ほんとうらしさ」としか言いようのない何物かなのだが、その「ほんとうらしさ」が指の間からするすると滑り落ちてしまうような、何とも心もとない思いから逃れることができなかったのである。そこにあるのはいわゆるリアリズムの問題とは別の、もっと根元的に小説の価値を左右する、小説がもちうる「真実の力」とでもいうべきものにかかわる問題であった。そしてそこには私自身の小説家としての力のなさだけでは片づかない何かがあった。それがいわゆる「本格小説」というものを日本語で書こうとする困難に通じることに思い至ったのは、書き進んで大分経ってからであった。

 「本格小説」――十九世紀西洋小説こそ小説の規範であるとする「本格小説」という概念は、十九世紀どころか二十世紀も終わった今、日本近代文学の歴史の中で葬り去られ、図書館の隅でひっそりと埃をかぶっている概念でしかないであろう。近代に入って西洋から日本に輸入され、のちに「本格小説」という概念を日本で誕生させた芸術進化論自体もすっかり色褪せたものとなった。今やさまざまな小説の形式が同等の正当性を主張して横並びに並び、「本格小説」などという概念は規範性をもたない。私自身、十九世紀西洋小説にその原型がある小説を書こうとしてはいても、「本格小説」を書こうとしていたわけではなかった。つまり、「本格小説」とはかくあるべきだという理念を実現させようと試みているわけではなかった。例えば私の小説には「本格小説」を特徴づけるとされる全知全能の語り手は出てこない。しかもそれはもっとも基本的なところで「本格小説」の理念からはずれている。「本格小説」といえば何はともあれ作り話を指すものなのに、私の書こうとしている小説は、まさに「ほんとうにあった話」だからである。

 それでいて私は、自分が直面している困難が、日本語で「本格小説」を書く困難と通じるものであることに気がつかざるをえなかった。大事なものが指の間からするすると滑り落ちてしまうような、何とも心もとない思い――そんな思いに書いている間中悩まされているのは、人から聞いた「小説のような話」を小説にしようとしていること、すなわち私自身の人生から離れ、「私小説」的なものから離れて書こうとしていることと無関係ではないのが見えてきたからである。私は「本格小説」を書こうとしてはいなくとも、日本語で「私小説」的なものから遠く距たったものを書こうとしていることによって、日本語で「本格小説」を書く困難に直面することになったのであった。

 もちろん小説家が自分の人生を書いた小説、あるいは、書いたように見える小説は、どの言葉にも存在する。そしてそのような小説は、どの言葉で書かれていようと、もっともたやすく「真実の力」をもつであろう。なにしろそこには一人の人間の人生そのものがある。だからこそ、小説家は、どの言葉で書こうと、自分の文章を売るよりも自分の人生を売りたいという誘惑と、常に、そして永遠に、戦わなくてはならないのである。しかも私たち人間は例外なく他人の幸福よりも他人の不幸に興味をもつ。小説家が、自分の不幸を売りたいという何よりも大きな誘惑と、常に、そして永遠に、戦わなくてはならない所以である。ゆえに、小説家にとっての真の不幸とは、自分の不幸を売るのが文学として通るようなところで書くことにある。「私小説」的なものが日本語で栄えるということは、日本語で書くことが、小説家が自分の不幸を売るのが文学として通るようなところで書く不幸を意味することにほかならないであろう。

 話が複雑になるのは、そのような不幸だけでは、日本近代文学の中でここまで「私小説」的なものが栄えてきた事実を充分に説明できないことにある。また、日本近代文学の中で今まで書かれた優れたものに「私小説」的なものが多かったという事実を充分に説明できないことにあるう。なぜ、日本語では、「私小説」的なものの方がより確実に「真実の力」をもちうるのか?

 そもそも「私小説」的な作品とは何か?

 「私小説」的な作品とは、実際に小説家が自分の人生を書こうが書くまいが、究極的には、それが作り話であろうがあるまいが、何らかの形で読み手がそこに小説家その人を読みこむのが前提となった作品である。「私小説」的に作品においては、書き手は抽象的な「書く人間」である以前に、具体的な甲や乙といった小説家――写真を通じてその顔が世間で知られたりしている、具体的な個々の小説家なのである。それ故に「私小説」的な作品においては、書き手が、書き手自身の人生を離れずに書くこと自体が、読み手にとって正の価値をもつ。のみならず、そこではその作品が、初めもなければ終わりもないこと、断片的であることなど自体が正の価値をもつ。具体的な人生経験とは、まさに初めもなければ終わりもない。断片的にものでしかありえないからである。すなわち、「私小説」的な作品においては、言葉によって個を超越した小宇宙を構築しようという、全体への意志がないように見えることこそが、読み手にとって正の価値をもつのである。

 なぜ、日本語では、そのような意味での「私小説」的なものがより確実に「真実の力」をもちうるのであろうか。逆にいえば、なぜ「私小説」的なものから距たれば距るほど、小説がもちうる「真実の力」がかくも困難になるのであろうか。

 私は答えを知らない。ただひとつ考えられるのは、それがどこかで日本語という言葉の構造と関わっているのかもしれないということである。悲しいことに日本語のほかには西洋の言葉しか知らない私には日本語がどういう言葉であるかはかわりようもない。だがたとえば、西洋文学に出会った日本語が、日本近代文学を通じて「私」という概念を確立し、さらにそれに過剰な意味を与えるようになったとしても、日本語の中で機能する「私」はあくまでも具体的な「私」を指し、英語の中で気のする「I」のような、個々の人間を超越した抽象的な「主体」という意味をもちえなかったということがあるのではないか。それゆえ、日本語で書かれた小説は、たとえそれが三人称で書かれたものであっても、そこに小説家の具体的な「私」が読みこまれてしまい、「書く人間」としての主体によって構築された小宇宙とはみなされにくかったのではないか。別の言い方をすれば、日本語の小説では、小説家の「私」を賭けた真実はあっても、「書く人間」としての「主体」を賭けた真実があるとはみなされにくかったのではないか。だからこそ、日本近代文学は、小説家の「私」と切り離されただけでなく、そもそも小説がもちうる「真実の力」とも切り離された、「物語り」の系譜というものが別に脈打つ必然があったのではないだろうか?

 くり返すが、私は答えを知らない。私はあの奇跡が訪れた夜をいまだに忘れられずにおり、自分が天の恩寵を受けたという思いを捨てきれないでいる。だがいざ腰をおろして東太郎の話を書き始めてみれば、そこに立ちはだかるのは、日本語で「小説のような話」を書くことの困難だけであった。



水村美苗 @Wikipedia

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