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20080727 賢者の言葉・額田巖 『結び目の謎』 より・その1




  『結び目の謎』 額田巖 (1980 中公新書 573)

 「Ⅱ 結び文化への目覚め」より、「柳田先生との思い出」。 

 それは忘れもしない太平洋戦争もおしつまった頃、すなわち昭和十九年十二月三十日のことであった。人の紹介があったのか、あるいは直接お手紙を出したのか、今となってははっきりしないが、私の「結び」の研究について、柳田国男先生の御意見を伺うため成城のお宅を訪問することになったのである。

 当時私の勤めていた日本電気の研究所は、川崎市、稲田登戸駅の少し北の生田という所に疎開をしていた。先生を訪問する前日に、平素通勤の往き来にその前を通って知っていた豆腐屋から「うの花」(おから)を買ってきて、自宅の重箱につめ、気持ちばかりの手土産を調えた。なにしろ戦争中の物資欠乏時代で、これという気のきいた土産品を買うことはむずかしかった頃のことである。

 当日は師走の気候にふさわしいというべきか、曇りがちのうすら寒い日であったことを今でもはっきりと覚えている。私は自宅のある小田急線の千歳船橋駅から「うの花」を入れた重箱を大事に小脇にかかえて電車に乗ったものの、こんなつまらぬ物を持っていったら笑われはしなか、失礼に当たりはしないか、といろいろ思いあぐんだものである。

 成城学園の駅に降り、うろうろ探し歩いて、やっと先生のお宅にたどりついた。玄関のベルを押し、女中さんに名刺を渡して来意を告げると、間もなく奥様が出て来られて、私を二階の書斎に案内して下さった。先生は、十二畳ぐらいの座敷の中央部分を、大人の腰ほどの高さにした、四畳半ぐらいのところを書斎とされて、文机を前に宗匠頭巾をかぶって、静かに座っておられた。私が部屋に入ると、こちらをふり向かれた時の挙措動作のはしばしに、俳味を感じさせられ、その時は別の世界にやって来たような錯覚を覚えたものである。

 そこで早速に持参の「うの花」をおそるおそる差し出しながら、口ではあつかましくも「お正月のお料理にでも使って下さい」と申し上げたところ、先生夫妻は予想外に喜ばれ、その気持ちが自然に態度に現われていたので、私もほっと一安心したわけである。考えてみれば、その当時は市中では大豆さえ手に入らない時代であったし、豆腐屋ではつくる量が統制されており、そのしぼりかすとして取れる「うの花」でさえ、貴重品であったことは事実だったのである。また先生のように常民の生活を調べにいつも田舎をまわられていた人には、「うの花」はむしろ野趣にとんだなつかしい食物であったのかも知れない。

 このようなほほえましい雰囲気が影響してか、先生はご機嫌で、初対面の、しかも若輩の私の話を熱心に聞いて下さった。

 私が、まず結びの研究の動機ならびに今までの成果について述べ、これに対する御意見をうかがうと、「このような研究は、かつては寺田寅彦先生が、また最近では北大の中谷宇吉郎教授がやっておられるやり方であって大変に興味深く感じました。この研究は是非完成して貰いたいと思います」と冒頭されてから、先生の結び紐についての所見を述べられた。それによると、「結びだけを目的にして研究をしている人はわれわれの同志(民俗学研究所員)の中にはいないが、他の研究項目の付属として、結びを考えている人は多くいると思う。なお地方の神社や寺院に祀ってある結び紐の遺物はなんらかの手がかりになると思うが、それが御入用の時はいつでもわれわれの同志に連絡をとって集めて上げましょう。今までに私が行脚したところでは壱岐島の家庭に祀られている紐に面白いものがありました……」などと話して下さった。さらに「これは貴重な研究であるから記録は不慮の災害にあって消滅しないように、写しをとって二個所に分けて保管しておくこと、そしてできるだけ早目に出版して公にしておくこと」など細かい注意を与えられたうえ、民俗学研究所の例会でこの話をするように、との指示をいただいたのである。

 夕暮れ近くなって、私のこれからの研究の道に灯りがともったような思いで、先生宅を辞去したあの日のことを、三十数年後の今日でも忘れることはできない。



柳田國男 @Wikipedia

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