« 20080810 賢者の言葉・山田秀三・『アイヌ語地名を歩く』より | トップページ | 20080813 旅の時間・利尻島行き帰り・昆布干しの夏 »

20080812 田原書店ノマド・朗読回・詩を三つ

 毎週火曜日・午前十時半は、ブックスボックス 田原ヒロアキの、FMアップル「田原書店ノマド」の始まる時間。
 インターネットで聞けます(見られます) : http://www.channel-apple2.com/streaming_apple.html

   * [手紙] 谷川俊太郎

 2008年8月12日の放送は、当日利尻島行き帰りで不在のため、6日に録音したものをオンエアしました。田原の朗読会(?)の回、とさせていただきました。読んだのは、詩三編。下に引用しましたので、どうぞご覧ください。



I was born     吉野弘
 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was born なんだね――
 父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
―― I was born さ、受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだがそれなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見るとその通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。つめたい光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――。



伝説     会田綱雄
 湖から
 蟹が這いあがってくると
 わたくしたちはそれを縄にくくりつけ
 山をこえて
 市場の
 石ころだらけの道に立つ

 蟹を食うひともあるのだ

 縄につるされ
 毛の生えた十本の脚で
 空を掻きむしりながら
 蟹は銭になり
 わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い
 山をこえて
 湖のほとりにかえる

 ここは
 草も枯れ
 風はつめたく
 わたくしたちの小屋は灯をともさぬ

 くらやみのなかでわたくしたちは
 わたくしたちのちちははの思い出を
 くりかえし
 くりかえし
 わたくしたちのこどもにつたえる
 わたくしたちのちちははも
 わたくしたちのように
 この湖の蟹をとらえ
 あの山をこえ
 ひとにぎりの米と塩をもちかえり
 わたくしたちのために
 熱いお粥をたいてくれたのだった

 わたくしたちはやがてまた
 わたくしたちのちちははのように
 痩せほそったちいさなからだを
 かるく
 かるく
 湖にすてにゆくだろう
 そしてわたくしたちのぬけがらを
 蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
 むかし
 わたくしたちのちちははのぬけがらを
 あとかたもなく食いつくしたように

 それはわたくしたちのねがいである

 こどもたちが寝いると
 わたくしたちは小屋をぬけだし
 湖に舟をうかべる
 湖の上はうすらあかるく
 わたくしたちはふるえながら
 やさしく
 くるしく
 むつびあう



終りのない地平     谷川俊太郎
北海道という土地で、私は生まれて初めて地平線を見た。そしてそこへ消え去る一本のまっすぐな道を見た。そのときの圧倒的な広さの感覚は私を一瞬にして「日本」から解き放って、ここは日本ではない、どこか別の土地だと私は思った。町へ入れば人々はみな日本語を話している、だが私の嗅覚は空気に何かちがう匂いをかぎとっていた。そして私の耳は無音の音楽を聞いた。三味線でもなく琴でもない音楽、あとになってその幻の音楽にもっとも近い音を、私はアイヌのムックリとリムセの歌声の中に聞きとったような気がしたのだが……

   *

明けがたの霧が苔のまつ毛に
夜の哀しみのあとの涙を残した
おぼつかなげにその上をたどる
仲間にはぐれた一匹の蟻へと
青空は見えないほほえみをひろげる

落葉松の根は目に見えぬ速度で
火山礫の間を貫いて伸びつづけ
陽光に透き通る卵の内部で
カケスの雛が身じろぐとき
野兎の耳は怯えたように立つ

どんな地図にも記されることのない
揺れ動く生命のふるえる細部を
終りのない地平線が抱きとっている
その外へ歩み出ることを
どうして人だけが夢見るのだろう

   *

ウエラマス(互いに好ましく思う)
学者の勤勉と誠実が救い上げたひとつの語が
分厚い辞書の一頁に残っている
ひとけのない博物館の
ガラスケースの中の土器の破片のように
その言葉がむかしひとりの若者の心と体に
どんなみずみずしさで生きていたのか
もう私たちに知るよしもない
その言葉が雪明りの夜の中で
どんな歓びとともに囁かれたのか
そのときの唇と舌と手の動きを
もう私たちは思い起すことができない
大地はけものらの血とともに
草木の種子や腐葉とともに
失われた人間の魂をもまた
幾世代にもわたって養っているのか

   *

大きな丼いっぱいの
とりたてのウニを食べた
おだやかな跑足で若草の上を駆け
立ち止まり一枚の優雅な絵となる
幼いサラブレッドを見た

大地から湧き出たばかりの
薄緑いろのアスパラガスを食べた
顔にいれずみを残し
内に秘めたもう無用となった知恵を悲しみ
熊を彫る老いたアイヌを見た

もうもうたる湯気にむせながら
にぎやかな街でラーメンを食べた
テレビの画面に
千キロを距てて一瞬のうちにとどく
見なれたコメディアンのしかめ面を見た

   *

降りしきる雪ですら耳を澄ませば
私たちに語りかけてくる
氷り始める海の深みで呻くのは誰か

村と村を結ぶ一条の電線ですら
微風に歌っている
せせらぎの底で呟く声は何か

大地は限りない言葉をもっている
ゆるやかな丘の物語り
烈しい雷鳴の叫び

畏れを抱きつつ沈黙するとき
人は聞きとる
いつまでも新しい生と死のリフレインを



   * [ポケット詩集] 田中和雄 編

「I was born」吉野弘・「伝説」会田綱雄は、『ポケット詩集』田中和雄 編 (童話屋 1998)から、『終りのない地平』谷川俊太郎は、『手紙』谷川俊太郎 (集英社 1984)から、引用しました。



音楽:「Music for the Native Americans」 Robbie Robertson & the Red Road Ensemble

   * [Music for the Native Americans] Robbie Robertson & the Red Road Ensemble



 「田原書店ノマド」は、ブックスボックス/田原書店の田原ヒロアキ * が担当する、音と言葉の情報番組。
 毎週火曜日午前十時半から。

 インターネットで聞けます(見られます):
  http://www.channel-apple2.com/streaming_apple.html *

 出演:田原ヒロアキ@ブックスボックス
  福津京子さん:http://www.fukutsu.net/ *

 どうぞお楽しみください!

|

« 20080810 賢者の言葉・山田秀三・『アイヌ語地名を歩く』より | トップページ | 20080813 旅の時間・利尻島行き帰り・昆布干しの夏 »

13 田原書店ノマド@FMアップル」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/6458/42205046

この記事へのトラックバック一覧です: 20080812 田原書店ノマド・朗読回・詩を三つ:

« 20080810 賢者の言葉・山田秀三・『アイヌ語地名を歩く』より | トップページ | 20080813 旅の時間・利尻島行き帰り・昆布干しの夏 »